第22話 姉と妹

 光明の旅団が旅を続けること一週間。小さな村の宿に泊まったり、時には野宿を繰り返しながら地道に歩いてきた彼らは、ついにレウシーナの街へと辿り着いた。


「おぉー! これは立派なところじゃのー!」


 大きな城壁に護られた街。門を抜けて中へと踏み出すと、その景色にティオが感嘆の声をあげて目を輝かせた。

 これまでに彼らが立ち寄った場所は、エピダやクロリスを含めても小規模から中規模程度の町しかなかった。魔物による被害が拡大するこの世界では大きな都市を見かけることも減ってしまったし、人間は生き永らえるのに必死という実情がある。

 そんな時代にあってレウシーナは現存する中でも規模の大きな街だ。立派な城を街の中心とする城下町で、巨大な建造物がひしめき合う大通りは賑わいを見せている。はじめてこの光景を目の当たりにしたティオは勿論、大都市に出向く機会の少ないアルやセレネも活気にてられていた。


「やっぱ凄い場所だな、レウシーナ」

「ねえねえシアちゃん! ティオちゃん! また服とか見に行こうよ!」

「うげっ!? ま、また余を着せ替え人形にして遊ぶつもりじゃろ……!」


 はしゃぐセレネの反応にティオが苦い顔をする。クロリスの服屋では散々着替えを楽しまれていたので、若干トラウマになっているようだ。

 盛り上がっている二人の隣でシアは浮かない表情をしていた。一緒になってティオの着せ替えを楽しんでいた側だったが、故郷となる街に思う所があるのだろう。

 アルはそれとなく問いかける。


「大丈夫か? シア」

「え、ええ……。ごめんなさい、少し気持ちの整理がつかなくて」


 クエストを受けると言ったのは彼女自身だが、やはりこうして現地まで舞い戻ってみると親族に会うのも緊張してくるに違いない。

 仲違いで追い出された自分の家がある街。アルにとっては想像もつかない心境なので、こればかりは軽はずみに何かを言うべきではない。シアが自ら乗り越えるしかない問題だ。

 まずは街での身の振り方について協議すべきだと、アルが口を開いた。


「買い物もいいが、最初に宿の手配をしないとな」

「トリストさんから報酬弾んでもらったと言っても、ここに来るまで結構使ってるからねえ。レウシーナの宿代とか物価って大丈夫かな」

「クロリスよりは高くつくかもしれませんね。我が家でお力になれず申し訳ないです」


 申し訳なさそうにするシア。確かに彼女の家に泊めてもらえば助かるが、そうもいかない事情なのは分かっている。アルは気にするなとだけ返した。

 依頼主であるシアの姉に会うことが勿論最重要だが、身支度を先に済ませるべきか。この街のギルドに顔を出して、次に受ける依頼をキープしておくのも冒険者としては大事な行動である。

 四人で大通りの人混みを眺めつつ今後について考えていると、ふと背中側から声をかけられた。


「あ、アンタ……シアリーズ!?」


 突然名前を呼ばれ、シアが驚きつつ振り返る。アルたちも続いて後ろを見ると、金髪碧眼の女性が口をあんぐりと開けて立っていた。

 足元のブーツはかなり厚底で実寸が分かりづらいが、かなり長身の女性だ。宝飾の光るドレスのような服を華麗に着こなしている美人。手には紙袋を抱えていて、どこかからの買い物帰りであることが伺える。

 髪や瞳の色を含めた顔つきがシアにそっくりなのが印象的だった。


「お、お姉さま!」


 一目見た時からそうだろうとアルは思っていたが、やはり。シアは彼女を姉と呼んだ。つまり、これから会う予定だったクエストの依頼主と先んじて遭遇してしまった形だ。

 心の準備ができていなかったであろうシアはおっかなびっくりといった様子で、姉である女性を前にしてもじもじとしている。

 が、相手はそんなシアの反応を気にせず駆け寄ってきてそのまま彼女を抱きしめた。紙袋を投げ出して飛び込んできたのでアルが慌てて荷物をキャッチした。


「心配したぞ、馬鹿妹!」

「お、お姉さま……くすぐったいです!」


 シアから聞いていた話だと、彼女の家は大企業が故に子どもにも英才教育を受けさせていたはずだ。実際シアの口調や仕草には何処か優雅さが漂っていたし、礼儀正しい態度が家の気品を確かなものにしていた。

