第17話 身支度
「で、受けるんじゃな?」
トリストとの会合から一夜明け、アルたちは朝の日差しを浴びながら宿を後にした。報酬を多く見積もってもらったことにより普段の数倍は豪勢な施設に宿泊した彼らは、大浴場やふかふかのベッドを堪能して身も心も充足感に満たされている。
女性陣三人と男一人という部屋分けだったためアルは知らなかったが、どうやらティオたちはクエストについてどうすべきか話し合っていたらしい。謎の多い仕事だが、困っている依頼主がいる以上アルは断わらないだろうと結論付けており、顔を合わせて開口一番に聞いてきた。
突然問われて面食らったアルだが、答えは予想どおり。
「まあな。色々考えたけど、せっかくトリストが俺たちにって言ってくれたんだし、試してみる価値はある」
「流石、余が見込んだお人好しじゃ」
「だーかーら、それやめろって!」
返答を聞いて満足げに頷くティオと、またしてもお人好し呼ばわりされて苦笑するアル。
それに、と彼は言葉を続けた。
「昨日は詳しく聞けなかったけど。シア、何かあるんだろ?」
「えっ!?」
突然呼ばれて目をぱちくりさせるシア。驚きと共に長い金髪がふわりと揺れる。
トリストから依頼を見せられた時、シアは何かに反応してこの依頼を受けようと提案してきた。嫌なことを思い出した、とだけ言い残していたのをアルは頭の片隅に入れていたのだ。
隠そうとしていた態度を見透かされて、彼女は弱々しくはにかむ。
「やっぱり、アルさんには適いませんね」
「今も理由は教えられないのか?」
「……そういうわけではありません。ただ、少し長い身の上話になります。依頼を受けるなら、道中でお伝えします」
昨晩ははぐらかしたが、アルが彼女のことを思って依頼を受けようとしている以上向き合う必要がある。シアは決心してグッと拳を握りしめた。
シアの心境が緊張に硬くなっているのを察して、セレネは元気よく声を出す。
「とりあえず! 旅支度からしちゃおうよ」
明るくにっこりと笑うセレネ。一同はそれぞれ頷き、町の中心街へと歩き出した。
今朝の予定は、まず最初に卸業者にオピロンから剥ぎ取った素材を買い取ってもらうところから。
強い魔物の鱗や牙は加工することで武具へと生まれ変わるため、買い手となる職人は数多いる。しかしよほどの顔見知りでない限り何処の誰が素材を欲しているかは定かでないため、卸業者に一括して売り捌き、今度は買い手となる職人たちに仲介して買ってもらうのが市場の流れだ。
卸業者はアルたちが持ってきた素材に目を通すと、目を見開いて驚いていた。
「き、君たち! これを討伐したのかい!?」
「あ、ああ。俺たちにかかればこんなものさ」
実際はティオの増強魔法によるチートがあってこそだが、珍しく腕前に驚かれて気持ちよくなったアルは胸を張ってみせた。隣に立つティオから白い目で見られて気恥ずかしくなったが、それはそれである。
竜の素材とあって無事かなりの高額で取引され、アルたちは冒険者人生始まって以来の潤沢な予算に顔を綻ばせる。
続いて、壊れたアルの盾を新調するため防具屋に立ち寄った。素材を売って得た代金を元手に、以前よりも強く頑丈な盾を手にしなければならない。
こちらも、財布事情に余裕ができたため奮発して鋼の大盾を購入。かなりの重量だが、仲間を守りながら前線で戦うアルにとっては必要不可欠。筋肉だけが自慢の彼はその重さを物ともせず、大満足で装備する。
ついでにティオの衣服も整えることに。冒険者でないとはいえ、戦場に赴くならば多少の防御力は必要になる。
そもそも彼女の格好はかなり危険だ。薄い布の服を上下身に纏っており、裸足のままここまで行動してきた。
「別に構わんがのお。人の子らと違って、余の肌はそれなりに頑丈じゃ」
「いや。俺たちだけ重装備で、連れている女の子が一人だけボロ服だと世間体的にマズい」
「そういうものか?」
「そういうものだ」
