第9話 置いて逝かない

 時の魔物の黒い魔法陣が展開する前に、セレスティは防御の魔法陣を展開させた。

 1000年前のあの日、時の魔物の魔力を半分以上吸い取り生き返った自分。

 そのせいで年を取らない、死ねない身体になった。

 今の時の魔物がもし1000年前と同じ魔力を持っているならば、私には勝ち目がない。

 だが、わざわざカイロスに私の過去の映像を見せ、まるで説得してくるかのようなやり方は、この魔物らしくない。

 きっとまだ1000年前ほど魔力が戻っていないということだ。


「カイ、私がアイツの動きを封じるから斬って」

「わかった」

 カイロスはがっちり掴んでいたセレスティの手をゆっくりと離すと、剣を鞘から抜く。

 剣を構えたカイロスと時の魔物はお互いに睨み合った。


「こうやって向き合うと1000年前のようですね」

「俺は初めてだ」

 セレスティの魔法陣が時の魔物の足元に光る。

 一瞬拘束できたのかと期待したが、セレスティの魔法陣は時の魔物の身体をすり抜けた。


「もう一度……!」

「無駄ですよ」

 もう一度魔法陣を出そうとしたセレスティの手元がパチンと弾かれる。

 驚いたセレスティは小さな悲鳴を上げながら尻餅をついた。


「……おや? 魔女さんに気を取られないんですね?」

 時の魔物を睨んだまま動かないカイロスに、時の魔物は「意外ですね」と笑う。

 こちらを全く見ないカイロスにセレスティはホッとした。


『何があっても敵に背中を見せてはダメ』

 小さい頃から教えてきたことをカイロスはちゃんと覚えていたのだ。

 

「もしあなたの命と引き換えに魔女さんが永遠の命ではなくなる方法があったらどうします?」

「セレスが安らかに亡くなってから俺が死ぬ」

「それでは条件が成立しませんね」

「順番は言われなかった」

「なるほど」

 確かにと笑う時の魔物をカイロスは睨み続ける。


「では二人仲良く死ぬというのは?」

「セレスが10秒だけ早く死ぬなら構わない」

「10秒?」

「見届けてから死ぬ」

「そうですか」

 瞬きもせずジッとカイロスを見ている時の魔物の不気味さにセレスティは悪寒がした。


「消滅させようかと思いましたが気が変わりました」

 時の魔物は伸ばした手を下ろしながら目を細めて笑う。

 

「あなたを気に入ったので特別に教えてあげますよ。私を殺せば、魔女さんも死にます」

 時の魔物が長い前髪をかき上げるのと同時に、明かりが小さくなり消えていく。


「またお会いしましょう」

 そう言い終わる前に時の魔物の姿は消えた。

 

 ピンと張り詰めていた空気が一気に消え、ひんやりと冷たい洞窟だけが残る。

 セレスティはすぐに魔法で小さな明かりを灯した。

 カイロスは剣を鞘に仕舞うと、急いでセレスティのもとへ駆け寄る。


「怪我は? 痛いところは?」

「大丈夫よ。それより偉いわ、カイ」

 思わずいい子いい子しようと手を伸ばしたが、カイロスの方が背が高く、頭のてっぺんまでは全然届かなかった。


「敵から目を逸らさずに頑張ったわね」

 耳の少し上を撫でるセレスティの手はカイロスに捕まる。


「セレス、今の俺ではあいつに敵わない」

「……そうね」

「どうすれば倒せる?」

 カイロスの目は真剣だ。

 

 1000年前、討伐隊でも時の魔物を倒すことはできなかった。

 あの時も退けるのが精いっぱい。

 この1000年、魔法も剣も練習したけれど、あっさりと跳ね返されてしまった。

 

「俺はセレスより先に死なない。セレスを置いて逝かない。あいつを倒してセレスと一緒に死ぬ」

 カイロスは掴んだセレスティの手に擦り寄る。

 

「カイには長生きしてほしいわ」

「セレスがいない世界なんて生きていたって意味がない」

 セレスティの手のひらに口づけを落とすと、カイロスはセレスティの指の間に自分の指を絡ませた。


「俺、もっとちゃんと剣の練習するから。魔術だって今よりも使えるようになってみせる」

「カイは十分頑張っているわ」

「あいつを倒す方法も探すし、倒せないなら俺もセレスと一緒に永遠に生きる方法を探すから」

「……カイ」

 そんなのダメだと言わなくてはいけないのに、言葉が出てこない。

 カイロスまで永遠に終わらない日々を過ごさせるわけにはいかないのに、本当に永遠に一緒にいてくれるのではないかと期待してしまう自分がいる。

 さっきのカイロスと時の魔物の会話もだ。

 私が死ぬのを見届けてからだとカイロスは何度も言ってくれた。


「ありがとう、カイ。二人であいつを倒す方法を探しましょう」

 ね、とセレスティが微笑むと、カイロスは切なそうな顔で頷いた。


「まずはこの洞窟の踏破からよ」

「そうだな」

 手を握り直し、並んで歩く。

 急にカイロスが大人になってしまったような気がしたセレスティは、なんだか手を繋ぐのが恥ずかしくなってしまった。

 迷路のような洞窟を素材を取りながら進んでいく。

 

