第14話 冒険者ギルド

「だーかーらー! もっと報酬を良くしてくれって言ってるんだ!」


 クロリスの町にある冒険者ギルド。入り口すぐのエントランスは広々としていて、壁に掛かる掲示板には今日も様々な緊急任務の紙が張り出されている。並べられたテーブルには報酬を受け取ったばかりのパーティが腰掛けて談笑していたり、新たに冒険者になろうという若者がギルドスタッフと共に書類へサインをしている姿も見受けられた。

 そんなエントランスを抜けた先のカウンターで、アルは受付の女性相手に口論になっている。

 いや、口論と呼ぶにはあまりにも空振り、暖簾に腕押し。必死に訴えかけるアルの言葉を意に介せず、受付嬢は澄ました顔で話を聞き流している状況だ。


「そう申されましても。依頼額はクエスト受注前に確認されていたと思いますが」

「それはオピロンの子どもを追い払うって話だったからだろ!? 実際は親みたいなデカいのが出てきたし、エピダの村で暴れてたのを討伐したんだぞ!」

「しかし、依頼は依頼ですので……」


 埒が明かない二人の会話を遠巻きに見る仲間たち。クロリスの町に着いた頃には既に辺りは夕暮れになっていたが、そこからギルドで口論が始まり外はすっかり暗くなっていた。

 子竜を駆除する任務を受けていたアルたちだが、実際は成体のオピロン改めビムと対峙して討伐を果たした。元々は近隣の森に現れるという話だった魔物は実際には村まで侵攻してきており、被害を最小限に抑えるよう尽力した。

 事前に聞いていたものよりも圧倒的に労力のかかる仕事をこなした光明の旅団には、追加報酬を貰う権利がある。そういう訴えをアルは繰り返す。

 一方で、冒険者ギルドの言い分は単純明快。最初に提示した任務分の報酬をそのまま支払う。トラブルについては存ぜぬの一点張りだ。

 繰り返される問答を見て、呆れた様子で欠伸を噛み殺すティオ。


「よう分からんが、長くなりそうじゃな」


 冒険者たちの掟や報酬については自身の与り知らぬところなので、言葉どおり他人事といった雰囲気で状況を眺めている。

 そんな彼女の呑気な言葉に、セレネは重苦しい溜息をついた。


「ティオちゃんも、危機感持った方がいいよ。この交渉が上手くいかないと夕飯は味のない粟粥になるから」

「なんじゃそれは。不味いのか?」

「……思い出させないで」


 ほろりと涙を流すセレネ。「大袈裟な」と目で訴えるティオだが、ふと隣を見るとシアも柔和な笑みの中に確かな失意を滲ませているのが分かった。

 粟粥がどういう料理かは知らないものの、二人の態度を見て現状が芳しくないことを察するティオ。白熱するアルの口舌に一縷の望みをかけるしかない。

 と言うがどう見ても受付嬢との言い争いは進展していないし、なんならアルが劣勢にしか見えなかった。


「冒険者ギルドは人々の平和を守るためにあるんだろ! エピダの村を救ったのは俺たちだぞ!」

「冒険者ギルドは全ての冒険者に平等にあります。一部の人に契約外の報酬をお渡しするわけにはいきません」


 どれだけ訴えようと実際に報酬を支払うのはギルド側だ。相手が了承しない限り金銭は発生しないし、何なら契約に問題があったということで一銭も支払われない危険がある。冒険者の方が立場は下なのだ。

 とはいえこれは死活問題である。エピダの村で昼食を御馳走になったので今日一日は耐え忍べるかもしれない。しかし此処で当初の予定どおりFランク任務の低賃金を報酬として出されると、明日からもっと苦しくなる。ビムとの戦いではアルの盾を砕かれており、装備を整えたりといった出費を考えると完全に赤字だ。

