第18話 実力を見せよ
クロリスの町を出て南西に向かって歩き出す一行。
エピダの村からここまでは半日ほどで辿り着ける旅路だったが、今回の依頼主がいるレウシーナまでは少し距離がある。野営の用意もあるとはいえなるべく中継地となる村を探しながら進もうと考え、アルが地図とにらめっこして道程を組んだ。
そんな旅路を踏み出して早々、ティオが問いかけてくる。
「そうじゃ。どうせ道中でゲーティア……魔物と戦うこともあるじゃろ? 一度、お主らの実力を見せてもらえんか?」
「実力?」
確かに往く道を遮る魔物がいれば戦闘が起きることもあるだろうが、突然の提案だ。その内容に一度は疑問を呈したアルだったが、そう言われてふと気づく。
今のところティオの前で戦ったのはビムと対峙した昨日の場面だけ。あれは相手が遥かに格上の戦闘で、光明の旅団が最低ランクであることなど関係なく苦戦を強いられる場面だった。他の冒険者でも同じ結果だっただろう。
何より、あの場ではティオの能力を借りて勝利を収めた。フェアな戦いをしたわけではない特例に過ぎない。
ティオの前で通常戦闘をこなした経験は無い。弱小パーティであると散々語ってきたが、彼女はアルたちの実力を測りたがっているのだ。
アルがそのことに気づくのと、ティオが質問の補足を始めるのはほぼ同時だった。追加で話を始める。
「余の持つ力が、その者の潜在能力を引き出すものだというのは話したな?」
「あたしたちにそんな力があるなんて、まだ信じられないけどね」
セレネが飾らず感想を伝える。
これまで弱小パーティと蔑まれて過ごしてきたため、旅団全員が自分たちの力について懐疑的だ。本当は秘めた実力があるなどと言われても驕ることはできない。
三人が揃って渋い顔をしているのを見て、ティオは苦笑する。
「お主ら、相当卑屈じゃのお。まだまだ伸びしろがあるのじゃから素直に喜べばよかろうに」
「仕方ない。弱い弱いと言われながら旅をしてきたんだ、もうそっちに慣れてる」
アルが悲哀のこもった言葉で自分たちの置かれた状況を吐露すると、その悲しき自己評価に少し気分が落ち込む。言葉にすることでより実感が強まった気がした。
若干どんよりした空気が流れたのを感じて、慰めか素直な気持ちかティオも心境を漏らした。
「お主らが自身の力を卑下する気持ちも分かる。余もまた、未熟者と言われてきたからの」
「そうなのですか?」
少し自嘲の混じった言い方に、今度はシアが疑問を持った。
「余の力は父上と同じもので、血筋から相伝されたもの。じゃが、余は父上ほど上手くこの力を使えておらん」
「……魔王も同じ力を持ってるのか」
話を聞いたアルは、やがて相まみえる可能性がある強敵の存在に少しだけ表情を強張らせる。
ティオの力によってアルたちは助けられた。とても敵わないと思っていたビムを討伐する強さを得て、自分たちから溢れ出るエネルギーに恐怖すら感じた。力を得るというのは、それを使いこなす責任が伴うのだと心の奥底で実感したのだ。
そんな頼もしくも恐ろしい能力を魔王も使える。となれば、強さを引き出された敵と戦うことになるかもしれない。魔王が魔物たちを強化したら、今度こそ逆立ちしても勝てない最強最悪の軍勢が誕生するのではないか。
身震いするアルの横で、セレネが浮かんだ疑問をそのまま投げかける。
「でもさ。じゃあ、なんで魔王は自分の部下に能力を使わないの?」
その発言を聞いて、アルも確かにと頷く。
反応を受けてティオはパチンと指を鳴らした。待ってましたと言わんばかりのドヤ顔をしている。
「まさにそれじゃよ」
「どれじゃよ」
彼女の口調を茶化すようにセレネが聞き返した。
真似されたことに一瞬ムッとしたティオだったが、気にせず続ける。
「父上と言えど、あの力は体力を消耗するのじゃ」
「昨日のティオさんも、自分の体力が残っているか分からないと言ってましたね」
「よく憶えておったの」
シアはビムとの戦闘を思い返していた。
戦いの最中、ティオは食事を摂れていないので体力が残っているか分からないと言った。結果として力を使うことはできたが、本人は気絶し戦闘の顛末を覚えていない。
気を失うほど己を擦り減らすものなのか。アルはティオの澄まし顔をじっと見つめる。
魔王であっても力を使えば例外ではないというのが、今のティオの主張だ。
「それでも父上はある程度力をコントロールできる。じゃが、余はあの力で一気に精神力を保てなくなってしまうのじゃ。情けない話よ」
「むしろ、そんな中で俺たちを助けてくれたのか。マジでありがとう」
「逃げろと言うたのにお主らが聞かなかったんじゃろうが!」
むくれるティオ。確かにそんなことを言われた気もすると、アルは今更思い返してみる。
そうして、ようやく当初の話題に戻ってきた。
「じゃから、本当にピンチの時以外は余もなるべく力を使いたくない。お主らの実力を確認したいのじゃ」
合点のいく話だ。
アルたちに付与した増幅効果。あれが体力を消耗する大技ならば、ティオとしてもなるべくは使いたくない。
光明の旅団は自分たちの戦闘力を低く見積もっているが、ティオが力を使わずとも戦闘をこなせるのであればそれが一番丸く収まる。本当のピンチまで温存できるか見極めたいという話だった。
その意図を汲み取った上で、アルは申し訳なさそうに伝える。
「いやあ……言いたいことは分かるけど、俺たちの戦いを見てガッカリしないでくれよ」
頭をポリポリと掻いてそう言うと、ティオが疑いの目を向けてくる。
「そんなに、なのか?」
「そんなに、だ」
忌憚なく答える彼の姿に、ティオは引きつった笑顔を見せる。自信たっぷりに実力の無さを宣言されると、もはや笑うしかなかったのだ。
とはいえ、旅をしていけばいずれは戦闘も起きる。そんな時にティオの力だけを頼りにしていたのではどんなピンチが訪れるか分からない。
実力を示すというのは次の戦いに備えるためだけではなく、必要とあれば逃げる判断をすることもある。そのために正しく力量を測るのは間違ったことではないとアルは思った。
「ま。そんなにいうなら、次の機会にはティオ無しで戦ってみるか」
「ティオちゃんには迷惑かけたくないけど、できるかなあ」
「良くも悪くも、いつもの戦いを見せるのですね。頑張りましょう」
三人が納得した態度を見せたので、ティオもグッと引き締まった顔つきをする。
「本当にピンチの時は余も助力してやろう。物は試しじゃ」
彼女がそう言ってくれるなら、大船に乗ったつもりで行こうとアルは頷いた。
ティオが加入する前はずっと三人で旅をしてきたのだ。これまでどおりの戦い方で気楽にやればいい。
そう思いながら、まだ長い旅路を歩み続けるのだった。
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