第10話 祝勝会
激闘を終えたアルたちは、なけなしのお金を握りしめ祝勝会を兼ねた食事を摂ることにした。まだギルドに報告はしていないものの、ビムを倒したことで依頼報酬は確約されたも同然。ビムの鱗など貴重な素材も回収したので、これらを武器屋などに卸せば追加の金銭も発生する。冒険者の基本となる稼ぎ方だ。
ビムはかなり強大な魔物ということもあり、ギルドから追加報酬も期待できる。素材も貴重で高価なことは間違いない。ようやく貧乏生活からおさらばできそうで、光明の旅団一同はホッと胸を撫で下ろす。
さらに、立ち寄った飲食店が食事をサービスしてくれた。村を守ったことを感謝された結果だが、経験のないことだったためアルたちにとってはまったくの誤算だ。
「たーんと食べてくれ! 冒険者たち!」
恰幅の良い店主のおじさんが満面の笑みで料理を提供してくれる。セレネが涎を垂らして喜んでいた。
「ありがとうございます、おじさん!」
「いいってことよ! アンタたちは村を救った英雄だ!」
店主もアルたちも満面の笑みとなり、運ばれてくる料理を心行くまで楽しむ。
昨晩をお粥で凌いだ彼らにとっては信じられないほど豪勢な食事で、食べるたびに美味しい美味しいと漏らしていた。店主もその度に機嫌が良くなりどんどんと追加メニューが増えていく。
こうしてお腹いっぱいまで昼食を楽しんだ一同はそれぞれひと息ついた。
ふと全員の視線が未だに目を覚まさないティオに集中する。四人掛けの席、アルの隣で寝息を立てている少女。命に別状は無さそうだが、元々弱っていた体で無理をさせたので心配も一入である。
「ティオさん、目を覚ましませんね」
不安げな表情でシアが呟く。
敵のビムに勝てたのは彼女から発せられた謎の力あってのこと。実力では到底敵わない相手を討ち倒せたのは偶然の出逢いによる奇跡と言ってもいい。
デザートのアイスクリームを口に含みながら、セレネが呑気そうに話す。
「勝てたのは良かったけどねー」
「食いながら喋るな」
行儀の悪いセレネに注意しつつ、アルは考えていた。
敵の魔物たちが言っていたことや、発動した不思議な力。ここまで信じ切れていなかったが、ティオは本当に魔王の娘だと考えるのが妥当だろう。これだけ状況が物語っているのだから今更疑う必要もない。
だからこそ今後については慎重に考えるべきだ。
彼女が家出した理由。そして魔王軍が追ってきて彼女を殺そうとした理由。
ティオの口からもう少し詳しい話を聞かないことには、分からないことだらけ。
それに。
「これからどうしますか? 魔王の実子と長く行動を共にするのは、その……」
シアもまだ困惑している様子で、アルに判断を仰ぐ。
問われたアルは顎に手を当て思慮のポーズを取った。
助けてもらったことには感謝しかない。彼女の力が無ければ、アルたちもろとも村は焼かれ全滅していただろう。
しかし光明の旅団は弱小でも冒険者パーティの端くれ。彼女本人に恨みは無いが、魔王はいつか討伐すべき悪であり、それに関する者も敵であることに相違ない。
そこの感情を整理できたとしても、ティオと旅を続けるということは彼女を狙う敵と再び相見える可能性が高い。あの力があれば負けることは無いように思えるが、それでも危険は出来得る限り避けるべきだ。
さらに、彼女の素性がどこかで他の冒険者たちにバレる恐れもある。魔王の子どもを匿っていたとなればアルたちの立場も危うい。
「リスクが大きいのは、間違いないな」
さまざまな可能性を考慮し、アルは頭を悩ませる。
それでも、行き倒れていた彼女を助けた責任は取りたい。
人助けは冒険者として、いやお人好しらしいアルの気持ちとして当然の行いだ。それは他の二人も同じだろう。
ぐるぐると頭を悩ませていると、セレネがけろっとした顔で言った。
「いいんじゃない? ティオちゃんと一緒に旅をしても」
「え? いや、一番怒ってたのはセレネだろ」
彼女の言葉にアルは驚く。