「行き止まり?」

「岩に何か掘ってあるわ」

 セレスティが岩に明かりを近づけると、カイロスには読めない記号がたくさん刻まれていた。


「……永遠の時を生きる者へ。新たな仲間と立ち向かう手助けになれば。どうか安らかに眠れ」

「……安らかに眠れ?」

 ペンダントと同じだなと呟いたカイロスの言葉にハッとしたセレスティは、自分たちだけの合言葉を口にした。

 合言葉でスッと消える岩。

 奥には小さな空間があり、地面には場違いな木箱がひとつ。


「俺が開ける」

 安全とは限らないとカイロスはセレスティを数歩下がらせ、木箱に手をかける。

 ゆっくりと上に開くと中には指輪や腕輪、小型ナイフなど、いろいろなものが綺麗に並べられていた。


「オーステンの指輪……? カイ、その黒い石がついた指輪をはめて風魔術を使って」

「俺、風はほとんど使えないけど?」

 指輪は小さく、小指しか入らなかった。

 普段そよかぜにもならない風魔術を発動すると、今までとは明らかに違う威力の風が吹く。

 物を吹き飛ばすのは無理だが、看板くらいなら揺らせそうなくらいに。


「やっぱりオーステンが付けていた魔力増幅の魔道具だわ」

 セレスティは木箱の中を嬉しそうに覗き込んだ。

 

「あとのものは何が出来るかわからないわね」

「とりあえず全部持って帰ろう。使い方はそのうちわかるだろ」

 カイロスは指輪を外すと、セレスティの右手の人差し指に付けた。


「ここは俺のために空けておいて」

 セレスティの薬指を撫でたあと、指に口づけを落とす。

 真っ赤な顔になったセレスティを見たカイロスは「トマトみたいだ」と笑った。


 そのあとも素材を取りながら迷路のような洞窟を進むと、みんなが教えてくれた通り森へ出た。

 特に罠があるわけではなく、強い魔物がいるわけでもなく、どちらかといえば初心者向きの弱い敵ばかり。

 カイロスとセレスティはホーンラビットのツノや貴重な薬草をギルドに買い取ってもらった。

 ギルド長に薬草の場所が知りたいと言われたカイロスは覚えている限りのマップを書き、報酬をたっぷり請求する。

 もちろんオーステンの木箱の場所は書かなかったが。


 宿に戻ったセレスティはオーステンの魔道具たちと日記帳を並べてテーブルに置き、しばらく眺めていた。


「セレス、寝るよ」

「先に……」

「そう言っていつも寝ないからダメだ」

 カイロスはセレスティの手を引き、ベッドに連行する。

 強引に腕枕をするとカイロスはセレスティを抱き枕のように捕まえた。


「ちょっと、カイ」

「怖かった。あいつ」

 そう言われたら、このままでいないとダメだと思うだろ?

 セレスティを腕の中に閉じ込めることができるならズルい手だって何だって使ってやる。


 知ってしまったセレスティの過去。

 今まで何も教えてくれなかったからきっと知られたくなかったのだろう。


 子供の頃に王宮の書庫で見つけた魔女の髪がセレスティの髪だったなんて。

 セレスティが年を取らないから、箱に入った髪も1000年経っても艶々で綺麗だったのだろうか?

 時の魔物は俺のことを英雄の生まれ変わりだと言った。書庫でセレスティの髪を見つけたのも、迷いの森に捨てられたのも、セレスティに出会えたのも全部運命だ。

 俺よりずっと年上だけれど、俺の方が背が大きくなった頃からセレスティを守りたいと思うようになった。

 

 でも今のままでは守れない。

 もっと強くならないと。

 今までみたいに服や食べ物を買うために冒険者をする程度じゃダメだ。もっと実戦経験を積まなくては。


 もうセレスティに一人寂しく夜空を見上げさせたくない。

 時の魔物と暮らしてほしくない。

 セレスティの隣は俺だけだ。


 いつの間にか時計は深夜2時。

 セレスティが眠っても、カイロスはなかなか寝付くことが出来なかった。



 翌朝、カイロスとセレスティは食堂のテーブルに置かれていた新聞の見出し記事に驚いた。


『ワグナ王国滅亡。宰相が新国王に。傾国の美女は逃走』

 傾国の美女の似顔絵は昨日会ったばかりの中性的な顔をしたあの男にそっくり。


「まさか1000年前と同じことをするつもり?」

 セレスティの震える手をカイロスはそっと握った。

 

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死ねない魔女と輪廻の王子 和泉 @izumichris

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