第8話 王の刻印

 静観していた二体の魔物も、狼型の怪物が攻撃を受けたことで戦闘態勢に移った。三体がそれぞれにアルたち光明の旅団を、そしてティオを睨みつけている。

 ティオは必死に説得の言葉を投げかけた。


「待て! アモン、アルフス、ビム! お主らの狙いは余であったはずじゃろう!」


 三体の名前らしきものを叫ぶティオ。そこにオピロンの名はないが、元々人間が呼称するために付けた名前でしかないので、正式名称は彼女が挙げた三つのどれかなのだろう。

 狼がニタりと笑む。


「久々に姫から名を呼ばれ、このアモン恐悦至極でございます。これが最期になるのは残念ですね」


 口にしつつも残念だとは微塵も思っていない落ち着きようで、狼――アモンが告げると、そのまま突撃を仕掛けてきた。

 グワッと風を切る音と共に迫り、その鋭い爪を振るって空間を切り裂く。狙いはティオ。

 アルが即座に間へ入り盾で弾く。重い攻撃に腕の感覚が一瞬鈍り、遅れて鈍痛が支配していく。


「ぐぅッ……!」

「や、やめろアルピニス! 逃げろと言っておるじゃろ!」

「こんなところで逃げるなら、最初から助けてねえっての!」


 アルは悪態をつきながらなんとか正気を保つ。

 彼の隣にシアが駆け寄り、回復魔法を唱えて腕の痛みを修復。応急処置でしかないが、強大な敵に立ち向かうならばアルにとって必須の助力だ。


「主に祈ります。生ある者に祝福を授けたまえ――治癒の加護!」

「助かる、シア!」


 アルはじわじわと痛む左腕を意識しないよう切り替えながら、右腕の剣を構える。敵のアモンが次の手を撃つ前に懐に飛び込んで斬りかかろうという算段だ。

 だが、隙が見つからない。アモンの隣で巨大な尾を広げて構えていた鳥の怪物が、その尾羽を刃にして放ち援護してきたのだ。


「感謝します、アルフス!」

「姫を殺して、アタシたちもさっさと帰りましょうよ」


 呑気な口調で鳥――アルフスが言う。本体は一切動かず、尻尾から無数に放たれる羽の弾丸が猛威となって一同を襲い続けていた。

 剣と振るい、盾でガードしながら降り注ぐ尾羽を弾いていくアル。


「マズいな、これは……!」


 隣で治癒をし続けるシアと、背中側に隠れさせているティオの二人をカバーしながら相手の攻撃を退ける。曲芸紛いの奮戦は非力なアルに続けられるものではない。

 やがて、防御をすり抜けるように刃が一枚、また一枚とアルの体を切り裂いていった。


「ッ……! このままじゃ、抑えきれない!」


 左足や右脇腹など、防ぎきれなかった体の節々から傷口が広がり、血が流れ始めているのが分かる。このままでは数分とかからずズタズタになってしまうだろう。

 シアも治癒魔法の出力をあげて目一杯傷口の痛みを和らげているが、焼け石に水といった状況だ。


「アル! シアちゃん!」


 少し離れた場所でセレネが二人を呼ぶ。

 彼女は彼女で、残ったオピロン――ビムと対峙しておりその場から動けない。

 昨日は雄叫びをあげるばかりで言葉を発していなかった竜が、今日は流暢にセレネへと怒りの言葉を吐き出す。


「昨晩はちょこまかとナメた真似をしてくれたな、人間!」

「あんたたちが村近くの森まで出てきたからでしょ! 大人しく帰ってくれれば戦わなくて済むのに!」


 悪態をつきながらセレネは杖を構える。放ったところで魔法を直撃させる保証はないが、虚勢だけでも張っておかないと敵の威圧感に圧し潰されそうだった。

 セレネの言葉にビムはさらに怒り狂う。


「人間が領土を主張する気か!? どこまでもふざけた寄生生物どもめ!」

「もう、どうにでもなれ! ライジングブレイク!」


 敵が荒れ狂うままに牙を剥き出しにしたので、セレネも咄嗟に魔法を放つ。

 稲妻の魔法は明後日の方向へと放射され、ビムを掠りもしないまま天へと消えていった。昨晩は暗がりで光を浴びせたことで敵の夜目を眩ませることができたが、太陽の登る朝の時間ではそうもいかない。

 ビムは怯むことなくセレネへとその首を動かし、噛み千切ろうとしてくる。

 なんとか攻撃を避けながらセレネは逃げ回った。どう考えても長くはもたない動きで右往左往と走り回る。


「まずいよアル! このままじゃ!」

「分かってる! 分かってるが……!」


 実力が足りなさすぎる。

 今のところ、相手への有効打となったのは偶然直撃したセレネの魔法一度だけ。その後は攻められる一方で、アルは複数の傷を受けて既に苦しい状態だ。そんな彼の盾に守られてシアはまだダメージを負ってないが、アルが倒れれば一瞬で崩壊する。