昨夜言い争いになったのは他でもないセレネであり、アルとセレネは故郷を滅ぼされ魔物への恨みを募らせた者同士だ。アル自身はある程度割り切っているつもりだったが、セレネからその言葉が出るとは思っていなかった。
セレネはニコッと微笑む。
「ティオちゃんに助けられて感謝しているのは本当だし、何か事情がありそうだもん。もちろん話を聞いてから判断すべきだけど、あたしはいいよ」
「セレネがそう言ってくれるなら、考えるのも少し楽になるけど」
「それにさ」
アルの言葉に被せるように、セレネは続ける。
「ティオちゃんと別れて旅を続けるにしても、正直あたしたちは弱い。このまま弱い魔物を選んでチマチマ戦って暮らすぐらいなら、あの凄い力に頼ってもいいのかなって」
「……弱い弱いって、虚しくないか?」
「それはそう」
彼女の言葉は正しい。光明の旅団はFランクの弱小パーティで、どれだけ魔物を恨んでいようが実力が無い以上旅には危険が付き纏う。それならばティオの能力に頼るのも一つの手だ。
彼らが三人パーティになってから一年近く。成果を上げられていないのが何より代えがたい事実。
そんなセレネの言葉に、シアも頷いた。
「悲しいですけどセレネさんの言うとおりです。今の私たちは実力不足で、このままでは満足に旅もできません。解散の可能性もありましたし」
「解散はぜっっったい嫌だけどね!」
「分かった分かった!」
二人の話を聞いて、アルはたじたじになりながらも同意する。
結局、どちらにしても敵に追われるティオを見捨てる判断は彼らにはできない。であれば、前向きに四人で旅を続ける道を模索する方が賢明と言える。
セレネとシアの前向きな姿勢に感謝しつつ、アルは結論を出した。
「ティオちゃんと旅を続けるのは同意だ。けど彼女の意思もあるし、家出の理由とか知りたいことも色々ある。話を聞いて今後を決めよう」
「……心得た」
「うぇっ!?」
突然ティオが声をあげ、アルは驚きの声をあげる。
見ると、ゆっくりと目を開いたティオが三人の顔を見回している。無事目を覚ましたようでアルたちはホッと胸を撫で下ろした。
「おはようティオちゃん」
「うむ。どうやら無事アモンたちを退けることができたようじゃな」
「ああ。と言っても、倒したのはビムとかっていう竜のやつだけだ」
状況を把握したティオはこくりと頷く。
「充分じゃ。余の力も不完全で、上手くいくかは賭けじゃったからな」
「そんなギリギリだったのか、俺たち」
淡々と説明するティオの言葉に肝が冷えるアルたち。
彼女が何らかの力で三人の能力を増幅してくれたおかげで勝利を収めることができたが、それが上手くいかなかったならと思うとゾッとする。
何はともあれ成功したのだから今は深く考える必要はないかもしれないが。
「で、余の話じゃったか」
「ああ。どこから聞いてたんだ?」
「意識が戻ったのはついさっきじゃ。余の力に頼って旅をするのも良いとかなんとか」
言いながら、ティオは自分の体を動かす。手を握って開いて、後遺症が無いかを確認しているようだった。
それだけあの不思議な増幅魔法には危険が伴うのかもしれない。改めて危ない状況だったことを実感させられる。
「昨晩に続き、二度も助けられた。余も包み隠さず話すとしよう」
「ありがとうございます、ティオさん」
シアがお礼を言うとティオは少しはにかんだ。あまりに素直な感謝を受けて、こそばゆくなったらしい。
軽く咳払いをしてアルをチラりと見るティオ。
「さて、その前にじゃが」
「ん、なんだ? 俺たちは話を聞く準備万端だぞ」
彼女が何を言い出すのかと構えるアル。他の二人も少しだけ心配そうにティオの言葉を待つ。
三人に注目され、ティオは少しだけ縮こまって小さく答えた。
「あの……余もお腹が空いたので先に食事でもいいか?」
「あ。も、もちろん!」
そういえば、食事に関しては彼女が一番危険な状態だった。
セレネが言いながらすぐさま店主を呼び、追加注文を取り始める。
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