第7話 お導き

 大きな木の下に荷物。

 クッション代わりの草のおかげか、身体は痛くない。

 木の枝に上手に引っかけられたフード付きのコートは、昨晩ハンガーにかけたはずなのに。


「……夢?」

「そうでもないみたいだ」

 荷物の中にはオーステンの本とペンダント。

 だが、4人の絵はどこにも見当たらなかった。


 コートを羽織りながら周りを見渡したが建物も人の姿もなく、あるのは瓦礫のみ。

 昨日はここに建物があり、ロシェと領主がいたはずなのに。


「さすが、希代の天才魔術師ね」

 セレスティはオーステンのネックレスを手に取った。


「クフオフザスセル」

 これは4人しか知らない呪文。

 クロノス・フォレスト。

 オーステン・フォンターヌ。

 ザック・スターリング。

 セレスティ・ルーライズ。

 安易だけれど、4人の頭文字だ。

 セレスティだけは平民で姓がないので村の名前で。

 どんなに調べても魔女の村ルーライズの名前には辿り着かない。

 この村は誰も辿り着かない、存在しない村だから。


 このネックレスは魔道具。

 魔術師オーステンが作った記録装置だ。

 時の魔物の討伐でも何度か使用したことがある。

 

 呪文に反応し、色が変わった宝石にカイロスは目を見開いた。


『セレスティが……時のため……』

 懐かしいオーステンの声は途切れ途切れ。


『湖の底……』

 聞き逃さないように聞き耳を立てるセレスティ。

 だがよく聞き取れない。

 

『……どうか安らかに眠れ』

 プツッと消える音声。

 セレスティはオーステンのネックレスを両手でギュッと握った。


「安らかに眠れ?」

 物騒だなと首を傾げるカイロスにセレスティは首を横に振った。


 おそらくオーステンは私が時の魔物の魔力のせいで年を取らなくなったかもしれないという仮説に辿り着いたのだ。

 だからこの本が私の手に渡るように魔術をかけて導いた。

 ロシェと領主はもういない人たち。

 彼らは私のために長い間ここで待っていてくれたのだ。


「……だったらオーステンが待っていればいいじゃない」

『自分には魔術がかけられないと知っていますよね?』というオーステンの声が聞こえてきそうだ。

 

 持って帰った私の髪でカイロスと会わせてくれたフォレスト公爵。

 カイロスのおかげでザックが住んだ街に行き、ザックのメモでオーステンの居場所を知った。

 そしてオーステンが私のために準備してくれた本が今、ここに。

 なんだか導かれている気がする。

 

 セレスティは本の表紙を見つめると、開こうと手を掛け、そしてやめた。

 

「セレス?」

「あとにするわ。カイ、髪を染めて街へ行きましょ」

「今、見なくていいの?」

「オーステンは字が小さいのよ。もしこの本全部に書いてあったら、1日じゃ読み切れないわ」

 そう誤魔化しながらセレスティはカバンに本を入れた。


 本当は今すぐ開く勇気がなかっただけ。

 この本には何が書いてあるかわからない。

 良いことかもしれないし悪いことかもしれないからだ。

 

「今日の夜、宿で読むわ」

 だから今日はこの街に泊まりましょうとセレスティはカイロスに微笑んだ。


「……え? カイはロシェの絵本読めなかったの?」

「あぁ、両方とも読めない字だった」

 髪の色を変えたカイロスとセレスティは高台から街へ下りた。

 

「一緒に読んでいるんだと……」

「絵だけを見ていた」

 横から覗き込んでいたので、一緒に読んでいると思い込んでいたが、今思い返すとあれは1000年前の字だったかもしれない。

 どうしてあのとき気づかなかったのか。

 

