第8話 生まれ変わり

 翌朝ギルドは多くの冒険者たちで賑わっていた。

『雨の日限定依頼。依頼内容:未知の洞窟に挑み、奥に何があるのか報告を。依頼者:冒険者ギルド・ハルバ街支部長』

 

「どうして雨の日限定なのかしら?」

 依頼が書かれた大きな看板を見ながらセレスティが思わず呟くと、隣にいた若い冒険者が振り向いた。

 

「おねーさん、はじめて?」

「えぇ」

「めっちゃ美人だね……っと、番犬くんに睨まれちゃった」

 ははっと笑う冒険者をジロッと睨みながら、カイロスはセレスティのフードをさらに深々と被せた。


「ちょっと、カイ。見えないわ」

「ダメだ」

 今日は雨。

 髪色を変える薬剤が落ちてしまうのでカイロスは金髪のまま参加することに決めた。

 ここは隣国だし、こんなところに王子がいるなんて誰も思わないからだ。


「雨の日限定の理由は、雨の日しか入り口が現れないからなんだ」

「……現れない?」

「普段は干上がっている湖の底に入り口があってね。水の中に入らないといけないから、おねーさんはやめた方がいいよ。美人なのに汚れちゃうからね」

 仲間に呼ばれた若い冒険者は「じゃあね」と去って行く。


「濡れてもイイ女なのは間違いないけれど」

 汚れるのはイヤだと溜息をつくカイロスをセレスティは笑った。

 

 番号札を受け取り、順番を待つ。

 入り口は狭く、みんなで一斉に入れるわけではないそうだ。

 おおよその入場時間も教えてもらうことができた。

 ギルドからは今までの冒険者たちの成果をまとめたマップが渡されたが、マップがあっても無理だと冒険者たちは笑っていた。

 中は迷路のようになっていて同じところをグルグルと回らされることが多いのだと。


「湖の底って」

「昨日、オーステンから受け取ったネックレス型魔道具に記録されていたわね」

 前後はよく聞き取れなかったけれど。


「入り口は湖の底なのよね? 出る時も?」

「いや、洞窟から出ると森の中だ。毎回出る場所も違って」

「出たところからもう一度洞窟に入ると?」

「すぐまた森の中に」

 何人かの冒険者に尋ねたが、答えはほぼ同じだった。


「不思議ね」

「魔術でもかかっているんじゃないのか?」

 笑いながら冗談で言ったカイロスの言葉に、セレスティは目を見開く。


「稀代の天才魔術師だもの。やってもおかしくないわ」

 真剣な顔でマップを見始めたセレスティは、カイロスが寂しそうな表情で見つめていることに気づくことはなかった。

 

「87番、こちらに」

「行こう、セレス」

 まるでエスコートのように手を差し出すカイロスに他の女性冒険者たちがざわつく。

 そうよね、冒険者には見えない綺麗な顔立ちで、仕草もこんなに紳士なんだもの。

 年頃の女の子たちが見たらうっとりするに決まっているわ。

 教えていないのに、一体どこで覚えてきたのだろうか?


「はぐれるといけないから手を繋いだまま入りたい」

「まだまだ子どもね」

 さっきは天然の色男のようだったのに、急に子供っぽいことを言うカイロスが可愛い。

 セレスティは86番の五人組が湖に入っていく姿を見ながら、ギュッとカイロスの手を握った。


「では、どうぞ。湖に入れば入り口がわかると思います」

 前の組が入ってから5分経ったことを確認したギルド職員が合図する。

 カイロスとセレスティはゆっくりと湖に足を入れた。

 もっと冷たいかと思っていたが、水はそんなに冷たくはなかった。

 ただ、靴も服も全部濡れ、身体に張り付くような感覚が不快なだけ。

 歩いて行くと、足首から膝、腰と湖はだんだん深くなっていく。


「……あれが入り口か」

 まだ腰までの高さなのに顔まで水につけながら湖を覗き込んだカイロスが、あの辺りに不自然な穴があると指を差した。

 セレスティも水に顔をつけ、穴を確認する。


「違うわ、カイ。あっちよ」

「……え?」

「行くわよ」

 セレスティはカイロスの返事を聞くことなく、手を引きながら湖の中に潜った。

 水深五メートル程度まで潜り、入り口を通ると、湖の中だったはずなのに周りはいっきに森の風景に。

 濡れていたはずの服も靴も乾いている。

 

「いきなり森?」

 出口が森って言っていなかったっけ? とカイロスは肩をすくめた。

 

「……ここは」

 懐かしい若葉の香り。

 木漏れ日が美しい森の中は鳥がさえずり、心地の良い風が吹いていく。

 

 私はこの森を知っている。

 なぜならここは迷いの森だから。

 そして、この先にあるのは――。

 

