第15話 ギルドの長

 トリストはアルたちを引き連れて自身が泊まっている宿にやってくると、併設されたレストランに来店した。五人掛けになっている円形のテーブル席に着くや否や、店員がやってきて手早く注文を取っていく。

 エピダの村に引き続きまたしても御馳走になることになった一同。次々に運ばれてくる食事を口に運びながら、これまでの旅でも経験したことがないほどの幸福感に満たさていく。アルは満面の笑みでトリストにお礼を言った。


「ありがとうトリスト! おかげで助かったよ!」

「誠に感謝致します、トリスト様」


 がさつな言葉で喜ぶアルと、その隣で感謝を伝えるシア。アルほど砕けた口調ではなかったがそれは彼女の性格がそうさせるもので、どちらもトリストに対して畏まった様子はなかった。

 お礼よりも先にひたすらガツガツと料理を頬張るセレネも含めた三人。その姿を見ながら、状況を呑み込めないティオが困惑の声をあげた。


「どうなっておるのじゃ。この者はお主らより偉い人間なのじゃろ? よくもまあそんな遠慮なく食事を奢られおって」


 人間の文化に疎い魔物のティオだが、ギルドのエントランスでのやりとりを見てアルたちとトリストの格差は理解できた。トリストが何者かは一切分かっていないが、とにかく彼の方が偉い身分の存在であると。

 ところがこのレストランに来てから一転、三人とも気楽に会話をしている。トリストもその不躾な応対を気にする様子はなく、鋭い目つきや寡黙な態度とは裏腹に三人の食いっぷりを満足げに眺めていた。

 疑問を持つティオに向けて、ようやく説明を始めたのはセレネだった。


「トリストさんはね、アルのお父さんの友達なの」


 アルの父親、ゼピター・デポーロン。かつて冒険者として名を馳せた存在。アルとセレネが旅を始める発端となった魔物襲撃事件で、命を賭して故郷を守るために戦った偉大なる英雄。

 もちろんティオはゼピターについて知る由もなかったが、父親の知り合いと聞けば旧知の間柄であることはすぐに分かる。

 そんなセレネの紹介を聞いて、トリストは眉間に皺を寄せた。


「友達とは言わない。ゼピターは同じ旅団の仲間で、それなりに付き合いがあっただけだ」

「なーんて言ってるけど、父さんが旅を辞めて結婚した後も度々家に遊びに来てたんだ。だから俺も小さい頃からお世話になってたってわけ」


 骨付き肉にしゃぶりつきながら、アルがのんびりと話す。無骨な雰囲気のトリストだが、どうやら今の発言は照れ隠しのようだった。

 そう言われてもティオは未だ腑に落ちない。トリストがアルの父親と顔馴染みであり、そこから繋がってアルも気さくに話しかけていることまでは分かる。アルが冒険者になった後も親交があったのならセレネやシアが知り合いなのも理解できる範囲だ。

 しかしギルドでの威厳ある対応や、トリストの計らいで場が収まった事実は何だったのか。


「お主らの知り合いなのは分かったが、あの受付の人間も黙らせておったじゃろ?」

「ああ。言ってなかったか」


 未だ状況の理解できていないティオに対して、けろっとした顔でアルは答えた。


「トリストは、冒険者ギルドのおさなんだ」

「おさ? あの施設で一番偉いと言うことか?」

「そうそう」


 ようやく合点がいった。ティオはポンと手を叩く。

 あの場で報酬額を決めてアルと受付嬢の両方を納得させたのは、そうさせるだけの権限を持つ人間だったから。ギルドは規定額を払って手打ちにできたし、トリストが追加報酬を支払うことでアルたちは実質ギルドから要求額を貰えたことになる。確かにすべて丸く収まるわけだ。

 ふむふむと頷き、ティオはトリストの顔をまじまじと見つめる。

 すると、今度は打って変わってトリストから質問がなされた。


「それで? アルピニス、この少女はどうした。旅団の新メンバーか?」


 ギルドの施設内では顔合わせをするタイミングもなかったため、ようやくトリストとティオはしっかりと互いを確認した。ここで疑問に思うのも無理はない。

 ジッとティオを見るトリスト。眼鏡の奥の眼光は魔族であるティオすら背筋を正してしまう力強さを感じさせる。

 彼に問われたアルも、一瞬言葉に詰まった。


「あ。えーっと、この子は……」


 アルは旧知の仲でトリストのことも信頼しているが、とはいえこの場でティオについて何処まで明かしていいのか慎重に考えなくてはならない。

 彼女は旅団の正式なメンバーではない。冒険者が旅団に所属して依頼や報酬を受けるには、きちんとした登録が必要になる。魔族であるティオは人間としての戸籍がないため、恐らく正規ルートで冒険者になることはできないだろう。つまり、ギルド相手には隠さなければいけない部外者という扱い。

 さらに言えば、素性である魔王の娘というのもトリストには明かしづらい。彼女は冒険者たちが打倒すべき最終目標の娘、人類の敵だ。アルたち個人は共にいる決意を固めたが、ギルドの長たるトリストがそれを容認できるかは分からない。

 考え込むアル。だがその間に、トリストはすぐ彼女の身体的特徴に気づいた。


「彼女の頭に生えているのは、ツノか?」

「うぇ!? それは。その……」


 しどろもどろになるアル。そのあまりの怪しさに、トリストの目がさらに鋭くなる。

 正体を明かすメリットもある。先のとおりティオを正規の方法で冒険者登録させることは難しいが、トリストの計らいがあればそれも可能になるだろう。彼女を正式にパーティの一員とするなら此処で許可を貰うのが一番のはず。

 どうする? ティオの正体を教えてしまうか?