「なさそうだな」

 本屋で絵本を探したがどちらの本も売っていなかった。


「さすがに1000年前の話の絵本なんて」

 ないわよねとセレスティは肩をすくめる。


 店をいくつか回りながらカイロスの食事を済ませ、宿を探す。

 ここは大きな街で宿屋もたくさんあったが、空いている宿は少なかった。

「ねぇ、カイ。この街、大きいし冒険者ギルドもあったし、しばらく滞在しない?」

「そうだな。金も稼ぎたいし」

 ようやく一部屋だけ空いていた宿でとりあえず一週間の滞在を申し込む。

 部屋はあまり広くはなかったが、シャワーも食事もついているので不満はなかった。


「セレス、まだ開いてないの?」

 シャワーから出たカイロスはソファーで本を膝に置いたままぼんやりしているセレスティに声をかけた。


「カイ、風邪をひくわ」

 カイロスは濡れた髪のまま、上半身も裸のままだ。

 

「ん」

 当然のようにタオルをセレスティに差し出すカイロス。

 セレスティは本をテーブルへ置き、タオルを持って立ち上がった。


「届かないわ」

 またカイロスの背が大きくなった気がする。

 まだ15歳だけれど、もしかしてもっと背が高くなるのだろうか?


「ベッドに座れば良い?」

「そうね……じゃなくて、もう大きいんだから自分で拭きなさいよ」

 5歳じゃないのよと笑いながらセレスティはカイロスの髪にタオルを当てた。

 

 毎日剣を振っているせいか美しい筋肉がついた上半身。

 魔女の街ルーライズに入るためのネックレスをしている姿が妙に色っぽい。

 可愛かった声もいつの間にか男性の声になり、名前を呼ばれるとまるでクロノスに呼ばれたのではないかと勘違いしてしまいそうなほど似ている声。

 もう少し大きくなったら、ますますクロノスに似てしまうのだろうか?

 あと少し背が高くなって、あと少し年を取ったら、カイロスはいつかクロノスの年齢を追い越して、そしてまた私を置いてこの世界からいなくなってしまうのだ。

 

「セレス?」

 髪を拭く手が止まってしまったセレスティを不思議に思ったカイロスが振り返る。

 泣きそうな顔で目を伏せているセレスティを見たカイロスは目を見開いた。

 セレスティの視界がグルッと動き、なぜか目の前がカイロスに変わる。

 背中はふかふかで、カイロスの向こう側は天井。

 セレスティは自分がカイロスにベッドへ押し倒されている状態だと気づくのにはあまり時間はかからなかった。


「カイ?」

 えーっと、この体勢はどういうこと?

 髪を拭く手が止まってしまったから怒ったの?

 かまってってことかな?

 セレスティは両腕を伸ばし、まだ濡れているカイロスの髪に触れる。


「……セレス、それ、反則」

「は、反則?」

 カイロスが伸ばしていた腕をベッドにつき、覆いかぶさるようにセレスティの首元に顔を埋めてくる。

 やっぱり甘えたいってこと?

 再びカイロスの頭をいい子いい子してあげると、カイロスの身体がピクッと反応する。


「この腕抜いて」

 言われたままセレスティが左腕をカイロスの身体の下から引き抜くと、今度はカイロスの腕がセレスティの頭の下に。

 カイロスに腕枕された状態になってしまったセレスティは、目の前のたくましい筋肉に焦った。


「カイ、ちゃんと服を着ないと」

「気にするの、そこ?」

「だって風邪を」

「ひかないよ」

 セレスティを抱き枕にしていれば温かいと言い張るカイロスにセレスティは肩をすくめた。


「……反抗期かしら」

「そうかもね」

 カイロスはセレスティを腕の中に綴じこめる。

 5歳から面倒を見ているカイロスが言うことを聞かないのはいつものこと。

 昔はあんなに従順で可愛かったのになとセレスティは溜息をついた。


「雨が降って来たぞ!」

「やっと行けるのか!」

「2週間待った甲斐があったな」

 廊下が騒がしくなり、男たちの足音と声が響く。


「すげぇお宝あるかな」

「あの洞窟、制覇できたやついないんだろ? がんばろうぜ!」

「1000年前からあるってマジかな」

「ははは、洞窟なんて昔っからあるに決まってるだろ」

 早朝に出ようと嬉しそうに話しながら歩いて行く男たち。


「1000年前から?」

「未制覇?」

 男たちの話に、セレスティとカイロスは顔を見合わせた。

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