第21話 腕試し
「せーの、で行くぞ」
声を押し殺して指示を出すアル。その言葉に、セレネとシアが首を縦に振って同意した。
レウシーナで待つという今回の依頼者、シアの姉に会うためにはどうしても通らなくてはならない崖越えの一本橋。その前に陣取ってゴブリンたちが祝杯をあげていた。どうやら此処に通りがかった他の旅人を襲って荷物を奪ったらしく、全員で荷車を漁っている。
大きく遠回りすることも考えたが、旅の始まりにティオが提案したとおり実力を示す絶好の機会でもある。アルたち三人は低級魔物であるゴブリンの討伐に向けて攻めこむことを決めたのだった。
ちなみにティオは隠れて様子を見守っている。視力には自信があるということで、かなり後方に位置していた。今回は手伝わずにやってみろ、という意思表示でもある。
「ふう……。じゃあ始める。せーの!」
呼吸を整えて、アルが突撃。少しだけ距離を開けて後衛の二人も飛び出していく。
敵の接近に気づいたゴブリンたちが棍棒を手に応戦してくるが、クロリスの町で買った大盾がすべてを弾き返していく。購入時の思惑どおり、多少重さがあってもアルの腕力ならば問題なく鉄壁として機能していた。
棍棒が効かないと見たゴブリンたちはすぐに武器を捨て、荷車から弓矢を取り出してくる。武器や防具、食品まで多量に積まれた荷物を見るに、持ち主は行商人だったのだろう。
「遠距離武器まであんのか! セレネ!」
アルが叫ぶ。既にセレネは呪文の詠唱を終えて電撃の弾を杖先に灯らせていた。
「当たる当たる当たる当たる……」
言い聞かせるように呟くセレネ。
以前の戦いでティオの力を借りた時、魔法を直撃させるコントロール感覚は体に刻まれている。それを思い出して再現すれば、今度は自分の力だけでも成功するはず。
そう自分を鼓舞しながら、撃つ。
「ライジングブレイク!」
激しい雷鳴と共に閃光が解き放たれる。
その光は瞬時にゴブリンたちを――捉えず、周囲の木々を燃え上がらせた。
「やっぱり駄目なのー!?」
攻撃が外れて苦い顔をするセレネ。一度の成功体験をすぐに再現できるほど生半可にはいかない。
だが外すのは想定内。そう上手くいくはずもないので、アルは指示を飛ばす。
「気負わず、次を頼む!」
「わ、分かってる!」
再び呪文を詠唱し魔力を練り込むセレネ。
ゴブリンたちはその隙をついて矢を掃射し始める。狙いは隙だらけになったセレネ。
斜線上にアルが飛び込み、盾と剣を振るって攻撃を撃ち落としていく。
「攻撃自体は大したことないけど、数が違いすぎる!」
敵のゴブリン一味はザッと見て六体ほど。そいつらが交代しながら間髪入れずに弓を引き絞り、セレネに狙いを定めて矢を放っている。
荷物内の矢がよほど潤沢だったのか、絶え間なく放たれる矢の雨。アルは必死に弾いていくが、これでは攻撃に転ずることはできずジリ貧だ。
懸命に耐えるも、何本かの矢がアルの隙を抜けてセレネたちの下へ飛び込んでいった。
「まずい!」
アルが焦りの表情を見せる。
矢は真っ直ぐセレネへ向かう。彼女の魔法よりもよほど正確に飛んでくる攻撃にたじろぐが、シアが割って入るとその身で矢を受け止めた。
「ぐっ……!」
「し、シアちゃん!?」
庇うように背中を向けたシアの右肩に矢が突き刺さる。激しい痛みと共にシアが息を漏らし、苦悶の表情で歯を食いしばった。
「シア!」
「大丈夫、です。回復は……得意ですから」
言いながら、シアは自身の手に握ったスティックを振るって呪文を詠唱。
肩から流れる血と熱い痛みを堪えながら、魔法を自分の体へと浴びせていく。
「主に祈ります。生ある者に……祝福を、授けたまえ――治癒の加護」
痛みで集中力が鈍っているのか、回復力がいつもよりも弱い。それでもシアの傷口は徐々に塞がっていき、脂汗に滲んだ彼女の顔も少しだけ穏やかなものに戻っていく。
シアに庇ってもらったことで、セレネはゴブリンへの怒りを倍増。溜めていた魔法がバチバチと放電し、いつもよりも強大な電撃の弾を形成していく。