 セレネも当たらない魔法で魔力だけを消耗し、さらには逃げ惑うことで物理的な体力も擦り減らしている。迫るビムの猛攻を避けきれなくなるのも時間の問題だ。


「クッソ! 俺たちは、女の子一人守ることができないってのか!」


 吐き捨てるように言うアル。

 三人全員の表情が曇り、半ば諦めの色が滲み始めていた。

 そこへ。


「……お主らが逃げずに立ち向かってくれるのは、よく分かった」


 アルの後ろに立ち尽くしていたティオが、ふと口を開く。

 突然の冷静な呼びかけにアルは驚いた。振り返る余裕はないが、彼女のあまりに落ち着いた声色に少しだけ呼び戻された気持ちになる。


「ティ、ティオちゃん?」


 少女に向けてアルが問いかけると、ティオはゆっくりと深呼吸をした。


「食事もロクに摂っておらんので、余の体力が残っているか分からんが……やってみよう」

「やってみるって、何を――」


 彼女が何かを決心したのだけは分かる。アルはそれが何か聞き返そうとしたが、次の瞬間。

 アルの背中にティオが触れた。小さく何かを呟くような声が聞こえる。

 そして、アルの心臓がドクンッと跳ねた。何か得体の知れない大きな力が流れ込んできて鳥肌が立つ。少し怖いとさえ感じた。


「な、なんだこれ」


 アルの体に魔力が溢れてくる。

 元々魔法やスキルの類を一切使えないアルにとっては未知の力。それが全身に行き渡り爆発的に増幅していくのが分かった。

 体から薄っすらと光のベールのようなものが放たれている。アルは自身の左手を何度か握って開いて、その違和感を受け止めようとした。


「ティオちゃん? これは?」

「いいから、戦ってみてくれ」

「りょ、了解……!」


 有無を言わせぬティオの迫力に思わず頷くと、アルは剣を構えて敵の懐へと走り出した。

 まずその脚力にアル自身が驚く。

 いつもの何倍もの素早さで敵へ飛び込む。自分で制御できるギリギリのスピードに目を見開いたが、呆けている場合ではない。そのまま剣を大きく振るって、アルフスの尻尾を斬り刻んだ。


「グワァッ!?」


 不意を突かれたアルフスが断末魔をあげた。散った羽が空気中を舞い踊る。

 アルはアルフスを攻撃して駆け抜けた後、振り向きざまにもう一閃。今度は隣にいたアモン目掛けて剣を振るうと、距離感を無視して斬撃が蒼い軌跡を描いて飛んだ。

 警戒する間もなくアモンに刃がぶつかり、真正面から攻撃を受けたアモンの体から紫の血液が噴き出す。


「ガッ!? 馬鹿な!」


 よろめき、その場に倒れる二体の魔物。アルは自分がしたことを理解できず呆然とそれを見つめている。


「嘘だろ、こんな力って……」


 次にティオは、同じく近くにいたシアに手を当ててまたボソりと呪文のようなものを呟いた。

 シアの体が光をオーラを纏って輝き出して、溢れる魔力に驚く。


「ま、待ってくださいティオさん! とてつもない力が流れてきます……!?」

「大丈夫じゃ。やれ」


 シアは自身のステッキを構えると、零れそうなほどに体へ溜め込まれた魔力を一気に解放する。


「主に祈ります。勇気ある者に祝福を、悪しき者に天罰を与えたまえ――光の雨!」


 彼女が唱えると、魔力の雨が空より降り注いだ。

 その一粒一粒がぶつかるたびに、アモンたち敵の魔物たちからジュッと焼け焦げるような音と雄叫びがあがる。

 そして同じ光がアルたちにも注がれる。だがこちらは治癒魔法と同じようにアルたちの体に力を取り戻させていった。

 攻撃と回復。二つの効果が同時に場を支配している。


「す、すごい……です!」


 自分が放った魔法の力に驚愕し、同時に嬉々とした表情で様子を見るシア。

 光の雨に晒されたことで竜のビムも痛みに悶え、隙ができた間にセレネがシアの下へと駆け寄る。


「やったねシアちゃん! そんな魔法を覚えてたなんて!」

「い、いえ。これは突然撃てるようになって……」

「そうなの!?」


 困惑しつつ力を振るうシアと、そんな彼女に驚くセレネ。

 ティオは近づいてきたセレネにも手をかざし、他の二人と同じように呪文で力を付与する。

 セレネもまた、その行為によって魔力の流れを感じ取った。突然桁外れに力が増幅していくのが分かり震える。


「こ、これ。ティオちゃんがやってるの?」

「そうじゃ。今はこれで、乗り切って……くれ……」


 言いながら、ティオは脱力しぐらりとその場に倒れ込んだ。

 地面にぶつかる前にシアが急いでその体を支える。どんな力を使ったかは不明だが、アルたち三人に対する行為には彼女の体力を消耗するらしい。

 セレネはシアに支えられるティオの顔を見て、これまで持っていた恨めしい気持ちと、力を解放してもらった恩との間に揺れながらも魔法を構える。


「受けてもらうわ、これが本当の月の恩恵! ルナティックインパクト!」


 膨大な魔力を杖に集中してセレネが言い放つと、雷撃の閃光が同時に三又となって迸った。他にぶれることなく、まっすぐ三体の敵を捉えて着弾。巨大な爆発と共に放電する。

 ティオによって突如発現した力を以て、三人は格上の魔物を渡り合うことができるようになった。

 まだ分からないことだらけだが、アルは思わず歓喜の声を漏らす。


「いける……これなら!」

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