第11話 魔の歴史

 届いた料理を次々と口に放り込んでいくティオ。人間の料理に詳しくないのか、都度料理名や食材についてセレネやシアに質問したり、味の一つ一つに驚く様子を眺めることができた。

 そうしてペロりと注文を完食し、今は満面の笑みでお腹をさすっている。


「ふぅー、食べた食べた。人間の食事というのは思っていたより素晴らしいのぉ!」

「ま、満足してくれたようで何より……」


 その小さな体のどこに入るのかという量を食べ終えたティオを見て、アルは若干引きつった顔で返事をした。彼女を助けて一緒に旅をする決意をした直後だが、これからの食費を思うと胃が痛い。

 さて、とティオが仕切り直しの言葉を告げる。順番に三人の顔を見て、注目されていることを確認した。


「まず。我らゲーティア――お主らが言うところの魔物が、どのような歴史を歩んできたかを話していこう」

「ゲーティア……」


 ビムも言っていた単語だ。どうやら魔物たちの総称らしい。

 しかし歴史を知るべきとはどういうことだろう。アルたちが学んだ限りでは、魔物たちは今から一世紀ほど前に突如として地上に現れた存在だ。暴虐の限りを尽くして世界を混乱に陥れる憎むべき悪だと認識している。

 彼らが地上に現れた理由も目的も、アルは知らない。先ほどの戦いに至るまで魔物たちが人語を解することすら知らなかったので、魔物の口から語られる歴史を聞いた人など一人もいないだろう。

 ティオは刻々と語り始める。


「遥かな昔。この星は地上人とゲーティアが共に棲む平和な世界だった。知恵を持つ地上人と、力を持つゲーティアは互いに得手不得手を理解し、補い合うことで歴史を築いてきたのだ」

「ま、待って」


 話し始めから知らないことばかり。戸惑ったセレネが思わず問いかける。


「じゃあ人間と魔物は、昔は仲が良かったってこと?」

「そうじゃな。人の暦で言えば何千年と前の話になるが……」


 人と魔物の共生する時代。確かにアルたちの知らない歴史を聞かされている。

 ティオの話す内容にどの程度信憑性があるのかは分からない。魔物たちの間で都合の良い改ざんが成されているかもしれないし、単に間違った認識が広まっている可能性もある。

 だが、まったく未知の歴史を聞かされているのは新鮮な気持ちだった。アルは黙って耳を傾ける。


「だがある時、人の子らはゲーティアが恐ろしくなった。我らが本気で力を行使すれば人の子らでは対抗することなど出来ん。自分たちとは違う種族に対する潜在的恐怖を感じたのじゃな」


 言いながらティオは手を握ったり開いたりと動かした。彼女の手から放たれる魔法が絶大な効果を持つことを、アルたちはもう知っている。


「そこで人の子らはその時代の技術力を結集して、我らをのじゃ」

「……封じた、というのは?」


 次に問いかけたのはシアだ。彼女は普段から専門書を読み漁っており、アルたちより魔物に関する造詣は深い。それでもティオから聞かされる話は初耳なことばかりなのだろう。興味津々と言った感じで真剣に見つめている。

 質問を受けたティオは、なるべく感情を抑えるように淡々と答えた。


「ゲーティアを、まとめて地中深くに埋めてしまった」


 ごくりと生唾を呑む音が聞こえる。それが三人のうち誰のものだったのかは分からないが、もしかすると全員が同時に怖気づいたのかもしれない。

 埋めた。生き埋め、ということだろうか? 昨日まで一緒に暮らしていた種族を、己が恐怖心から一方的に?


「いや、埋めたという表現は適切ではないかもしれんな。地底深くへ通じる大穴を開いて、ゲーティアを押し込めて蓋をしたのじゃ」

「同じことだろ。酷い話だ……」


 アルは過去の人間がしたことに小さな憤りを感じて、拳を固く握りしめた。

 打ち震える様子の彼を見て、ティオがくすりと笑う。


「何故人の子らが憤慨しておるのじゃ。我らはこうして生きておるし、今を生きるお主らのせいではないじゃろうに」

「だけど!」

「まったく本当に。とんだお人好しじゃの」


 ティオ本人にも人への怒りがあるように見えたが、周りがヒートアップしたことで逆に落ち着いてしまったらしい。アルたちをなだめるように優しい口調で話している。

 それを聞いてアルたちも少しだけ気を緩めた。当人でない歴史の話である以上、誰に感情をぶつけるでもない。落ち着いて続きを聞くのが先決だろう。

 セレネやシアも神妙な面持ちで口を閉じている。様子を伺ってから、ティオは続けた。


「おそらく人の子らは、それでゲーティアを全滅させたと考えたのじゃろう。だが我らは意外と生命力が強くての。地底に国を築いて生き延びた」

「そうか! それでビムは、俺たちを地上人って呼んでたんだ」


 地下に幽閉された魔物たちは、地上への回帰を夢見て苛立ちを募らせた。そこで生まれた蔑称が地上人なのだとアルは理解する。

 そして、今聞かされた話が本当なら魔物たちが人間へ恨みを抱いているのも当然だと感じられた。地底の世界がどんなものかは分からないが、地上と同じように生きられるとは思わない。不便な世界で何千年という時を過ごして、今地上に出ることができたのならば。

 アルは、ゲーティアに吹き溜まる感情を代弁した。


「復讐したいと思っているのも、分かる」


 ボソりと発したその言葉に、ティオは強く頷く。


「魔物の寿命は長い。何なら当時のことを憶えている者もおるぞ。長い時を鬱憤と共に過ごしたのじゃ」


 三人は返す言葉もなく沈黙した。

 冒険者は今魔物を狩って暮らしている。害あるものを駆除して金銭を稼ぐのはおかしな話ではないが、魔物側の事情が見えてくると少し気持ちが変わってくる。

 アルたちは故郷の村を焼かれ、それに対して憎しみを抱いていた。だが魔物たちも元を辿れば同じ感情で戦っているのかもしれない。

 複雑な想いで黙り込む一同を見て、ティオはふうと息を吐き出す。


「じゃがな。余は少し疑問だった」

「えっ?」


 セレネが驚いて顔を上げる。アルとシアもティオの方をじっと見ていた。


「余はゲーティアが地底で暮らすようになってから生まれた。歴史として地上人憎しと教育されてはいたが、この目で悪行を見たわけではない」


 その表情は穏やかで、確かに人間への恨みを抱く雰囲気ではなかった。

 もちろん、そうして学んできた以上ティオも人のことを好いているわけではない。しかし教育だけで判断するほど思慮が浅いわけでもないようだ。


「それに、父上は敢えて地上侵攻を扇動するような物言いを繰り返しているように見えた。余はそれが不思議で、少し怖かったのじゃ」


 魔王オルク・アイルトーン・ハーデスは、おそらく魔物たちのリーダーとなる存在だろう。そんな彼の指揮の下で多くのゲーティアの軍勢は地上を制圧しようと躍起になっている。

 そんな現状を、ティオは憂いていたようだ。


「だから、この目で地上を見てみたくなった。父上の言葉を疑うのは国に対する反逆だと分かっていたが、余は自分の見たものしか信じられなかった」

「それが、家出か?」


 以前聞いた話から点と点が繋がり、アルが問う。

 ティオは首を縦に振り、ゆっくりと微笑んだ。


「そして、地上に出てみると。お主らのようなお人好しの者たちにも早速出会えた。人間すべてが悪じゃないと余は感じたのじゃ」


 彼女からは何度もお人好しと言われている気がするが、今度は悪い気がしなかった。

 たしかに魔王の子を名乗る少女を無償で助け、格上の魔王軍相手に無謀な奮闘を見せ、今後も一緒に旅を続けようとする様はお人好しに他ならない。

 だがそのおかげで、魔王に与するはずの少女の気持ちを少しだけ変えられたのなら、これも怪我の功名というやつだろう。

 そして彼女は席から立ち上がり、アルへ深々と頭を下げた。


「お願いじゃアルピニス。余がゲーティアに人との共存を説く。そのために、余を父上の下まで送り届けてほしい」

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