「許さないわよゴブリン共! 月よ、光の恩恵を以て我が杖に応えよ――ライジングブレイク!」
再び空気を引き裂く光の一閃がゴブリンたちに向けて飛び出す。
今度の攻撃もゴブリンたちには直接当たらなかったが、そこで雷撃が少しだけ軌道を変えたのが見て取れた。放ったセレネ自身が驚く。
「曲がった!?」
稲妻は敵の構えている弓の一つへ吸い付くようにぶつかると、持っていたゴブリンごと爆発。衝撃と火花で周りのゴブリンたちにもダメージが及んでいく。
様子を見ていたアルが状況を理解して感嘆の声をあげた。
「弓の素材だ! 今、直撃したゴブリンだけ鉄の弓を握っていた」
鉄製の弓が導体となって、セレネの雷撃を引き寄せていたらしい。
他のゴブリンたちは木製の弓を持っていたので偶然の産物という他無いが、珍しく直撃で敵を撃ち倒したことにセレネは少しだけ笑みを浮かべる。
相手が延焼している相手にアルが接敵。剣を振り下ろして、弱ったゴブリンたちを薙ぎ払っていく。
それでも敵はしつこく、再び接近戦のために棍棒へと武器を持ち替えていた。不意をつかれ、一発がアルの腕を撃ちつける。
鈍痛に一瞬足を止めるが、すぐに向き直って抜刀。鋭利な剣が敵の握る棍棒相手を両断していった。
「これで、トドメだ!」
残った最後の一体目掛けて剣を振るい、戦いは終幕。なんとかゴブリン六体を倒して辺りに静寂が戻ってくる。
「シア、大丈夫か!」
バトルを終えてアルがセレネとシアの下へ駆け寄った。
肩の傷を魔力で塞いだシアは、セレネの腕に抱かれて座り込んでいる。隣でセレネも心配そうに見つめているが、疲れの表情を見せつつも彼女はニコりと微笑んだ。
「問題ありません。回復以外でも役に立ててよかったです」
「馬鹿! 自分を盾にするなんて無茶はやめろって!」
決死の行動に怒ってみたものの、実際のところシアがセレネを守っていなければ攻撃魔法の詠唱が途切れて反撃のチャンスを失っていたかもしれない。
結果として最善の選択ではあった。多用することはできないが、アルもリーダーとして認めざるを得ないところだ。
三人が辛勝にホッと一息つくと、森の奥手からティオが歩いてくる。
「お疲れ様じゃ」
「おう。なんとかなったな」
呑気な口調のティオだが、戦闘の勝利に安堵したようで穏やかな表情を見せた。かなりの接戦だったため、見ている側もハラハラしただろうことは想像に難くない。
彼女は一同を見回すと、難しい顔をして告げる。
「……正直、思ったよりも厳しそうじゃな」
実力を確かめてみたいという彼女の要望には無事答えたが、その結果は不合格に近かったらしい。
腕を組んでうーんと唸り声をあげるティオ。その反応にアルは苦笑する。
「今更だが、不安になったんだろ」
「いやあその。……包み隠さず言えば、そうじゃ」
「面目ないな」
ゴブリンは魔物としてはかなり弱い部類に属する。種族として特殊な魔法や能力があるわけではなく、知能も高くない。今回は棍棒や弓矢を所持していたので武装した状態だったが、普段は人間よりも少し強い程度の腕力ぐらいしか取り柄がないモンスターだ。
それでも一般人は対抗手段を持っていないので、こうして積み荷を奪われた行商人もいたのだろうが……冒険者で苦戦することはほぼ無い。
アルたちの実力がゴブリンに拮抗しているとなると、ティオとしても流石に先行き不安になるのは間違いなかった。
「余はあまり力を使いたくなかったが、今後は必要に応じて協力せざるを得んじゃろうな」
「俺たちも、なるべくティオの手を借りずに実力で頑張れるように努力するよ」
互いに、不承不承ながら戦闘時の協力を約束することになった。
前途多難ながら、ゴブリンから道を取り戻したので橋を渡っていくことになる。一応積み荷もある程度回収して、持ち主がいれば返してやろうということになった。
彼らの不安だらけの旅は続く。
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