一切興味のなさそうなティオだが、服屋に辿り着くと目の色を変えたセレネとシアに連れられて店内に入っていった。
浮足立つ二人を追いかけてのんびりとアルが入店すると、とても冒険には似つかわしくないヒラヒラのドレスや装飾品を次々にあてがわれ、鏡の前で不服そうな顔をしているティオの姿が。
「やっばい! ティオちゃん、可愛いよ!」
「出会った時から思っていましたが、お顔がいいですよね! なんでも似合います!」
「分かるよシアちゃん! この真っ白な肌も、どんな服にも合わせられて素敵だよね!」
着せ替え人形と化している少女の姿を遠巻きに見つめるアル。
鏡越しにティオと目があった。
「おいアル! お主、助けんか!」
「まあ、好きにすればいいんじゃないか?」
「おーい、何なのじゃ! まずなんで二人はこんなに興奮しておるのじゃ!」
服のついでに深い赤の髪がくるくると巻きつけられ、お洒落……というより遊ばれている。揉みくちゃにされているティオだが、実際顔立ちも整っておりどの服もよく似合うので、女性陣が盛り上がるのも分かるというもの。アルは何も言わずに彼女の強制ファッションショーを楽しんだ。
ひと通り着せ替えを楽しんだセレネとシアに解放された後、無難に動きやすい装備を整えた。黒を基調としたシャツやズボンは飾り気もないが、遊びにいくわけではないので充分。ティオも妙ちくりんな格好にされずに安堵している。
そして、身支度を整えたところで冒険者ギルドへ。依頼を持ったまま待っているトリストと合流する予定になっていた。アルたちが断る場合はギルドで再募集依頼として貼り出される手筈だが、引き受けるのでその手続きは不要。
彼らがギルドの前まで来ると、入り口の壁にもたれ掛かり腕を組んだトリストがいた。ただその場にいるだけでかなり威圧感があり、ギルドに用事のある他の冒険者が一瞬たじろいでから建物内に入っていく様子が見られる。
「おっす、トリスト」
「その顔を見るに、受けるつもりだな?」
さっそく表情から答えを見抜くトリスト。アルは素直に首を縦に振った。
「俺たちがEランクでもやれるのか、腕試しもできるし。せっかくトリストが教えてくれた依頼だから、断るつもりはないよ」
その言葉に、満足そうに微笑むトリスト。
すると、アルの隣からシアがズイッと体を乗り出した。
「あの……トリスト様」
「どうした、シアリーズ」
どこか不安げな表情をするシア。何かを問いかけようとして、少し躊躇して口を噤む。
アルやセレネ、ティオは彼女が何を言い出すのか見当もつかず、迷うシアの顔をじっと見るしかなかった。
視線を泳がせ言葉を濁す彼女の反応に、トリストが何かを理解して話を進める。
「やはり、この調剤屋か」
「あっ……はい。そのとおりです」
何かの確認が取れたようで、シアは首肯した。トリストもそれに納得した様子でアルたちへ視線を向き直る。
わけが分からず疑問をぶつけるアル。
「調剤屋って、依頼主の?」
トリストは同意の意味で首を振った。
だがそれ以上は深く語らず、依頼の承認を事務的に伝えてくる。
「お前たちが依頼を受けるということで手続きする。依頼主から期限の設定は無いが、早急な解決を期待している」
「ちょ、ちょっとトリスト!」
そそくさとギルドの建物内へ入っていくトリスト。アルが声をかけようとするも、あっという間にその姿は店内カウンターの奥へと消えていった。
シアとの会話にどういう意図が込められていたのか。彼の背中を追いかけようかと思ったアルだったが、その右腕をシアがギュッと握った。突然彼女に触れられてドキッとする。
「し、シア?」
「大丈夫ですアルさん。私から説明しますので、出発しましょう」
強い目力と共に意思を言葉にするシアを見て、アルは二の句を告げずに出発することに賛同した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます