第12話 見定める旅へ

「父上って……俺たちが魔王に挑むのか!?」


 彼女のお願いに動揺を隠せず、アルは思わず叫んだ。

 根本として、冒険者たるもの旅の最も大きな目標は魔王討伐である。ギルドによる依頼をこなしたり、魔物を駆除して戦利品を売ることで身銭を稼ぐという日々の生活はあれど、その先に求めるべきは魔物たちに支配されない恒久なる世界平和。冒険者という職業が存在しているのはそのために他ならない。

 しかし、それはしょせん理想論。

 光明の旅団も、表向きは魔王討伐を目指すチームを名乗っている。だがそこは本音と建前。彼らの現実に伸し掛かるのは――。


「待ってティオちゃん! あの、あのね!」


 セレネも想定していなかった大目標に戸惑い、異議を唱えようとする。

 魔王の下へ向かうという旅の目的は同じだと何一つ疑っていなかったティオは、彼らが口を揃えて焦る様子に小首を傾げて純粋な目で問いかけてきた。


「なんじゃ? お主らも、父上と戦うために旅をしておるのじゃろ?」

「そ、それはそうなんだが……」


 そんなに、ごく当然という感じで確認し直さないでほしい。アルは自身の頭をポリポリと掻き、なんと言うべきか悩む。

 さらにティオは続けた。


「もちろん、お主らと父上を全力で戦わせるつもりはないし、そんなところは見たくない。余はお主らの善性をしかと確認したし、人間は害あるばかりでないと父上を説得するつもりじゃ」


 ここで断られては困ると、彼女も少し必死な様子でアルたちを説き伏せようとしている。

 家出して、命を狙われる危険を冒してまでこの世界を確認しようとした少女だ。父である魔王の行動に疑問があったのも事実であり、可能なら実の子どもとして父の蛮行を止めたいと考えているのだろう。

 だが一人で帰路に着くのは心細い。魔王は何千年にも渡り魔物たちの指揮を執ってきたリーダーであり、ティオの言葉だけでは何を言っても足りないかもしれない。

 しかしアルたちが一緒ならば魔王の考えを改めさせることはできるかもしれない。人間に救われ、手を借りてもう一度父に会う。娘を助けてくれた人間を見て父は心を入れ替えてくれるかもしれない。可能性は低いが、ティオにとっては魔王説得のために必要な最低条件だった。

 熱心な口ぶりのティオからアルたちもそれは痛いほど感じている。感じているが……。

 言い出しづらそうな彼の表情を見て、代わりにシアが口を開いた。


「ティオさん。お恥ずかしいのですが、その。我々は――とても弱いのです」

「うぅ、直球で口にされると中々悲しいぞ」


 げんなりとした顔でシアの言葉を聞き届けるアル。代わりに伝えてくれたことには感謝しなくてはならないが。

 その言葉を受け、ティオはポカンとした様子で三人の顔を見回した。


「ど、どういうことじゃ?」

「言葉どおりだよ」


 無垢な瞳で再度問うてくるティオに観念し、アルは自ら説明の口火を切る。


「俺たち光明の旅団は、冒険者の中でもかなり実力不足のチームだ。魔王に会いに行くなんて大それたことを約束するのは難しい」


 端的に自分たちの現状を説明するアル。どこか諦めにも似た自嘲が哀愁を誘っている。

 本当は勇敢に魔王討伐を掲げたいが、敵は人間よりも遥かに強い魔の勢力。アルたちが半ば諦めつつ冒険しているのと同じように、他の冒険者も魔王へ向けてまっすぐ歩んでいる者はそう多くないのが現実。

