第13話 文化の違い

 食事を終えたアルたち一行は、早速隣町であるクロリスへ向けて出発することとなった。

 クロリスはエピダの村からほど近い場所で、道中も基本的に開けた平地だ。危険が及ぶこともない緩やかな道程を進んでいく。

 目的は、クロリスにある冒険者ギルド。ある程度大きな町にはギルドが建てられており、冒険者たちへの仕事の斡旋や任務の完了報告をいつでも受け付けてくれる。アルたちもビム――依頼でいうオピロンの討伐を終えたことを伝えて報酬を貰わなければならない。

 ついでに町にある卸業者へビムの素材を引き渡して換金してもらう。数多くの冒険者がそうして身銭を稼いで生きているのだ。


「そういえば、ティオ」

「なんじゃ?」


 ちゃん付けを止めてくれと言われたアルは、律儀にも彼女をそのまま呼ぶことになった。小さな女の子にしか見えないティオにタメ口で接するのは中々不思議な気持ちだったが、変に気負う必要もないと考えて受け入れている。

 そんな道中で、思い浮かんだ質問をアルは投げかけた。


「俺たちの冒険に付いてくるってことは、当然戦うこともある。ティオ自身は戦闘できるのか?」

「あー……それなんじゃが」


 今後の心づもりとして聞いておくべき案件だったが、アルの問いにティオは困ったような顔をする。

 何かあることを察して、アルは彼女から出る次の言葉を待った。


「家を出た際に、体に制約を受けたようでの」

「制約?」


 ティオは自身の両手をパッと開いてアルの前に向ける。

 なんの変哲もない手のひら。相変わらず真っ白な肌色が美しくもあり、けがれのなさに少し戸惑うほどの柔肌を晒している。が、これといって他に特徴があるわけではない。

 何を見せられているのか分からず、ただ黙って彼女の手を見つめるアル。


「余の指先には、本来鋭い爪が備わっておった」


 言いながら両手をぶんぶんと振るうティオ。少女が駄々をこねているようにしか見えない動きだったが、本来ならばそれで敵を切り裂く力があったということなのだろう。

 さらに彼女は続ける。


「歯も鋭い牙になっておったし、背中に真っ黒な羽も生えていた。尻尾もあったんじゃが」

「ど、どうなったの?」


 セレネがやや怯えた顔で問いかける。羽がもがれたり尻尾が引きちぎられるような想像が頭をよぎったのだろう。

 その表情を見て、ティオはクククッと喉から笑い声を漏らした。


「何、父上が抑え込んだのじゃろう。余が魔物らしくあるべきパーツは、全部封じられてしまった」

「それが制約か」

「角も、ほれ。こんなに小さくなっておる」


 ティオは髪をかき分けて、額より少し上辺りに二つ生えた小さな突起を見せつける。

 ほれ、と言われても元々がどんなサイズの角だったのかをアルたちは知らない。生返事をしつつ、ひとまずティオの状況は把握した。

 つまりは。


「元々は戦闘力もあったけど、今は戦えないってことか」

「そうじゃな。申し訳ないが」


 光明の旅団の戦力増強とはいかないらしい。アルは少しだけ気落ちする。

 が、最初から彼女の力を頼りにしていたわけではない。元々助けた側であるアルたちが少女の力を当てにするなど、冒険者のプライドとして度し難い話だ。ましてやこんな小さな女の子を前線に駆り出すなど……と考えたところで、アルは新たな質問が浮かんでいた。


「あのさ。女の子にこういうこと聞くのはどうかと思うんだけど」

「ん? なんじゃ今更。余の裸体もしっかり見た癖に」

「あ、あれは事故だろ! 頼むから許してくれぇ!」


 宿での出来事を蒸し返され、たじたじと言った様子で嘆くアル。

 ケラケラと愉快な声をあげて、ティオは軽い口調で答える。


「冗談じゃ、もう怒っておらんよ」

「そう言ってもらえると助かる……。で、改めて。ティオって、いくつ?」


 純粋な疑問だったが、セレネとシアの視線がグッと冷たくなる。女性に歳を訊くなんて、ということなのは分かっていたが、それを承知でも聞いておきたかった。

 魔物と人間では歳の取り方も違うだろう。暦をどのように数えているのか、そもそも歳を数えるという概念があるのかも分からなかったが、今後も旅を続けておくならば知っておいた方がいい。

