第19話 追放旅団

 旅に出てから既に三日。最初の二日間は中継地となる村を探して宿で体を休めることができたが、ここにきて何処に辿り着くにも中途半端な場所に突き当たってしまった。

 といっても、こうして野営で一日を終えるのも光明の旅団にとっては日常茶飯事だ。アルが背負っていた荷物から天幕テントを取り出して骨組みと共に組み立て始めると、シアもそれを手伝いながら寝袋などを準備し始める。セレネは辺りの木材を集めて焚火を用意していた。

 テキパキと手際よく仮設住居を建てる三人を見ながら、ティオは素直に感心する。


「手慣れておるのぉ」

「まあ、俺たちも冒険者になって長いからな」

「……そういえばお主らが旅をしてどれぐらいか等も聞いておらん」

「お。ティオちゃん、あたしたちのこと知りたい?」


 彼女が興味を持ってくれたことにセレネが喜びの表情を見せる。

 やや暑苦しい反応にティオは一瞬顔をしかめたが、共に旅をしていく以上身の上は知っておきたいので素直に首肯した。


「じゃ、ティオちゃんも手伝って。パパッと準備して、ゆっくり話しよ」

「了解じゃ」


 促されるままティオも手伝いに入り、四人で一式を揃える。

 あっという間にひと通りの工程を終えた彼らは、焚火を囲むようにそれぞれ腰掛けた。アルがふうとひと息ついて空を見上げる。

 今日の野営地は比較的見通しの良い平原だ。木々もまばらに生えているものの視界を遮ってしまうほどではない。もしも魔物が近づいてきてもある程度対処はできるだろうと考え、此処で立ち止まることをアルが選んだ。

 平原の中にポツンと四人だけ取り残されたような感覚だが、村に泊まる時の喧騒とは少し違うこの静けさをアルは好んでいる。空を見上げると、星々の瞬きがハッキリと見えた。


「で、なんだっけ。俺たちの冒険の始まりがどうとか」


 落ち着いたところで、先ほどの話題に立ち返る。問いかけると、ティオは大きく頷いた。


「そうじゃ。確かアルとセレネが二〇歳で、シアが一九歳と言っておったかの?」

「よく憶えていたな。そのとおりだ」


 年齢の話は一度していたが、それから特に掘り下げたことはなかった。彼女の記憶力に舌を巻くアル。

 その反応に、ティオは胸を張った。


「まぁの! あの時もそうじゃったが、人の子は見た目より若くて驚いたし記憶に残ったからの」

「いや、ティオの九二歳もインパクトあったけど……って、それはいいか」


 魔物の年齢こそ見た目からは一切想像がつかないと思いつつ、アルは話を先に進める。

 その先の事情については、隣で聞いていたセレネが続けた。


「あたしとアルが魔物に襲われた村から生き残って、トリストさんに手引きしてもらって冒険者になった……ってところは話したよね」

「たしかに記憶しておる」

「それが今から六年前。一四歳の時だった」


 思い出しながら、セレネは少しだけ悲しむような懐かしむような複雑な表情を見せた。

 ゼピターという父親に下に生まれたアルが、故郷を焼かれながらも逃げ延びた。そこから冒険者になったという話はティオもしっかり把握している。

 彼女にとって人間との時間感覚はかなり違うものだが、二〇歳の二人にとって六年という月日はかなり長いものなのだろうと推察する。

 幼くして復讐を誓った二人が、それでも魔物すべてを憎むのではなく自身を助けてくれたことに、ティオは改めて感謝の気持ちを胸に刻んだ。


「お主ら二人のことは、トリストという男のところで少し聞いたからの。少しは把握した」

「ということは、次は私ですね」


 シアがそう言うと、三人の視線が彼女に集まる。


「そういえば、シアの事情は俺たちも半分ぐらいしか聞いてないぞ」

「お二人とも詮索しないようにしてくださってましたから。お心遣い、感謝します」

「そうか。お主らは冒険者になってから知り合っておるんじゃな」


 シアの経緯はアルとセレネも把握していなかったところのようで、より注目度が高くなる。

 何より、今回の依頼を受けるに至ったトリストとの会話がある。依頼主である調剤屋はシアと何か関わりがあるらしく、彼女はその事情を旅の途中で説明すると伝えていた。

 既に三日経っているが、シアもようやく決断したらしい。真剣な眼差しで、しかし少し言葉に迷いながら話し始めた。


「まず、アルさんとセレネさんには話していましたが、私は前のパーティから追い出された身です」

「追い出された、というのは?」


 彼女がポツりと言葉にすると、ティオは早速経緯いきさつが見えずに疑問を投げかけた。

 その答えについてアルが説明する。


「冒険者パーティはギルドからランクの近い人間を紹介されて、そこから人を選んで組むことが多いんだ。昔からの知り合いばかりじゃない」

「もちろん、あたしとアルみたいに最初から一緒に冒険者になる人もいるけどね」


 二人の言葉から冒険者の組み方について把握するティオ。

 アルはさらに続ける。


「けど、当然反りが合わないこともあるし、色々あって旅団そのものを解散したり、一人を追い出したりもする」

「私の場合は後者でした。元いたパーティはもっと強い回復術師を雇って、今も頑張っているみたいです」


 シアが弱々しく微笑むと、ティオは特に慰めるでも追及するでもなく軽い返事をした。


「人同士でも色々世知辛いんじゃのぉ」


 あまりにも感慨のない感想に少しだけ空気が柔らかくなる。

 その雰囲気に助けれるように、シアもホッと息を吐いてから身の上話を続けた。


「それで、新たに旅団を探していた私に声をかけてくれたのが二人でした。実力不足故に当てのない私を加入させてくれて、本当に感謝しているんです」

「シアちゃんはそれよく言ってるけど、あたしたちもこの通りだし。お互い様だからあんまり感謝されても、こそばゆいっていうか」


 セレネが言いながら肩を竦めて見せる。

 実際のところ、彼ら三人の総合力は拮抗している。適正のパーティで、それ故に上下関係も殆どない。シアは二人に対して深く尊敬の念があるようだが、そう敬われるような間柄ではないとアルたちは思っている。

 シアは柔和な笑顔をセレネに返すと、少しだけ沈黙して言葉を探した。

 ここからが、アルやセレネにも言っていない別の事情。彼女自身もあまり話したくないもっと前の自分語りだ。


「私は前のパーティを追放されましたが。そもそも、父からも勘当されているんです」

「ほう。じゃあ、余とは家出仲間じゃの」

「そういう話なのか……?」


 あくまでも暗くならない呑気な口調のティオに、思わず疑問を抱くアル。

 そうして場を明るくしてくれることで、シアはまた心のつかえをひとつ取り払って話を進めることができる。


「ここで出てくるのが、調剤屋です」


 本題とも言うべき単語が出てきて、アルは少し身構えた。


「調剤屋って、今回のクエストの?」

「はい」


 肯定するシアは、深呼吸をしながら胸に手を当てている。

 彼女にとってこれから話すことは掘り返したくなかった過去のことで、何度となく決心を要する案件のようだ。

 他の三人はその話し出しを辛抱強く待つ。急かす理由はない、今日の野営はまだまだ始まったばかりだ。

 ゆっくりと覚悟を決めて、シアは口を開いた。


「この依頼は、私の実家から出されたものなんです」

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