第16話 新たな依頼
こうして終始和やかな雰囲気のまま食事を楽しんだ一同。
ティオはアルたちの境遇について深く知れたことで、これまでよりも少しだけ彼らに近づけた気がしていた。仏頂面と静謐な態度から警戒していたトリストに関しても、物言いの中に確かな優しさと愛情を感じて人物像を把握する。
こうして人間を知ることで、この先への決心を強くするティオ。
人間を悪だと断じて、地上世界を取り戻すという目標をデーティア全土に掲げていた父親の姿を思い出す。もちろん自身が生まれるより前にそうした歴史があったことは事実かもしれないが、今の人間たちとなら共存の道もあるはずだ。それを父である魔王に伝えることが彼女の成すべきこと。
そんなことを考えているうちに食事は終わり、話もひと段落。満腹による幸福感に顔を綻ばせているアルたちに、ふとトリストは問うてきた。
「ところでお前たち、次の目的は決まっているのか?」
「あ。確かにまだ依頼も受けてないな」
「アル、ずっと受付の人と揉めててそれどころじゃなかったしねー」
「仕方ねーだろ」
セレネに茶化されたが確かに揉めている場合ではなかった。オピロン討伐を終えた今、次の身の振り方を決めなくてはならないとアルは考えを巡らせる。
魔王の下へティオを送り届けるという旅の大目標は存在する。彼女が人間と魔物の新たな可能性について父親に説くと言っている以上、恐怖はあれどその可能性について一縷の望みを賭けたいのも事実だ。
しかし、魔王の居城へと向かうのは簡単なことではない。先はまだ長く、ともすれば直近の小さな目標は必要である。今はオピロンの任務を達成したことで報酬も手にしたが、だからといってこのまま働かず直行できるわけではない。
となれば、またFランク冒険者向けの軽い任務を受けるべきか。もしくはティオの持つ潜在能力解放の力を借りて、大きな敵に挑んでいくのが正解なのか。
悩む彼にトリストが言う。
「お前たちが何を抱えているのかは聞かん。どうやってエピダの村を襲うオピロンを討伐したのかも、私は問わない」
そう言葉にしながらも、トリストはしっかりとティオを見ている。彼女が何かを隠していて、それがアルたちの戦いに関与したのを見抜いているようだ。
問わないと言いつつ詰問するような物言いに対して言い訳すべきか考えたが、今は余計な口出しをしない方が賢明だろう。アルは押し黙る。
口にしたとおりトリストもそれ以上質問しない。が、代わりにある提案を投げかけてきた。
「そこでだ。実力を計りなおすために、ひとつ上の依頼を受けるのはどうだ」
その意味を、セレネが気楽そうに聞く。
「上って、Eランクの依頼ってこと?」
「ああ。たとえばセレネは、魔力だけならDランクと遜色ないだろう。今なら太刀打ちできるのではないか?」
「魔力だけならそうだけどさあ」
まっすぐな視線でトリストが答えると、セレネはぼやいた。
確かに彼女は数値だけならDランク冒険者クラスの魔力を持っている。シアも回復魔法に関してはFランクにしておくのが惜しいほどの逸材だ。アルは……適正と言わざるを得ないが。
三人が何らかの方法でオピロンを討伐できるほどの実力を手にしたなら、ランクアップを目指せるのではないかというのがトリストの提案だった。
ここでEランクの任務を問題なくこなせれば、ギルドで上位ランクへの承認試験を受けることもできるだろう。実技を通して改めて三人のランクを計測され、その個人結果とバランスを以て旅団の適正も付け直される。Fランク冒険者を卒業できるかもしれない。
しかしそれはティオの加護があってのこと。旅団のメンバーではない相手の助力を受け、しかもそれは魔物由来の規格外な力。いわばチート能力だ。
「ランクを計りなおすかは置いといて。ちょうど良い依頼があれば受けるけど」
ズルをしてまで自分たちを高く見せようとは思えない。アルは一旦承認試験のことを考えるのを止めた。
それでも、困っている人からの依頼があるのならば受けること自体はやぶさかではない。結局は人助けの考えを優先してしまう辺り、ティオの言うようにお人好しなのだろうとアル自身も自覚する。
