第13話 婚約破棄から始めましょう

 病院の視察から戻った私たちは、その足ですぐにゴーティエへの報告に向かった。

 ゴーティエの居場所は王宮内のテラス。以前お茶会をした場所だ。午後の休憩時間を私たちの報告のために充ててくれたのだった。

 到着するなり、私たちは手短に報告をした。ソフィエットもまた同じ時間を繰り返してきた気づいた側の人間であり、彼女自身はゴーティエに幸せになってほしいと願っていることなどを伝える。

 私からの話を聞いたゴーティエは難しそうな顔をして頷いた。


「……そうだったか」

「とにかく、彼女に敵意はないですし、私たちの邪魔をしたくもなければ、むしろ仲睦まじい夫婦生活を送れるように応援したいくらいだそうです」

「ソフィエット嬢の気持ちには応えたいところだが……ヴァランティーヌ、未来はどうなんだ?」


 ここで私に話を振られるとは思わなかった。キョトンとして首を横に倒す。


「どうと言いますと?」

「子を宿せば、というやつだ」

「特に大きく変わったとも思えないので、警戒しておくに越したことはないかと」


 未来に問題がないのであれば、ゴーティエはヴァランティーヌとの子どもが欲しいのだろう。私はやんわりと伝えた。


「貴女も子も失うのは……避けたいからな……」


 葛藤しているらしかった。

 ゴーティエの願いは、ヴァランティーヌとの温かな家庭生活である。そのためには国もいらないと考えているようだ。

 まあ、そういう考え方が根底にあるから、どのルートを選んでも国が滅ぶエンドに向かわせてしまうんでしょうけどね……。

 賢君になるだろうと多くの民から期待されていたのに道を誤ってしまうのは、ヴァランティーヌに対して強すぎる執着があるからに違いない。またヴァランティーヌもその知恵を国民のために使うことを怠り、ゴーティエにすべてを捧げ続けたことで壊れてしまった。

 今の私たちだったら、もう少し賢明な判断を下すことができるだろうか。


「――とにかく、です、ゴーティエさま。これで避けるべき事象は退けたことでしょう。あとは私たちが国政から退いてしまえば、死ぬことは避けられます。もう少しで、ゆっくりできますよ」

「そのことなのだが」


 ゴーティエがテラスに入るための扉に視線を送る。すると一人の男性がお茶会の席に入ってきた。

 ふんわりとした銀髪、青い瞳の美丈夫は私にも見覚えがある。ギーセルベルトだ。


「話は済んだのか?」

「いや。これからだ」


 一つ席が多いと思ったら、なるほどこういうことか。

 ギーセルベルトは空いていた席に腰を下ろしてゴーティエに目配せをすると、ふぅと息を吐いた。


「ご無沙汰しております、ギーセルベルト殿下」

「ヴァランティーヌ嬢もご機嫌麗しく」

「それで、お話、とは?」

「国の併合に向かっての相談なのだが、今の貴方たちであれば何ら問題はないのではないかと考えていてね」


 そういう相談か。

 私は目を瞬かせる。


「国が荒れる前に手を打っておこうと考えるのは、民のことを思えば妥当だろう。こちらとて、血は流したくないからな」

「だったら」

「だが、俺は貴方たちが正しい気持ちで行う政治を見てみたいのだ。なに、道を誤ることがあれば、俺がその都度質そう。俺も繰り返し見てきた記憶がある。予言者というもの達の中には、同じ時間を繰り返している者もいるのだろう。だから、その記憶や知識を使って道を切り拓けばいい」

「ギーセルベルト殿下……」


 この人の善性は昔から少し苦手だったのだけど、今は頼もしく感じられる。なるほど、これまでの経験や記憶を信じているからこその、自信に満ち溢れた言動なのだと理解した。


「ギーセルベルトはこう言っているが、ヴァランティーヌはどうしたい?」


 ゴーティエが向けてくる視線はとても柔らかい。私に命じるわけではなく、でも私の意見を尊重しようとしているのとも少し違う。同じ意見であることを期待しているような気がした。


「私は……」


 ヴァランティーヌとしては、ゴーティエ殿下と――。

 私は意を決して小さく息を吸い込み、言葉を紡いだ。


「私は、殿下とともにこの国を守っていきたいと存じます」

「そうか」


 ゴーティエが嬉しそうに笑おうとするのを、私はすかさず挙手で遮った。


「ただし、一つだけお願いが」

「なんだ?」


 何を願うのかと、この場にいたアロルドとギーセルベルトの視線が私に集まった。


「もし、この先に新しい未来がなく、もう一度同じ歴史を繰り返すことになったそのときは――」


 言葉がすぐには出てこなかった。それだけ、私の想いはゴーティエに向けられているのだろう。

 ゴーティエが優しく微笑んで私の言葉を促した。


「そのときは、なんなのだ、ヴァランティーヌ?」

「そのときは……婚約破棄から始めましょう、ゴーティエさま」


 二人が結ばれる人生を少しでも送ることができたなら、それで充分ではないか。

 だから、もう一度この歴史を繰り返すことになった暁には、国の存続のために婚約破棄から始めるのがいいのだろう。未来に繋ぐために必要なら、この世界が壊れてしまう前に身を引くべきだ。

 私の願いを聞いてゴーティエは立ち上がると、彼は私に覆い被さるようにして抱き締めてくれた。


「ああ、そのときはそうしようヴァランティーヌ。だから、今回は、貴女を決して手放さぬとオレは誓うぞ」

「ゴーティエさま」


 見上げればすぐ近くにゴーティエの顔があって。

 私たちは深く深く口づけるのだった。



《終わり》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さあ、婚約破棄から始めましょう。 一花カナウ・ただふみ @tadafumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画