 ティオは眉間に皺を寄せた。


「難しいことを聞くの」

「難しい、ですか?」


 意外なところで困っている様子を見せたので、シアも疑問を持った。

 うーむと頭を悩ませるティオ。


「人の文化は知っておる。日の出から日の入りまでをおおよその一日として、三六五日を一年という一区切りだと数えるのじゃろ?」

「そうだけど、そう言葉にされるとむしろ実感ないわね」


 一日と一年の数え方なんて気にしたこともなかったと、セレネは呆けた顔で話を聞いている。


「ゲーティアは地下の世界。太陽の上下など見えんし数えないからのぉ」

「あー、なるほど」


 言われてみれば確かにその通りだ。太陽の見え方から暦を数えるという文化は、まさに地上にいる人間ならではのものと言える。

 同時に、彼らを地下へ押しやった人間からこんな質問をするのは失礼なのかもしれないとアルは少しだけ気を遣ったが、当のティオはそこに対して何も言わなかった。


「まあ待て。こちらにも時間の数え方はあるし、人間の文化に直す方法も知っておる。今計算してやろう」


 何やら指を折ってぶつぶつと考え始めたティオ。歩きながらなので集中するとよろよろと覚束なくなってしまうが、セレネが隣で見守りながらゆっくりと進んでいく。

 しばらくして、ティオは満足げに結果を出した。


「大体、九二歳と言ったところかの?」

「ひ、一〇〇歳近いのかよ!」


 思わぬ数字が飛び出してきてアルが声をあげる。セレネとシアも驚いた表情でティオを見つめていた。

 あまりにも周りに驚かれたので、計算を間違えたのかとティオは少し訝しげに三人を見回している。

 コホン、と咳払いしてアルは声色を正した。


「あー、ティオさん? いや、ティオ様と呼んだ方がよろしいでしょうか」

「やめろやめろ! アルに敬称で呼ばれるのはむず痒いと先にも伝えたじゃろう!」

「いやだって、まさかそんなに年上とは……」


 畏まった態度を嫌がるティオ。アルも冗談半分ではあったが、やはりその年齢は驚きの一言だった。

 見た目的にはそれこそ一四歳ぐらいが良いところだと思われる彼女。

 しかし、食事中の話でも何千年も前に起きた人と魔物の出来事を今でも生き字引として知っている者がいると言っていた。種族によるのかもしれないが、文字どおり人とは桁違いの時を生きるのだろう。

 ともすれば、九二歳はかなり若い方なのかもしれない。


「むしろ、お主らは何歳なのじゃ?」


 ティオに聞き返され、セレネが答えた。


「あたしとアルは二〇歳。シアちゃんは一つ下で一九歳だよ」

「若っ! 赤子じゃないか!」


 今度は逆にティオが目を見開いて驚いている。

 なるほど、そういう反応になるのかとアルは妙に感心してしまった。


「ゲーティアでは、一〇〇年前の地上侵攻開始より後に産まれた余など本当に子ども扱いしかされん。が、人の子らはそうもいかんようじゃな」

「人間は寿命自体が一〇〇年ほどしかありませんし、今は魔物に蹂躙されて生き延びるのも難しくなりつつありますから」

「む。それは……配慮に欠けたことを言ってしもうたの」

「いえ! そういうつもりではなかったのですが」


 魔物について多少知識のあるシアが寿命について補足してくれたが、互いに文化の違いは如何ともし難い。

 人と魔物は戦争をしているのだ。互いを理解し、つかえのない環境で話すには色々と壁があるのも事実ということだろう。

 そして、そうした相違の中にあってアルはさらに聞くべきことを思い出していた。


「ティオは、俺たちが魔物と戦うことをどう思ってるんだ?」


 ふとティオが足を止める。

 そう。これから一緒に旅をしていくならば、目の前で魔物を狩ることになる。それはティオにとって同族殺しに他ならないのではないかと、アルは引っ掛かっていた。

 彼女は困り顔ながら、凛とした態度で答える。


「確かに、快くはない。だがゲーティアは元々仲間意識が薄いのじゃ。地上人への復讐という根幹があるから手を組んではいるが、互いにより強い種であることを誇示したがる。強い者が弱い者を率いるのが文化なのじゃ」

「うわー。それって、凄いしんどそうな世界ね」


 弱小パーティたる彼らにとってはあまり好ましくない世界だと、セレネがげんなりとした顔で言う。

 その反応に苦笑しながら、ティオは息を吐きだした。


「だから、負けた者は弱かったので仕方ない。勝った方が正義。それが普通じゃから、気負う必要はない」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 彼女の前で敵と戦うことを肯定してもらえたので、アルは少し気が楽になった。

 確かに言われてみれば、今朝の戦いでティオを狙っていた魔物たちも彼女に手を下すことを厭わなかった。敗者になれば用済みという文化があるのだとすれば分かりやすい。

 兎にも角にも、アルたちと同行することに対してティオから否定すべき要素は殆どなさそうだ。障害が一つ杞憂に終わったのは喜ばしいことと言える。

 そうして話しながら歩いてきた一行の先に、小さく建物の影が現れ始めた。


「見えてきたな。あれがクロリスだ」

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