削って、削って
黄金アオ
第1話 削って、削って
小さい頃からずっとイジメられ続ける人生だったよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
両親譲りで頭悪いし太ってるし鈍臭い。
そんな、ぼくにはどうしようも出来ないナチュラルボーンな理由だったよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
小学校時代は、両親もぼくのことをどうにかしようと真剣に悩んでくれてたよ。
勉強、運動が苦手なら芸術はどうかと色々な習い事に行かされたよ。
絵画に編み物、彫刻や陶芸にも通わされたけど、何をやっても下手だったよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
「男のくせに編み物とかだっせぇ」
「陶芸とかお前、ジジイかよ」
うん。ぼくもそう思うよ。
だけどぼく、気付いたんだよ。
『削る』って、すごく楽しいんだなって。
中学校時代は、僕にとって暗黒期でもあり、楽しい日々でもあったよ。
僕へのイジメは年々過激化していって直接的な暴力行為が増えたよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
だけどね、僕は心のモヤモヤを一瞬で発散できる方法を見つけたんだよ。
初めては、図工の時間で使った電動糸鋸だったよ。
こっそり持ち出した糸鋸の歯を削って削って、削ったんだ。
削るものを削るだなんて、なんだか面白いね。
そしたらね、僕をイジメていた野球部キャプテンの子が使っている時に偶然、千切れて暴れ出しちゃったんだ。
心がスーッと楽になって、軽くなって―――
そして、不運なことに右親指の腱をズタズタに切っちゃって。
事故って怖いよね。野球人生、もう終了なんだって。
そんな危険な物を授業でみんなに使わせるだなんて、うちの学校どうかしてると思わない?
中学を卒業して、僕は地元にある小さな金属加工をやってる工場に就職したよ。
当然、ここでもイジメを受けたよ。
最初は我慢したよ?
でもね、どうしても許せなかったんだよ。
だってさ、先輩が俺に向かって『お前は手先が不器用だ』って言ったんだ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
だからね、俺はそんなの絶対に許せないし納得いかないから示してやったんだよ。
昔、父さんに言われた『男なら不言実行で示せ』という教えの通り、何も言わずに結果で示したよ。
そしたら、その先輩ちゃんと居なくなってくれたんだ。
いつも通り旋盤加工してたら、どうやら機器が金属疲労起こしてたみたいで、急に弾け飛んじゃってさ。
心がスーッと楽になって、軽くなって―――
まるで、爆発したみたいだったよ。ドカーンって。
運悪く、その破片を至近距離から上半身に浴びちゃったもんだから、顔面が見るも無残な感じになっちゃったみたい。
ほどなくして入院先の病院から飛び降りたって話が聞こえてきたっけ。
先輩も俺に対して不言実行で自分の過ちを認めてくれたんだ、少しだけ見直したよ。
今更、もう遅いんだけどね。
これで僕の人生も少しは平穏が訪れるかなって思ったんだけど、人生そう上手くはいかないんだね。
イジメっ子が次から次へと現れるもんだから、僕も苦労したよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
削るってのはさ、思いのほか時間がかかるんだよ。
経年劣化っぽく仕上げたり、違和感のないように全体的なバランスを俯瞰して見るのって、実は高度な技術が必要だから。
だけどね、削る時間っていうのは、僕にとって至福の時間でもあるんだ。
削っている間は無心になれるし、完成して自分の思い通りの結果を得られた時の達成感ったら何物にも代えがたい最高の瞬間なのさ。
だから、僕は何日も何か月もかけて少しずつ、少しずつ削り続けるんだ。
みんな居なくなるまで四年かかったけど、たったの四年で僕の暴風雨みたいだった人生にようやく凪が訪れたんだ。
たったの四年で人生が大きく好転するなら、それはとても短いと思うよね?
僕の敵が偶然みんな不幸な目に遭い続けて、自然と辞めていく人が増えたおかげで、気が付けば僕は二十歳で現場のトップになっていたよ。
そしたらね、社長の娘さんと結婚するよう言われたから何も考えずに結婚したよ。
給料も増えたし、敵もいないし、妻もいる。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
普通に考えたら、今の状況は本当に幸せだよね。
だけど、僕にとってそれは何よりも苦痛だったんだ。
幸せな人生によって、削る快感を削られてしまったのだから。
それに気づいたから、僕は子供を作らなかったよ。
僕は社長からも妻からも求めら続けたけど、頑なに拒否し続けたよ。
この判断は本当に良かったと今でも思っているよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
だけどね、それでも社長も妻も子供子供うるさいんだ。
だから、僕の人生は二十二歳で再び輝きを取り戻し始めたよ。
2人には本当に感謝しないとね。
僕は、休日になると二人を連れてドライブに行くことが増えたよ。
だから、日曜の午後とか祝日は車のメンテナンスをたくさん頑張ったよ。
そしたらね、僕が仕事をしている間に社長と妻が車で買出しに出掛けている途中、ブレーキが効かなくて崖下に落ちちゃったんだって。
心がスーッと楽になって、軽くなって―――
事故って怖いね。
だから、僕は二人にいつも言ってたんだよ?メンテナンスを怠るなって。
なのに、風加くんがやってくれているから大丈夫だって言って、いつも僕の話を聞いてくれなかったんだ。
ほんと、自業自得だよね。
二人が不幸な事故で死んじゃったから、僕は二十二歳で社長になったよ。
経営のこととか全然分からないから、僕の実の両親にお願いしたよ。
そしたら、二十五歳の時に倒産したよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
両親は倒産の三か月ぐらい前から行方不明になっていたよ。
会社の設備を全部売る契約を交わして、お金だけ持ち逃げしてたよ。
だから僕は借金まみれになったよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
その後の手続きは難しくてよく分からないから、弁護士さん雇ってお願いしたよ。
そしたら僕の借金は全部なくなって、まだ若いのに生活保護も貰えるようになっていたよ。
弁護士さんってすごいんだね。
まだ二十五歳だけど、残りの人生どうしようかなって考えたよ。
だけど、答えはもう分かりきっていたよ。
僕は、両親の人生を削ることにしたよ。
見つけるのは、とても簡単だったよ。
闇金屋さんに行って『僕は〇〇の息子の風加です』って言ったら、すぐに居場所を教えてくれたよ。
両親はボロいアパートの二階に住んでいたよ。
ボロすぎてアパートには両親しか住んでいなかったよ。
そんなボロアパート、危ないからやめておいた方がいいよ?