 まさに死に物狂い。懸命に訴えかけるアルだが、やはり受付嬢には響かない。


「頼む! ここで報酬を受け取って、また新たな任務を受ける! これで恨みっ子無しだろ?」

「ですから、予定どおりの額は支払われます」

「ちーがーうって!」


 繰り返される話題。後は根気の強い方が勝つといった状態だ。

 事情を知らない周りの冒険者からは、低ランクのパーティが駄々をこねているように見えているだろう。白い目で見られていては居心地も悪い。

 アルは必死だが、仲間たちには諦めの色が滲み始めていた。

 が、その時。


「ほう? 騒がしいと思えば、アルピニスの旅団か」


 言いながら、ギルドの建物に一人の男が入ってきた。

 短い髪と銀縁の眼鏡が特徴的な長身の男。綺麗に整えられた正装らしい衣服を着ており、その上からは泥濁色の外套を羽織っている。

 革靴の踵をカツカツと鳴らし、存在感を示しながらアルへと近づいていく。その姿を見たシアが声を漏らした。


「と、トリスト様?」

「なんじゃ、偉い人か? 王様?」

「確かにあたし達冒険者にとっては、王様みたいなものかも」


 セレネもその姿に背筋を伸ばした。二人の緊張した面持ちを見て、ティオも少しだけ畏まった表情をしてみる。

 シアがトリストと呼んだ男はまっすぐアルの下へ向かい、隣に並んだ。受付嬢もその姿に深いお辞儀をしている。


「トリスト……様。こんなところで会うとは奇遇ですね」


 アルも形式ばった丁寧語で返すが、トリストは難しい顔をしてアルの目を覗き込んだ。

 切れ長の冷たい視線がアルを射抜く。その目つきだけで相手の息の根を止められそうな威圧感を醸しながらも、アルは臆することなくその目を見つめ返している。


「別に普通にして良い。で? どういう話だ?」


 アルと受付嬢の両方へ目配せして現状の報告を促すと、受付嬢が慌てながら答えた。


「こ、光明の旅団はエピダの村近隣に現れたオピロンの幼体を駆除する任務を受けていたのですが、討伐まで行なったので追加報酬が欲しいと仰っています」

「言葉が足りなすぎるぜ、お姉さん! エピダの村に行ったら、実際はオピロンの成体がいた。それも近隣じゃなくて昼間に村を襲っていた。それで俺たちが討伐したんだ」


 詳細を伝えるアル。受付嬢は少しだけ不満げな表情でアルを一瞥した後、トリストへと判断を仰いだ。

 話を聞いたトリストは表情を変えることなく思案する。顎に手を当て、暫し沈黙の体制をとった。

 ごくりと唾を呑むアル。ここで交渉が成功しなければまずい、トリストの判断は重要な要素になる。


「……アルピニス」

「は、はい!」

「オピロンは夜行性の種だ。貴君らも任務は夜分に実行したはずだが、昼間にオピロンを見たのか?」


 見透かされていると、アルはすぐに思った。

 そう、アルたちは夜行性のオピロンを駆除するために夜の森を探し回っていた。そこに成体オピロンが現れ、善戦むなしく逃げ帰ることになったのだ。

 自分たちが敗走したことを隠すように話したつもりだが、昼間に村を襲っていたというワードにトリストは目ざとく気づいたようだ。


「……前日の夜に俺たちはオピロンと交戦し、一度撤退したんだ。でも、任務で聞いていた幼体じゃなかったんだよ!」


 アルが必死に弁明する。敬語を止めて普通に話すアルの態度に受付嬢が嫌疑の目を向けているが、当人はまったく気にしていない。

 トリストは目つきと同じ冷たい声色できっぱりと言い放つ。


「つまり、貴君らが夜に取り逃がしたため、オピロンが村まで侵攻する隙を与えた。そうだな?」

「そ、それは……!」


 確かに森で駆除や討伐ができていれば、あのオピロンは村で暴れることは無かっただろう。

 だがそれはFランク任務の度を越えている話だ。アルたちの実力では本来討伐なんて不可能に近く、ティオがいなければ結果は違っていただろう。もちろん彼女の素性や能力については伝えられないが、森での遭遇は事故としか言いようがない。

 さらに言い訳を重ねたかったアルだが、その前にトリストはストップをかけた。


「されど、アルピニス。貴君らが襲撃を受けたエピダの村を救ったのは事実。そこも評価には加えてやろう」

「! それじゃあ!」

「彼女の言うとおり、ギルドで追加報酬は出せない。契約による取り決めは遵守すべきだ」


 擁護をしてくれることに期待したアルだったが、トリストの冷静な言葉で振り出しに戻ってしまう。

 評価に加えると言いつつも、それでは結局何も変わらない。とうとうアルも諦めモードでその場に項垂れた。

 そんな様子のアルを見ながら、トリストは冷たい口調の中に何処か柔らかい感情を滲ませつつ言う。


「そこでだ。この場では既定の報酬を受け取るがいい。追加で私個人がいくらか担保してやろう」


 予想外の言葉を聞いて、アルは頭を上げる。

 言うや否や、トリストはギルドの外へ向けて歩き出していた。ついてこい、という意味だとすぐに分かった。


「あ、ありがとうトリスト!」


 アルは急いで受付嬢からクエスト報酬を規定額のまま受け取ると、笑顔になって彼の後を追う。

 話の流れを聞いてポカンとしていたセレネたちも、アルと共にトリストの背中に付き従うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る