 それでも、彼らの勇気に当てられたティオは光明の旅団を必要としている。こちらも懸命に言葉を並べた。


「だから、父上と直接戦う必要はない! 余がなんとしても説得するから、」

「違うんです、ティオさん」


 なんとか彼らを頷かせたいティオの言葉を、シアは優しい口調で遮った。


「私たちでは、ティオさんをお父様の下に連れていくことすら叶わないかもしれません。道中が心配になるほどに、私たちは……」


 そう、魔王と戦う以前の問題として。

 光明の旅団は冒険を進めるだけの実力がない。ティオを魔王の根城へ連れていくという壮大な旅を実行する自信がないのだ。

 意気消沈といった雰囲気の一同を見てティオも流石に黙り込んでしまう。

 しばらく互いに何も発せず、数刻の時間が過ぎた。


「……分かった」


 小さく、ティオが声を漏らす。

 その一言にアルたちは揃って顔を上げ、少女に視線を向けた。


「父上の下までとは言わん。じゃが、しばらく同行はさせてもらえるな?」


 彼女の大目的を達成できそうにないという話だったが、それでも一緒に旅をするつもりらしい。

 アルはその言葉にしっかりと頷いた。


「それは勿論だ。行けるところまでになるが……」


 元々、彼女のことを投げ出したいわけではない。共に旅をする心づもりはとっくにできている。ただ魔王に挑むことに少し竦んでいただけ。

 ならば、とティオは考えていた。


「お主らは、潜在的に持つ力を上手く引き出せておらん」

「? どういうこと?」


 突然言い出した彼女の言葉に、セレネが疑問を投げかける。

 力を上手く使えていない心当たりはあった。セレネは魔力の強大さに対してコントロールが不得手で、シアは治癒魔法こそ一級品だが他のスキルはからっきし。アルは……ただの筋肉馬鹿。

 それでも、急にティオからそこを言及されるとは思っていなかった。


「余の能力は潜在解放。その者の持つ力を最大限まで呼び起こすものじゃ。先の戦いでビムを倒した力は、元々お主らが持っているものということじゃよ」


 三人は驚愕の表情を見せる。そうは言われても、あんな爆発的能力を自分たちが持っているとは思えない。

 疑り深い目でアルが声を漏らした。


「マジ?」


 ティオは力強く首を縦に振る。


「人の子に限らず、あらゆる生き物は潜在能力のすべてを日常で発揮できるわけではない。余の力は、一時期的にその力を極限まで引き出すもの。ビムの時と同じ力はともかくとして、お主らにはまだ成長の余地があるじゃろう」


 ようするに、ビムと戦った時に引き出された力は限界突破の最大値ということらしい。あらゆる生き物は本来そこまでの力を一気に引き出したりはしない。

 それでも、この最弱パーティは今より強くなれる可能性を秘めている。ティオの言葉を聞いて、三人の顔が少し明るくなった。


「じゃから、余に見極めさせてくれ。本当に父上の下に辿り着く実力がないのかを。それが分かるまで共に行動したい」


 彼女は最後にそう言って、彼女は芯の通った瞳でアルを見つめた。

 見極める。それは逆に言うと、アルたちを見限るまで共にいるということ。失望させないように頑張れという約束だ。

 アルは深呼吸。

 といっても答えは出ている。元々解散直前のチームで、先ほども同じ結論を見出したはずだ。彼女を拒む理由はない。


「ああ分かった。よろしく頼む、ティオちゃん」


 そうして手を差し伸べるアル。握手の文化が魔物にあるのかは分からなかったが、ティオは特に困惑する素振りもなくその手をとった。

 ようやく仲間として彼女を迎え入れる決断が成され、お互いに決意を固めることができた。

 そして、ティオは早速仲間として明け透けな意見を繰り出す。


「じゃあまず。ちゃん付けは、なんか気持ち悪いのでやめてくれ」

「き、気持ち悪い?」


 辛辣な言葉に、アルは顔を引きつらせた。

 フフッ、と小さくシアが笑い声を漏らしたのが聞こえてくる。


「セレネは別に構わんのじゃが、何故かアルピニスから呼ばれると背中がむずむずするのじゃ」

「あたしは許された! 良かったあ」


 具体性のない非難にアルはがっくり肩を落とし、隣で喜ぶセレネに恨めしい視線を向ける。

 しかしそう言われたなら仕方ない。代わりに、とアルも提案する。


「それじゃ、俺のこともアルでいいぞ。アルピニスって略さず呼ぶやつは殆どいないし」

「私もシアリーズよりはシアの方が馴染みがあります。どうですか、ティオさん?」


 元々呼びやすい名前であるセレネと違い、二人はチーム内でも愛称で呼ばれている者たちだ。他の冒険者やギルドの関係者からも略されがちで、しっかり名前を呼ばれる機会は少ない。

 ふむ、とティオはその提案に同意した。


「構わん。改めてよろしく頼むぞ。アル、セレネ、シア」


 そう言って、にこりと微笑むティオ。

 こうして光明の旅団はティオの同行を認め、彼女が実力を見定めるまでの間共に歩んでいくこととなった。

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