 アルがあれこれ悩んでいると、ティオ本人が口を開いた。


「余はティオ。事情ある家出娘じゃ。行き倒れていたところをアルたちに助けられた」


 全てを見透かしてしまいそうなトリストの睨みに対して、一切臆することなくティオは出会いを端的に説明した。

 と言っても重要な部分を隠した最低限の内容。トリストのはまだ疑いの眼差しでティオを見ている。


「余の事情やツノに関しては、この者たちの知るところではない。詮索しないという約束で行動を共にさせてもらっておるし、残念ながらお主にも教えるつもりはない」


 こちらはハッタリだが、躊躇なく強気に語っている。血筋なのか性格なのか、怯むことのない立ち振る舞いでトリストと対等に話すティオ。

 その豪傑たる態度を見て、トリストは少しだけ思案の間を挟んでから口を開く。


「冒険者ではないのだな?」

「いかにも。ただの迷い子じゃと思ってくれ」


 最終確認の言葉だったのか、ティオの返事を聞いて再び沈黙するトリスト。

 次になんと言われるのか分からず、二人の会話を聞いていた一同は緊張で食事の手を止めていた。トリストの反応を固唾を呑んで見守る。


「……パーティメンバーではないと言うのであれば、私の関与するところではない。好きにしたまえ」

「お心遣い、感謝するぞ」


 トリストは追及を諦めたようだ。そのまま再びナイフとフォークを手に取り、食事を再開する。

 ホッと息を吐きだしたアルたちもそのまま目の前の料理にありついた。先ほどまでは困惑から手の進んでいなかったティオも、口舌に満足しディナーを楽しみ始める。

 そこからはティオとトリストも含めて和やかな雰囲気で夕食を楽しみ、アルたちは冒険者たちやギルドの現状について話をした。魔物たちの猛威は今も留まることを知らないが、冒険者も力をつけたものが増えており争いは拮抗した状態が続いているらしい。

 こうした話をした後、アルたちは思い出話として冒険者になる際トリストが尽力したことをティオに話した。


「俺とセレネは故郷を失った。魔物に襲われて、俺たちは何もできなくて……」

「なんとか生き延びて、あたしとアルは冒険者になることを誓ったわ」


 彼らの出自についてティオは何も知らない。アルとセレネが同郷の出身であることも初めて聞いた。

 二人の出身地が魔物による実害を受けていたとは。現状を含めた勢力の争いを改めて聞き、ティオはその立場から複雑な心境になる。


「だけどティオちゃんにも言ったとおり、あたしたちの実力は伴わなかった」


 セレネが悔しそうに言う。復讐心は本物なのに、彼らは自分たちの力でそれを成せないかもしれない。

 同じく気落ちした様子で当時を思い返していたアルだが、ニコりと微笑んでティオに視線を向けた。


「けど、トリストさんが取り計らってくれて。Fランクなんて最低称号だけど、ありがたい事に冒険者として旅立つことができた」

「なるほど。トリストはお主たちの恩人というわけか」

「私としては、ゼピターの息子を戦線に送りたくなかったがな。あまりに頼み込んでくるので手を貸してやった」


 相変わらず無表情なトリストだったが、アルたちのことを心配している気持ちは本物らしい。

 アルたちの寛容さと正義感を目の当たりにして人間に対する偏見を考え直していたティオだったが、目の前のトリストという男もまた彼らへの庇護と愛情を持つ者なのだと理解した。

 そして、アルたち自身についても再び考えさせられたようでティオは言葉を零す。


「お主ら、そんな境遇で余を拾っておったのか。お人好しを越えておるの」

「まーたお人好し呼ばわりされる……」


 彼女の発言にアルは苦笑した。

 魔物に故郷を滅ぼされ、仲間や家族の敵討ちを誓って冒険者になったアルやセレネ。そんな彼らが魔王の娘を拾うのは、確かにおかしな話なのかもしれない。

 だが、アルは冷静に考えを話す。


「人間全員とか、魔物全部なんて考え方じゃなくてさ。悪いことをしたヤツは倒して、良いヤツは助けたいだけだよ」


 当然のように言うアル。その言葉に、ティオは柔らかく微笑んだ。


「そういうところが、お人好しなのじゃよ。嫌いじゃないがの」

「嫌わられてないなら何よりだけど、あんまお人好しって言うなって」

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