第9話 戦う意味

 一方で、喜ぶアルたちとは対照的に魔物たちは疲弊と怒りで身震いしていた。

 人間への憎しみがこもった鋭い眼光で三人を、そしてそれに組するティオも睨みつけている。


「下等なる地上人どもが、調子に乗りやがって! 姫諸共、灰と化してくれる!」


 竜の魔物、ビムが激昂する。

 そのタイミングで、彼の周りにまだ幼いと思われる小さな竜が二体飛び出してきた。アルたちがギルドのクエストで森から追い返すつもりだったオピロンの幼体だ。

 ビムを含めた三体の竜が体を震わせ、それに呼応するように大地も静かに軋む。


「何をする気だ……?」


 アルたちが見守る中、ビムが雄叫びをあげた。

 すると、幼体二体がビムの体に張り付いて溶けるように吸収され始めた。ビムの体が鈍く光り、喉を鳴らしながら威圧する。

 任務のオピロンはビムの子どもだと考えていたため、それを吸い込んでいく様子にセレネは恐怖した。


「な、何!? 子どもを摂り込んでるの!?」

「見てください、アルさん! セレネさん! ビムの首が……!」


 シアが目を見開いて指を差す。

 見るとビムは二体の竜と一体化して先ほどまでよりも肥大化し、さらに首元から別の顔が二つ伸びてきていた。漆黒の体を持つ三つ首の竜がその場に爆誕する。


「アモン、アルフス。お前たちは手出し無用だ。昨日取り逃がした分、俺がこの下等生物どもを一匹残らず駆除してやる!」


 自信満々に宣言するビム。

 隣で聞いていたアモンとアルフスはその言葉に頷く。


「では、我々は先に王の下へ帰還する。ここは任せよう」

「しくじるんじゃないわよ、フフフ……」


 狼と鳥の魔物がその場から飛び去っていった。残されたのはアルたちにとって本来の目的とも言える竜オピロン、改めビムのみ。

 しかし、依頼どおり追い返して終わりとは言えないだろう。敵は完全に臨戦態勢で話し合いの余地もない。怒りのままに構える相手を討伐することでしか任務達成は叶わない。

 通常ならば不可能に等しいミッションだが、今のアルたちには超常の加護が備わっていた。ビムも強大な姿に変化したが、何故か負ける気は一切しない。


「やれるな、セレネ! シア!」

「当然! アルこそ、怖気づかないでよ?」

「言っとけ!」

「行きましょう。村の被害を抑えるためにも」


 三人はそれぞれに武器を握り直し、気持ちを整える。

 それを見たビムが雄々しく叫び、こちらに向かって飛び掛かってくる。最初にアルの方を狙ってきた。


「くたばれ! 地上人ども!」


 肥大化に合わせてより鋭く変化した前脚の爪を大きく振るう。アルは盾を構えてその攻撃を受け流した。

 ガキンッと衝撃音が響く。腕のダメージは力の増幅によってほとんど感じなくなっていたが、問題は盾そのものだ。


「ちょっ!? ヒビ入ったんだが!?」


 力任せに襲い来る敵の斬撃を受けて、アルの持つ鉄製の丸盾が歪む。中心に亀裂が入り、今にも砕けそうな状態へと姿を変えた。

 どうやら、ティオの魔法によって肉体の力は増幅しているが、その加護は武具に反映されていないようだ。元々甲斐性無しのチームが揃えている今の装備では激しい戦いについていけないかもしれない。

