第20話 デメテス商会

「実家……」


 シアの言葉を反芻するアル。

 アルとセレネがシアを仲間に加えたのは二年前。前のパーティを追い出され新たなチームを探していた彼女は、ギルドの推薦で光明の旅団とマッチングした。

 そこでシアは以前のパーティについて彼らに語り、追放を受けた彼女を労わった彼らが是非ともと言って旅団入りを果たしたのだった。

 それから三人は苦楽を共にしてきたが、アルもセレネも彼女の素性については詮索していない。二人も過去については苦い思い出になっているし、人にはそれぞれ事情がある。一つ年下の少女が冒険者をしているということは、それだけでワケありだと察していた。

 なので彼女がどんな家柄のどんな人物なのか、アルたちは知らない。


「私の家は名のある調剤屋でした。世間からは名家と呼ばれるような、そういう家系です」

「シアちゃんの口調とっても丁寧だと思っていたけど、お嬢様だったんだ」

「お恥ずかしながら……」


 感心するセレネの反応に、少し困ったような顔で笑むシア。

 ここまでの断片的情報だけでも、彼女が家庭で上手くいっていなかったことは容易に想像できる。家柄を褒められても複雑な心境なのだろう。


「ティオさんはあまりご存知ないと思いますが、うちでは魔法を駆使して薬を作っています」

「魔法で薬を?」


 聞きなれない製法の薬について興味を示すティオ。


「薬は基本薬草などを煎じるものですが、そこに魔力で増幅効果をつけるのが我が家の調剤方法です。この製法はいくつかの職人が確立していますが、我が家はその中でも評判が良いと自負しています」

「……あれ? じゃあシアちゃんの家って」


 彼女の家について勘付いたのはセレネだった。

 魔法を駆使した調合を得意とする調剤屋の中でも、群を抜いて評判が良い名家。

 これだけ必要条件があれば、薬師の知識が少なくとも予想できるほどに知名度を持った答えが一つだけある。


「はい。私――シアリーズ・デメテスは、デメテス商会の長であるクロノ・デメテスの娘になります」

「デメテス商会! 薬なんてまったく分からないが、俺でも知ってる大企業だ」


 アルもその正体に感嘆の声をあげる。

 デメテス商会。

 国有数の調剤屋として名を馳せる製薬会社であり、他にもいくつか存在する薬売りの一族を統括している薬品取り扱いの元締め的存在。一般に流通している薬の値段や製法の管理、品質のチェックを一手に担っている大企業として知られている。

 シアが、そんな会社のトップであるクロノ・デメテスの社長令嬢だったというのだから驚きだ。


「これは……流石に聞いてもいいんだよな? なんだって、そんな偉いさんの娘が冒険者を?」


 これまで深くは問わなかった彼女の出自について、アルから踏み入った質問をする。

 この話を始めた段階で、いや、クエストを受けたその時から覚悟は決まっていたのだろう。問いに対して臆することなくシアは答えた。


「資質の問題です。私は回復魔法以外の魔法が何一つ発現しませんでしたから」

「その調剤屋とかいう仕事で使うスキルも会得できんかったと。とはいえ、勘当とはひどい話じゃのお」


 諦め口調のシアに対して、ティオが取り繕うことのない素直な意見を述べる。

 その感想に関してはアルも同感だった。家族の絆というのは能力の有無に左右されるものではないと思うし、実際アルにとって父親は今でも尊敬し追いかけるべき背中になっている。

 だが、それこそ人の事情。シアと父親の関係はアルのそれとは異なるもので、どちらが正しいという比較にはならない。


「私には二つ上の姉がいて、彼女はとても優秀でした。家を継ぐべき人が既にいるので、私はほとんど歯牙にもかけて貰えなかったんです」

「そんな! ひどい!」


 シアがあくまでも淡々と事情を説明する中、セレネが憤る。

 セレネもアル同様故郷と家族を失ったものの、それまでの関係は極めて良好だった。特別な家系でないセレネと令嬢であるシアでは互いに分からない問題もあるのだろうが、娘を蔑ろにした親の話を聞いて怒らずにいられない。