 のだが、姉はかなり快活な人のようでアルたちは面食らう。言葉遣いもそうだが、シアを抱きしめてわしゃわしゃと髪を撫でる動きも豪快で、見た目に反して二人は対照的な性格のようだった。

 ひと通りシアを揉みくちゃにした彼女の姉は、ようやく一呼吸ついてアルたちに向き直る。


「アンタたちが、シアの仲間かい?」

「あ、はい。光明の旅団リーダーのアルピニスです」

「おぉ! 結構良い男じゃないか!」


 言いながらこれまた豪快にアルの背中をバシンと叩く姉。鎧もあるので痛みは無かったが、中々の衝撃でアルは前のめりによろける。

 そして、ニカッと歯を見せた笑顔で彼女は名乗りを上げた。


「アタシはティーケ・デメテス。デメテス商会の子会社フォルトゥーナの社長をやってるよ」


 ガハハと笑う彼女の勢いに押されつつ、手を差し伸べられたのでそのまま握手を交わすアル。

 呆気にとられたとはいえ、歓迎ムードのようで一安心する。シア曰く父親であるクロノ・デメテスは冒険者を嫌っている様子だったので、姉のティーケもどの程度冒険者を頼るつもりがあるのか不安視していた。だが、依頼を出しただけあって彼女はアルたちについて寛容なようだ。


「あたしはセレネです。ティーケさん、確かあたしの一つ上だって聞いてたんですけど、社長さんって凄いですね!」


 セレネが挨拶しつつ彼女を褒め称える。ティーケは変わらず上機嫌でその言葉を聞き受けていた。


「なあに、お父様のコネみたいなもんさ。アタシはなーんも偉くないよ!」

「お父様……」


 和やかな会話だったが、親が話題に上ったことでシアの表情が少しだけ曇る。

 その反応を見て、ティーケは少しだけ笑顔の成分を減らした。豪快な笑みであることに変わりはないが、声色にも真剣さが含まれていく。


「シアリーズ。アンタ、家を出てからお父様やお母様に連絡してないでしょ?」


 シアは無言のまま頷いた。追い出された家にわざわざ連絡をする物好きもいないだろうし、仕方のないことだとアルには思える。

 彼女の答えを受けて、ティーケはふうと息を吐きだした。


「アンタが冒険者になって、あんな親でも少しは心配してたよ。別に仲直りしろとは思わないけど、せっかくレウシーナに帰ってきたんなら顔出してもいいんじゃない?」

「それは……考えておきます」


 グッと唇を噛むシア。どうすべきか彼女の中でも答えは出ていないようだ。

 傍から見ていてもどうするのが正解かは分からない。アルは自身と両親の関係が良好だったので、シアの心境を慮ることは難しいのが本音だ。綺麗事だけで言うならば、生きている親とは仲良くしておくべきだと思うが……他人の家庭事情に軽々しくそんなことは言えない。

 悩むシアに向けて、ティーケはまた満面の笑みで声をかける。


「まあいいさ、別に今すぐどうしろって話じゃない。それより!」


 ティーケはやや早口なきらいがある。勢いが凄いのもあってアルたちのペースを上回ってくるので、完全に会話の主導権を握られていた。

 話を切り替えるように続けるティケ。


「光明の旅団ってことは、アタシの依頼を受けてくれたのはアンタたちでしょ?」

「はい。俺たちでよければ、力になります」


 アルが常套句的な言い回しで答える。

 その返事を受けて、ティーケは笑顔を抑えて神妙な面持ちに変わった。


「じゃあ、こっからはビジネスの話だ。依頼内容について詳しく教えるから、店まで来てくれよ」


 言うや否や、大股で歩き出すティーケ。

 複雑な顔をしているシアの肩をセレネがポンと叩いて促すと、四人も彼女に付き従って歩き出した。

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