第23話 家を出た者の立場

 レウシーナは中心の城に向けて上り坂や階段が続く、高低差のある都市だ。大通りから少しずつ上を目指していく構造になっている。ティーケの構えている店も少しだけ小高い商業区画に存在し、そこに向けてアルたちは歩を進めていた。

 道すがらにも食欲をそそる料理の屋台やお洒落なブティックが建ち並んでおり、この街に住む者や観光客など多様な顔ぶれが闊歩している。目移りしそうな気持ちをこらえつつ、まずは依頼に集中しなくてはならない。


「さ、此処が薬屋フォルトゥーナだ! 入って入って」


 しばらく歩いていると、ティーケがそう言いながら一つの建物の前に止まった。どうやら目的地に辿り着いたらしい。目の前にある深い緑色の扉を開いて一同を促す。

 その店の外観を見て、アルは思わず息を呑んだ。


「すっげぇ……」


 煉瓦調の建物は三階建ての立派な構えになっている。入り口に下がったランプや装飾の一つ一つが優美な雰囲気を醸し出しており、低ランク冒険者のアルたちには何処か似つかわしくない形相だ。

 一階店内の様子は窓越しに見えていたが、多くの客が入っており活気に溢れている。薬は生活に欠かせないアイテムとはいえ毎日買い足すようなものではないので、此処まで客入りが良いのは大盛況と言っていいだろう。

 あらためて大企業なんだと感心しきりの一同。そのままティーケの後を追って店内へ入り、客の間を掻い潜り一階のカウンターを抜けた。

 彼女はスタッフしか入れない店の裏側をずんずんを進んでいく。客の賑やかな声が遠ざかっていくのを感じながら、四人も二階の階段を登っていった。


「その辺のソファとか、テキトーに腰かけてちょうだい。今お茶出すから」

「あ、お構いなくー」


 二階は応接間になっていた。レトロな雰囲気のする家具が並んでおり、部屋の中央に大きなテーブルと椅子が並んでいる。

 ゆるい調子で返事をしながら、セレネが遠慮なくソファに座り込んだ。柔らかいクッションが彼女の体を包み込むように沈んで、その心地に安らかな笑みを浮かべる。

 他の面々もそれぞれ近場の椅子に座って待っていると、ティーケは温かいお茶を注いだカップをお盆に乗せて歩いてきた。意外とお手伝いさんとかではなく本人がやるんだな、とアルが謎に感心する。

 カップを一人一人の前に並べて、ティーケも対面の椅子にどっしりと腰掛けた。


「さーて。依頼についてだね。事前にどこまで聞いてるんだい?」


 語調は軽いままだったが、ティーケの表情が真面目なものに切り替わった。

 豪快で大雑把そうな空気を纏っている女性だが、その実やはり大企業の経営者としての強い顔を持っていることがよく分かる。萎縮すると一瞬で食い殺されそうな気配に、アルは気圧されつつ答える。


「まず、ふだん薬草を摂っている場所を魔物に占拠されたんですよね」

「その通り」

「で、他に依頼を受けた冒険者がいたけれど、しばらくしてキャンセルを申し出てきたと」

「正解だ」


 言いつつ、ティーケは自身のカップからお茶を啜った。

 合わせるようにアルも口をつける。調剤屋が出す薬草の香りたっぷりのお茶は、中々に渋くて顔をしかめた。


「冒険者たちが依頼を断った理由が分からない、と聞いています」


 トリストに言われた話をそのまま返していると、ティーケは大きく頷いた。


「ちゃんと分かってるみたいだね。敵は苦戦するほど強い相手じゃないって聞いていたのに、冒険者たちは断わったきり理由を教えてくれないらしい」


 手配書では、薬草の群生地に蔓延っているのはゴブリンなどの下級魔物たち。数は複数とのことだったが、アルたちが道中で退治した敵種族と変わらないはずだ。

 多少手を焼いたとはいえ、アルたちですら道すがらに討伐したような相手。前に依頼を引き受けた冒険者はEランクの適正冒険者だったと聞いているので苦戦することもないだろう。

