第5話 運命の人②

 昼休憩まで10分くらいに迫ったころ、一人の男性が恵琉に声をかけてきた。客がサイズの有無を聞いてくるのはよくあることで、特に不思議なことではない。恵琉は声のした方を振り向いた。そこには色黒の小柄ながらにがっちりとした男性が立っていた。そして、その後ろには、恵琉が毎日顔を合わせていて、週末は外泊予定の男性の姿があった。


「こちらのブルーのシャツのLサイズですね。少々お待ちください」


 まさか、夫が自分の店に他人を引き連れてやってくるとは思わなかった。突然の夫の来訪に驚いたが、今は仕事中である。恵琉は目の前の男性の要望に応えるために行動する。腰につけていたポシェットから仕事用のスマホを取り出す。便利な時代になったものだ。スマホで対象の商品のQRコードを読み取るだけで、店内の在庫が確認できるシステムとなっていた。


「お客様、ただいまこちらの店舗では品切れになっております。他店舗には在庫があるようですので、お取り寄せは可能ですが」


「取り寄せか。まあ、すぐに着るわけではないから、取り寄せでもいいかな。どう思う、幸(ゆき)?」


 恵琉の言葉に男は後ろを振り返り、彼女の夫に声をかける。名前で呼ぶとはかなり親しい仲なのだろうか。夫の反応はどうかとこっそりと視線を向けると、あからさまに嫌な顔をしていた。


「名前で呼ぶなと言っているだろう?」


「だって、今は仕事中じゃないだろ。ちゃんと仕事場では『富田さん』って呼んで……?あれ、富田って、もしかして」


 会話から察すると、彼らは仕事場での知り合いらしい。それにしても、目ざといところに気付く男である。恵琉は隠していても仕方ないと思い、自己紹介することにした。


「申し遅れました。私、富田幸(とみたゆき)の妻、富田恵琉(とみたえる)と申します」


「お前、ちゃんと結婚していたんだな」


「恵琉さん、こいつに敬語は不要ですよ」

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人生、計画通りにはいきません! 折原さゆみ @orihara192

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