 ぷんすか、と音が出ていそうなほど苛立っているセレネに苦笑しながらシアは続ける。


「仕方なかったんです。魔法について教育も受けましたし、落ちこぼれの私を何とかしようと両親は手を尽くしていたと思います」


 それが歪な形で実ってしまったのが今のシアが持つ魔法。

 治癒については上位の僧侶に引けを取らない力を身に着けているのに、他の魔法は何ひとつ発動することができない極端な魔力形成をしてしまった。

 英才教育によって魔法を鍛えれば鍛えるほど、回復魔法だけが伸びていく。他の力を使えないまま時が経ち、やがて両親は彼女に学ばせることを諦めてしまったのだった。


「父に見放された私は家を追われました。ですが、回復魔法だけは自信があったので、冒険者になるためギルドを頼ったのです」


 後の話はアルたちが知ってのとおり。

 冒険者ギルドに推薦されパーティに入れてもらったものの、前の旅団では上手く活躍できず追放処分を受けてしまった。再就職を憂き目にあったシアを引き入れて、光明の旅団は今に至る。

 ここまで過去について赤裸々に明かしたシアは、自信なさげに眉を落として一同へ目配せした。


「これが私の、冒険者になるまでの生い立ちです。ご清聴ありがとうございました」


 ペコりとお辞儀するシア。

 経緯は分かったが、まだ肝心の話題に辿り着いていない。腕組みをして渋い顔で話を聞いていたアルが問いかける。


「今回の依頼者は個人だった。デメテス商会の名前で出されたものじゃなかったはずだぞ」

「ええ、そのことでしたら」


 流石にデメテス商会ほどの大企業が出した依頼ならば、報酬額も含めて大きなクエストとして取り扱われるだろう。前の冒険者たちが何故か事後キャンセルを申し出たとはいえ、もう一度掲示すれば直ちに他の冒険者が手柄としたがるはずだ。

 何より、依頼者と冒険者の関係は信用第一。デメテス商会に名を売れるとなれば誰しもが受けたがる。わざわざトリストが預かって、光明の旅団にこの任務を受け渡す理由はない。

 依頼主は個人の調剤屋だった。だから話題になっていない。

 アルが感じていたその疑問を、シアは容易く説明する。


「これは、私の姉からの依頼です」

「さっき言ってた、優秀な姉という人か」


 首肯するシア。


「まだ分からない。デメテス商会の名前を使って大々的に募集すれば、名の知れた冒険者が受けたがるはずだ。何故お姉さんが個人で?」


 続けざまにアルが疑問をぶつける。

 その言葉に、またしても困ったような顔をしながらシアは答えた。


「私が冒険者になったことを父は知っています。元々冒険者をあまり信用していない人でしたが、会社からの依頼をギルドに出す人ではありません」

「じゃあ今回の依頼はシアちゃんのお姉さんが、お父さんに黙って出した依頼ってこと?」

「おそらく。姉は父と違って柔軟な人ですし、私とも破断するほど劣悪な関係ではありません。父に隠れて冒険者を頼ってくれたのではないかと」


 優秀だとしてシアより持て囃されたらしい姉もまた、厳格な父には手を焼いているということなのだろうか。

 一連の流れを聞いて、アルはうーむと唸った。


「話は分かったけど、前の旅団がクエストをキャンセルしていることを思うと、ますます冒険者の心象は悪くなっていそうだな」

「……父の耳に入っていれば、そうでしょうね」

「その上で俺たち弱小パーティが受けて大丈夫なんだろうか」


 自分たちの実力に不安を感じて、アルは自虐的に言う。

 そこはセレネも同感だった。思ったよりも入り組んだ家庭事情が絡んでいるので、単純な失敗よりも責任が圧し掛かってくる。

 悩む二人に対して、シアは力強く言葉を発した。


「父を見返したい、とは言いません。自分の実力不足は実感しています。……ですが、こんな経緯でも私にとっては大事な家族からの依頼なのです」


 魔法が上手く使えずに勘当された娘。

 そんな関係性でありながらも、シアの言葉からは確かに家族に対する情が垣間見えていた。依頼を直に見てしまった以上、見過ごせない想いが強いことが伺える。

 少し考え込んでいたアルだが、覚悟を決めてグッと拳を握る。


「ま、家族は大事にしないとな。やれるだけやってみようぜ」


 吹っ切れたように言う彼の言葉に、セレネも強く頷いた。

 そんな二人の反応に、シアは安堵したように笑顔を溢したのだった。

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