 思わぬ誤算。アルは焦りつつもなんとか敵の懐に飛び込んだ。

 剣を振るいながら、強く念を込める。剣先が青く光り、高温の炎を纏ってビムの体に直撃。


「喰らえ! 炎のスーパーソード!」

「いや技名ダッサ!」


 アルがその場の思い付きで技名を叫びながらビムを弾き飛ばした。

 そのあまりに安直な名前にツッコミを入れつつ、セレネも術を思い描く。先ほどと同じように稲妻が真っ直ぐ放たれるイメージを頭の中に作り、詠唱。


「月の恩恵よ、飛べ! ルナティックインパクト!」


 雷がビムを確実に捉え、瞬時に爆発。文字どおり光の速さで着弾するのをビムは避けられない。

 体から黒煙をあげつつ、ビムの首が一つセレネを睨んだ。口元にエネルギーを溜め込み、そのまま黒いレーザーが発射される。


「あんな技もあるのかよ、セレネ!」

「私がカバーします!」


 辺りの空気を切り裂く放射の一撃がセレネに向かうが、セレネに襲い掛かる前にシアが詠唱。


「主に祈ります。勇気ある者を護る祈りの壁を授けたまえ――反射の鏡!」


 シアのスティックから光が舞うと、そのままセレネを包み込む。

 彼女を覆うドーム状の膜が形成され、ビムのレーザー攻撃がその膜に直撃した。

 だが着弾の爆発は起きない。代わりに光がレーザーを吸収し、数瞬の後に光の壁からビムに向けて攻撃が返される。

 黒いレーザー光がビムにぶつかり、そのまま相手の大きな翼を焼き千切った。


「ガアァァァア!?」


 絶叫と共にその場に崩れ落ちるビム。

 動きを止めたその隙に、アルが斬りかかる。


「村を襲った報いを受けろ!」


 剣から溢れる青い炎がさらに強く、大きく伸び、ビムを真正面から斬り裂いた。

 轟々と燃え盛る炎に呑まれてビムは三つ首を暴れされて悶える。

 アルたちが超常の力で対抗しているにも関わらず、まだ生きているとは。そう考えると通常時に敵わないことも改めて納得させられる。

 だが、流石に抵抗する力は殆ど残っていないようだ。ビムは未だに睨みを利かせてアルを見ているが、動き出す様子はない。

 そんな姿を見下ろしながら、アルは静かに問う。


「教えてくれ。なんで人の村を襲うんだ?」


 ここまでの話を聞く限りだと、三体の魔物はティオを見つけて殺すために動いていたと思われる。目的は口封じか、ティオの強力な加護が他の者の手に渡るのを阻止するためかもしれない。

 だが、それはエピダの村を襲ったこととは関係ない。ティオがこの村にいる確証などなかったはずで、彼女を炙り出すためとは考えづらい。

 だからアルは真実が知りたかった。

 しかしビムは冷たく吐き捨てる。


「地上人は殲滅する。理由などいらん」

「……ッ!」


 アルは自分たちの村を襲った魔物のことを思い返す。

 幼く何の対抗手段も持たないアルとセレネは二人だけで避難し、結果として家族を含めた他の村人全員を失った。たった二人になった彼らは必死に生きて、やがて魔物による被害を憂い冒険者になったのだ。適性がないことなんて関係なかった。

 どこかで、魔物たちにも矜持があるのではないかと思っていた。ティオや、今日出会った魔物たちが言語を解する理性をしっかり持っていることを見て、アルは可能性を少しだけ信じたいと感じた。

 しかし、ビムの答えは納得できるものではない。アルは歯噛みする。


「じゃあ、お前らは! 理由もなく人に危害を加えるのか!?」


 無駄なのに、さらに問いを重ねてしまう。

 ビムは喉を鳴らして愉しそうに答える。


「俺たちゲーティアを追い出した地上人が、被害者面をするのか?」

「えっ……?」


 知らない話が出てきて、アルは言葉を止めた。

 ゲーティア、というのは魔物たちの総称なのだろうか。彼らを追い出した? 人間が?

 さらなる追求をしたい気持ちが生まれトドメを刺すか迷うアル。

 しかし、セレネが叫んだ。


「アル、避けて!」


 考え込むアルに向けて、ビムは首の一つを素早く動かし噛みつこうと襲い掛かってきた。

 セレネの声で引き戻されたアルはそれを咄嗟に盾で防ぐ。盾のヒビはさらに広がり、もはや使い物にならない状態となった。

 最後の力だったのか、ビムは攻撃が外れてぐったりと首を横たえた。


「分かんねぇ……クソ!」


 魔物と話し合いをする。そんな夢物語を一度振り払い、アルは剣を構えた。

 抵抗する力もなさそうなビムに向けて、静かに振り下ろす。一閃されたビムは息絶え、アルたちは勝利を飾った。

 こうして謎の少女ティオを狙う魔物たちを退けることができたアルたち。ティオに与えられていた力がスッと抜けていくと、体が重く感じられて三人ともぐったりとその場にへたり込む。

 まだまだ分からないことだらけだが、ひとまずギルドから受けた依頼も無事達成ということになるだろう。これからのことを決めなければいけないなと、アルは頭の片隅で考えていた。

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