そんな彼らに向けて、トリストは一枚の紙をテーブルに広げる。クエストの手配書だった。
「ある調剤屋の依頼だ。少しワケありで、私が預かっていた」
調剤屋はさまざまな用途の薬を生み出す職業。主にポーションと呼ばれる飲み薬を作っており、冒険者たちが回復などに使用する他、風邪や病気に効く一般的なものも彼らによって調合される。生活の必需と言える業種だろう。
手配書によると、そんな調剤屋が普段利用している薬草の群生地が魔物に占拠されてしまったらしい。攻撃的な魔物の群れに調剤屋は手出しできず、備蓄の素材だけでは店の今後も危ういとのことだった。
討伐対象の魔物はゴブリンなど下級のものが複数体。一般人には危険な相手だが冒険者なら難なく倒せる、まさにEランク相当の依頼と言える内容。
「ワケありって?」
任務自体は至ってシンプルなものだ。特に引っ掛かるところはなかったので、アルは何の気なしに聞く。
質問が来るのも想定内だったのだろう。トリストはすぐに説明を始めた。
「この任務は元々別の旅団が受けていた。適正ランクの者たちで、何も問題はなかったのだが……」
「だが?」
意味ありげに言葉を止めるトリストに、セレネが疑問符を向ける。
「任務をこなしていた旅団が突然ギルドに逃げ帰ってきて、依頼を断ってきた」
「随分無責任な奴らだな。……いや、俺たちも昨日は危うかったけど」
冒険者にとって任務は絶対だ。
旅団自身のランクから掛け離れた依頼はギルドが受けさせないし、冒険者側も下手に難しい任務は受けない。だからこそ基本キャンセルは起こらず、それ故に依頼者も安心してギルドに任せられる。すべては信頼関係から回っている。
それをわざわざ断ったというのだから、よほどの事情があったか、その旅団の責任問題か。
とは言え、昨晩アルたちがそうだったように突然想定外の事態が起こる可能性もある。そんな時はギルドに詳細を説明して、任務のランクを付け直す。ギルドが直接指名してより強い旅団に依頼することもあるようだ。もちろんアルたちに指名が来たことはない。
「ところが、断った旅団は何も説明したがらない。とにかくこの依頼を断りたいと、その一点張りだ」
「ずいぶん変な話ね」
トリストは渋々頷く。彼自身も状況が把握できていないのだろう。
「そういう事情から難易度の変更もできず、再依頼も出しづらい。そこで、お前たちがEランク任務に挑めるかの試験石にしようと言うわけだ」
「大丈夫なのか、それ?」
アルは嫌な予感がして顔をしかめる。
昨日も想定外の出来事が起きて任務のキャンセルを考えていたところだ。ティオがいなければ実際にそうしただろうし、もしくは町で暴れているところに正義感一本で立ち向かって命を落としていたかもしれない。
謎多き依頼。できれば厄介事には首を突っ込みたくないが、トリスト直々の依頼であれば検討したいところでもある。
「アルさん、セレネさん。この依頼、受けましょう」
頭を悩ませるアルに対して、真っ先にそう言ったのはシアだった。
いつもの柔和な表情とは違う、真剣そのものといった顔に少しドキッとする。
「困ってる人がいるなら受けてもいいけど……シア、何か気になるのか?」
鬼気迫るといった雰囲気のシアに、おずおずと問いかける。
すると、自身が何かに焦っていたことを察してシアは力を抜いた。いつもの優し気な顔でかぶりを振る。
「……いえ。ちょっと、嫌なことを思い出したただけです」
「嫌なこと?」
聞き返したが、シアは何も答えなかった。
面々の雰囲気を察して、トリストは返事を急くことなく期限を設けた。
「今晩、ひとまず考えるといい。朝に答えを聞こう。受けないならばギルドに再び貼り出すつもりだ」
保留を許されたことで、アルたちは一度考え直す時間を得た。
こうして懐かしき知人トリストとの会合を終えたアルたちは、手にした報酬でようやく宿を手配。昨晩とは違う綺麗な建てつけの宿で一泊できることに安堵するのだった。
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