この世には知ったほうがいいこともある

@NONI_O

天気

「・・・続いてはお天気です。今夜は非常に勢力の強い台風18号が関東に上陸する予定で激しい雷雨と」ーーーーーブチッ


重たい腰を持ち上げて玄関へと向かう。窓には憎たらしいほど清々しい青が写っていた。

ローファーを履きそこにあったボロボロのビニール傘を手に取る。いつからだろうか、「行ってきます」その言葉を言わなくなったのは。


私は美空、高校2年。生まれてすぐ父親は他界。父は遊び人だったらしく何人も愛人がいて母はそのうちの一人だった。だから居場所も金づてもなくなった母は風呂場で手首を切っていたらしい。その後親戚の中で私をどうするか話し合いが行われたらしいが詳しくは知らない。気づいたら腹違いの兄、圭介さんに引き取られた。仕事も就いていないくせに。あらかた押し付けられたのだろう。もう10年以上前の話だからよく覚えていない。両親の顔なんてなおさら。


放課後、部活に入っていない私はまっすぐ帰る。晩御飯はまたコンビニでいいか、どうせあの男は家にいない。

家のドアノブに手をかけると違和感があった。鍵がかかっていない。いそいで中に入るとそこにはしばらく姿を見ていなかった男ーー兄がいた。何を喋ったらいいのかわからなくて何事もなかったかのように自分の部屋に入ろうとすると声をかけられた。

「久しぶりだな。最近どうだ、学校は。」

「・・・」

「テストも先週あったみたいじゃないか。高校に入ると勉強は難しくなるからなぁ。結果はどうだったんだ?」

「・・るさい」

「ん?」

「うるさいって言ってるのよ!何ヶ月も帰って来ないと思ったら急に帰ってきていきなり親ヅラ?冗談も大概にしてよ!クラスじゃもう親がいないかわいそうな子ってレッテル貼られて腫れ物扱いよ。どうせ私なんて世話押し付けられたんでしょ。こんな思いするならいっそ孤児院でよかった!!」

「っちょおい!」

「もういい!」

勢いに任せて靴も履かずに家を飛び出してきてしまった。でも足は歩みを止めない。できるだけ遠くへ、遠くへーーーー


もうどのくらい走ったのだろう、運動部でもない私は流石に疲れを自覚して公園のベンチに腰掛けた。そのとき初めて雨が降っていることに気がついた。あぁそういえば台風が来るって言ってたな。おかげで心も体もすっかり冷え切ってしまった。冷たい雨が私に打ち付け、遠くでは雷がゴロゴロと吠えている。


あぁ一体私の人生って何なんだろう。愛なんて受けたことあったっけ。そもそも望まれて生まれてきたわけでもないのに。

いっそのことこのまま消えてしまえばいいのにーーー

その瞬間眼の前が真っ白になった。



目を覚ますと私は木の上にいた。

「あれ、私いつの間に・・・!?」

なにか体に違和感があると思って腕を見るとなんと白い羽が生えているではないか。

「えまさか鳥になっちゃった!?」

うそこんな事ある?よりにもよって嫌いな鳥とは。なんて最悪な夢だ、早く目覚めろ私!

「今日は小鳥がピヨピヨうるさいな。鳥には悲しまれるのかあの女。」

そんな声が聞こえてきた方向を見ると縁側に黒い和装姿の男が立っていた。結構年はいっていそうだ。

「お父さん、そろそろ始めますよ。」

そう若い女の人に声をかけられると気だるげに家の中に入っていった。

「暇だし何やってるのか見てみよう。」

気づかれないように入るとそこは広い和室ですみっこには棺と小さい写真があって女の人が写っていた。

「誰だろうこの人、なんか誰かに似ている気がする。」

疑問に思っていると奥の部屋から話す声が聞こえてきた。

ふすまが少し開いていたのでそこから中を見ると衝撃を受けた。

「あの女の子、私・・・?」

そう、そこには幼いころの私がいた。

「一体どうして・・・」

あぁ思い出した、この重たい空気。母の葬儀だ。私の運命が決まる日。

「さて、誰があの子を引き取る。」

「私は嫌ですよ、もう3人子供がいますしこれ以上は・・・」

「子供を育てる金なんて持ってねえよ」

「そもそも愛人の子なんて誰が育てる」

「やはり孤児院に送るしか」


「俺が育てるよ。」


名乗り出たのは若い男だった。あれはーーーー

「ちょっと圭介、あんたまだ大学生でしょ。冗談言わないで。」

「冗談じゃない、俺が育てる。孤児院に送るくらいなら。」

なんで、、、

その後の会話は一切耳に入ってこなかった。するとまた視界が真っ白に染まるーーー


目が覚めるとまた樹の上にいた。でも場所はさっきと違う。ここはどこだ?

「倉田ぁ!!なんちゅうミスしてんだ!!」「すみませんでした。」

倉田って、あの男は圭介さんか。

日中観察しているとどうやらバイトを何個も掛け持ちしているみたいだった。そして大体怒られている。すべてが終わったのは夜の12時。これからどこに向かうのだろう。家には帰ってこないし・・・

とおもっていたのだがなんと向かった先は家だった。そして私の部屋に入ると

「・・・今日も起きてる間に会えなかったな。ミスしまくって終わるの遅くなっちまった。」

寝ている私の頭をなでながら言う。

「進路希望、就職って書いてあったが本当は◯◯大学に行きたいんだろ?パンフあるし。金のことは心配すんな、お兄ちゃんが、お父さんがなんとかしてやるから。」

知ってたんだ、全部、あの人は。私を大学にいかせるためにあんなに必死に・・・

私は何も知らなかった。兄がこんなに頑張ってくれていたことも、こんな温かい表情をすることも。私は、何一つ・・・


また光が視界を覆った







「・・・・マ、ママ!幼稚園遅れちゃうよ!」

「ごめんごめん、じゃあ行こうか。」

あの後私は病院で目が覚めた。どうやらあの台風の日、私は雷に打たれて病院に搬送されたらしい。手にぬくもりを感じたらあの人が目の周りを真っ赤にして寝ていた。

おかげさまで大学に進学しなりたかった教師になることができた。結婚して子供もできて今すごく幸せだ。病気を患ってぽっくり逝ってしまったあの人にも今の私をみてほしかったな、なんてたまにふと思う。


雨上がりで空にはきれいな虹がかかっている。

「行ってきますーーーーお父さん」

仏壇の前の写真には少しシワの増えた温かな笑みが写っていた。

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