 低ランク帯とはいえ光明の旅団よりも格上のチームが、ゴブリン相手に敗走して依頼を断るとは考えづらい。ましてや理由も言えないようなトラウマを抱えるなど。

 なので、ワケありクエストとしてトリストが直々に抱えていたわけだ。


「ティーケさんは心当たりありますか?」

「ない!」


 少しでもヒントが欲しくて問いかけたが、ティーケは清々しいほどにはっきりと返事をする。

 ガックリと肩を落とすアル。その対応に、隣で聞いていたシアが思わず声をかけた。


「ごめんなさいアルさん。お姉さまは細かいことを気にしない豪胆な方で……」

「シアリーズが小さいことでメソメソしすぎなんだよ。だからお父様とも喧嘩するんだ」


 言われてムッとするシアだったが、特に言い返さず聞き流す。

 アルは傍から見ていて、二人の関係は少し変わっているなと感じていた。

 家庭内のいざこざがあるにも関わらずティーケはシアに気さくだし、シア自身も彼女に憂き目は無さそうに見える。しかしティーケがシアと父親の間を取り持つわけでもない。放任主義か何かなのだろうか。

 それに、性格の違いもかなり顕著だ。シアの丁寧な言葉遣いは家での教育の賜物だと思っていたが、同じ家庭で育ったわりにティーケは砕けすぎていると思う。

 そんなことを考えながら二人の顔を見回していると、ティーケはガハハと笑った。


「どうしたアルピニスくんよ。美人姉妹の顔を見比べたりして」

「え? あ、あはは……」


 実際シアもティーケも美人と呼んで差し支えない容姿をしていたが、自分から臆せず言う態度にアルは愛想笑いしか返せなかった。

 ティーケも返事を期待していたわけではない。気にせず話を続ける。


「アタシから依頼について言えることは殆ど無い。戦闘能力のないアタシはあの魔物たちの強さとかも分かんないしね」


 そう言いながら、彼女はシアの方へと視線を向けた。ジッと見つめられたシアは困ったような顔で姉へと視線を返している。


「ねえシアリーズ。アタシはね、今でもアンタに帰ってきてほしいと思ってる」


 先ほどまでの豪快な声色は何処へやら、ティーケは声のトーンを落としてゆっくりと話し始めた。

 突然予想外の方向に話題が移ったので、シアは口を開いたまま固まっている。


「シアリーズの治癒魔法は本物だ。その力で調合した薬は、アタシなんかよりよほど効能の高い回復薬になる」

「お、お姉さま。今はその――」

「そりゃ、回復以外の魔法は使えなかったさ。毒消しも痺れを治すこともできない。でもそれは適材適所、なんとでもなる」


 シアが止めようとするのも聞かず、ティーケは彼女の素質について語り続けた。

 急転換された話に一瞬振り落とされそうになったアルだったが、その意図を考えるまでもなく彼女は答えを提示してくる。


「今回の依頼、無事達成したら旅を続ければいい。けれど、もし前の冒険者みたいに失敗があるなら……うちに戻ってこないかい? お父様にはアタシから話してあげるからさ」


 これはどうしたものか。出された条件にアルも困惑する。

 そもそも、クエストを失敗しなければいい。前の冒険者に何があったかは分からないが、光明の旅団がこの任務を完璧にこなせばティーケの提案は無かったことになる。

 しかし不安はある。何が起きるのか不透明なクエストでシアの進退が決まるのだとすれば大問題だ。

 これに関しては家族の問題だと割り切ることはできない。大事なパーティメンバーを引き抜くというならアルやセレネにも口出しする権利があるだろう。

 が、そこで口を開いたのは意外にもティオだった。


「シアの姉上。ティーケ殿じゃったか」

「お。名前を聞いてなかった小さいの、ようやく話してくれたかい」


 そういえばティオはまだティーケと一度も口を交わしていなかった。

 むやみに存在感をアピールして魔物だと勘付かれるのも厄介なので正しい動きだったが、何か思うところがあったのか話し始める。


「余はティオ。家出した不肖の娘で、この旅団に助けてもらって身を置いている者じゃ」


 彼女の語調が少しだけ荒い。ティーケへ不満をぶつけようとしているのが分かり、待ったをかけるべきかアルは悩む。

 不穏な空気のまま、ティオは続けた。


「お主は、シアの気持ちを考えておるのか?」

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最弱パーティの俺たちが、魔王の娘を拾ったら 宮塚慶 @miyatsuka

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