それから数日後、僕のもとに警察から電話がきたよ。
心がスーッと楽になって、軽くなって―――
指定された場所に確認しに行ったら、両親だったものが台の上に置かれていたよ。
不幸な事故だったらしいよ。
心がスーッと楽になって、軽くなって―――
大雨の夜、アパートの階段が老朽化で崩れて二人とも滑落しちゃったんだって。
本来なら死なない程度の怪我で済むはずだったけど、手すりがねじ切れた槍みたいになっちゃってて、父さんはそれが胸に刺さって、母さんは地面に落ちてたガラスで首元を切っちゃったのが死因だってさ。
僕は、一人になっちゃったよ。
まだ、二十五歳だよ。
何をしたらいいのか分からないから、ひたすら家で削り続けたよ。
そしたら、インターホンがうるさいから綺麗に削り取ったよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
削って削って削って削って削って
削って削って削って削って削って
削って削って削って削って削って
僕は、二十七歳になったよ。
机も、テレビも、キッチンも削ったからもうないよ。
扉も壁も削ったから、一つの広い空間になったよ。
家中、色んな削りカスのせいでまるで汚い砂漠みたいだよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
もう削りたいものもないから、最後に人生を賭けた勝負をすることにしたよ。
削ることをやめるために削る。
天井を削って太い柱を見つけ出したよ。
そこにロープを括りつけたよ。
ロープはできるだけ太くて丈夫そうなものを選んだよ。
削り歴二十年の僕でも難しそうなものだよ。
垂れ下がったロープに首を通して、いざ勝負。
僕はひたすら頭上のロープを削ったよ。
心がスーッと楽になって、軽くなって―――
削って削って削って削って削って
削って削って削って削って削って
削って削って削って削って削って
落ちてくる削りカスが目に入って涙が出たよ。
だんだん苦しくなってきて、腕が上がらなくなってきたよ。
でも、あともう少しだよ。
そろそろロープが身体の重みに耐えられなくなりそうだよ。
多分、この調子ならロープに勝てそうだよ。
そう思った瞬間、気が緩んで道具を落としちゃったよ。
汚い砂漠に音もなく消えていったよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
その瞬間、気がついちゃったよ。
僕は自分の人生を削られないためにと、二十年以上も自らの手で自分の人生を削っていたことにね。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
これ以上削るわけにはいかないから、急いで首を抜こうとしたよ。
だけど、そんな力もう残されていなかったよ。
僕は、残りの人生も全て削ることになってしまったよ。
そして、意識を失ったよ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
気が付いたら、僕は汚い砂漠の上に倒れていたよ。
ロープが千切れていたよ。
心がスーッと楽になって、軽くなって―――
これからの人生は、削ることとは真逆のことをしていこうと誓ったよ。
辞書を引いてみたよ。
そしたら、削るの反対は加えるだと書いてあったよ。
僕は、両親が教えてくれた自分の名前の由来を思い出したよ。
風加←ふうか←ふか←付加
誰かにほんの少しでも何かを与えられる人になりますように。
確か、そんなことを言っていたよ。
だから、アルバイトを始めたよ。
イジメられたけど、頑張ったよ。
心がスーッと楽になって、軽くなって―――
そしたらね、早朝に刑事さんが訪ねてきたよ。
工場勤務時代のことと、両親のことで話が聞きたいって。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
僕は、刑務所に入れられたよ。
出る頃にはお爺さんだってさ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
僕は、自分の人生を強制的に削られることになったよ。
自業自得なんだけどね。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
でもね、それはやっぱり耐えられないんだよ。
だって、そもそもの原因は俺じゃなくみんなにあるじゃないか。
イジメる奴が悪いし、子供をねだる方が悪いし、金を奪う奴が悪い。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
だから、僕はまた削ることにしたんだ。
僕の人生を誰かに削られる前に。
だけどね、ここには削るための道具が何もないんだ。
だから、どうしようもないんだ。
心にモヤモヤが溜まって、溜まって―――
ここは地獄だ。
削られることがこんなにも怖いことだなんて知らなかった。
削れないことがこんなにも怖いことだなんて知らなかった。
お願いだから僕の人生を削らないでよ。
お願いだから僕に削らせてよ。
誰か、誰か
削らせてよ
削って、削って 黄金アオ @ao_kugani
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