 セレスティはカイロスの手を引きながら森の中を歩いた。

 この二股の木はシカを捕まえる罠をつける木、あの今にも倒れそうな木は危ないから近づいてはダメ。

 ここにハンモックを吊るしてもらったら、子供たちの間で取り合いになって撤去されてしまった。

 この木の枝は燃えやすいから村に持って帰ると褒められた。

 二本の木が絡まるように捻じれた木の横を進むと、その向こうは。

 

 期待したのはもちろん時の魔物に消される前の魔女の村。

 両親も祖母も親戚も友人もみんな生きている村だ。

 

 だが、そこには何もなかった。

 時の魔物にすべてを消された後の、何もない魔女の村ルーライズ。

 1000年前のすべてが消えた日の村の姿だ。

 地面がキィッと開き、出てきたのは幼い自分。


「……地面から子供? いや、あの場所は……セレス?」

 カイロスが手を握ってくれているおかげで、これが現実ではないことが実感できる。

 

 建物もなにもない更地になってしまった村を見ながら泣く自分に手を差し伸べてくれたのはフォレスト公爵。

 着の身着のまま、何も持たずに馬でこの場を離れた。

 次に戻ったのは、王宮を追い出された時。

 フォレスト公爵と馬車でこの村に帰ってきた。

 髪を少し切られたあと別れの挨拶を交わし、馬車の荷物からツルが出始め、畑になった。


「……どうして髪を……?」

「フォレスト公爵は国王から命令されたの。私を殺せと」

「……そんな」

「カイと初めて会った日、あなたの足に私の髪がついていた。だからカイはこの村にたどり着いたのよ」

 来る日も来る日も月と星を眺め、本を読み魔法の練習をし、更地に穴が開いても誰にも怒られることもなく過ごす日々。

 

「……クロ」

 やってきたのは53歳になったクロノス。

 たった8年だったが幸せだった。

 再び一人になり、クロノスの剣を毎日振る自分の姿が見える。

 涙が止まらず身体が震えるセレスティを、カイロスは手を離すことなく抱き寄せてくれた。


 剣も魔法もひととおりやりつくしてしまったセレスティは、ぼんやりと過ごす日々が続く。

 森がざわつき、現れたのは檻に入った子供。


「……俺?」

 カイロスはだんだん成長していく。

 木の枝から木刀になり、最後はクロノスの形見の剣に。

 そして髪の色を茶色の変えたカイロスと村を出て行くセレスティの姿で終わりとなった。


 セレスティはカチャッと剣に手を掛けるカイロスの手をそっと止める。

 

「……どうしてあなたはコレを見せたのかしら?」

 気づけばここは森ではなく暗い洞窟の中。

 そして目の前にいる黒い服を着た黒髪の美男子は、神出鬼没のあの魔物。

 

「私が気まぐれなことは知っているでしょう?」

「……そうね」

「ねぇ、魔女さん。その男がいなくなったら、私と永遠を過ごしてくれますか?」

 カイロスを指差した『時の魔物』の口元はニヤッと笑っていたが、目は全く笑っていない。

 セレスティを抱きしめるカイロスの腕が強くなる様子を、時の魔物は瞬きせずに見つめていた。


「あなたは金髪がいいのですか?」

 時の魔物は一瞬で黒髪を金髪に、美男を美女の姿に変える。

 少女の姿に、青年の姿に、美魔女の姿に、紳士の姿に。

 髪の色も髪型も服装も自由自在に変えたあと、時の魔物は元の黒髪の美男子の姿に戻った。


「あなた好みの見た目になりましょう。宝石も金も好きなだけ与えましょう。必要とあらば世界を手に入れましょう」

「いらないわ」

「私なら永遠にあなたと一緒にいられます。ひとりで夜空を見上げることもなくなりますよ」

 さっきの映像では一瞬だったが、夜空を一人で見上げていた期間は1000年だ。

 カイロスと一緒にいられるのは長くても70年。

 そのあとはまた永遠に一人の時間が続くのだ。

 絶望にも似た暗い感情がセレスティの胸に沸き上がった瞬間、カイロスのセレスティを握る手は強くなった。


「おまえにセレスは渡さない」

「その執着どうにかなりませんか、英雄さん。1000年前、あなたの執着のせいでこうなったんですよ。反省すべきでは?」

「クロとカイは別人よ。カイに反省しろだなんて」

 何を意味の分からないことを言っているの? と聞こうとしたセレスティは、時の魔物の不気味な笑顔に戸惑った。


「生まれ変わりですから魂は一緒でしょう? だから魂を消滅させます。もう二度と生まれてくることがないように」

 時の魔物は目を細めながらニタッと微笑むと、長い腕を前に伸ばした。

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