第6話 姿絵

「ちょ、ちょっとカイ!」

「うわっ、待って、待って」

 焦る少年と、後からカイロスの手を止めるセレスティ。

 カイロスは大きく息を吐くと、今すぐ抜いてしまいそうな剣からようやく手を離した。


 クロノスよりもカイロスの方が短気なようだ。

 初めて知った一面にセレスティは肩をすくめる。


「ごめん、魔女って言ってごめんなさい! でもこの街では魔女はいい人なんだ」

 悪女という意味で言ったんじゃないと少年は言い訳をする。

 カイロスとセレスティは顔を見合わせた。


「もうちょっと詳しく教えて?」

「えっと、お姉さんたち他の街から来た冒険者だろ?」

「えぇ、そうよ」

「魔女は王様を騙して王妃様との仲を引き裂いた悪女だろ?」

 あぁ、世間ではそう言われていたんだ。

 クロノスを騙して、迷いの森に連れ込んで、王妃の元には返さず一緒に過ごした悪女。

 ……そうよね。

 王妃から見たらそうだよね。

 

 目を伏せたセレスティの肩を引き寄せるカイロス。

 このタイミングでフォローするなんて、天然の色男だ。

 セレスティは立派に成長したカイロスに戸惑った。


「でもこの街だけ全然違う話が広まっているんだ」

「……違う話?」

「英雄の仲間だった人が書いた絵本があるんだよ」

「その絵本の絵と私たちが似ているってこと?」

 セレスティの質問に首を横に振りながら、少年は立ち上がり尻の砂を祓った。


 街に響く夕方5時の鐘。


「うわ、やばっ。怒られる!」

 少年は街の時計塔を見上げながらビクッと身体を揺らすと、目の前の二人を見てニヤッと笑った。


「今から一緒にうちまで来てくれない? いいもの見せるよ」

「いいもの?」

「2人をなんでそう呼んだかわかるもの」

 だからお願い、一緒に父さんに謝ってと手でお願いポーズをする少年。

 カイロスは溜息をつきながらセレスティの手を握った。


「……ロシェ。今は何時だ」

 街から少し高台に建った大きな屋敷の前で、仁王立ちする男性にセレスティは苦笑した。

 きっと少年のお父さんだ。

 5時までに家へ帰ると約束していたのだろう。

 遅れそうになり慌てて走っていたらセレスティとぶつかったのだ。


「お客さんを案内していたんだ」

 だから今日は許してと言うロシェに男性は怪しいフードの二人組に視線を移す。


「彼らは誰かね?」

「英雄と魔女だよ」

 変なことを言うロシェは父親にゲンコツを落とされた。


「突然すみません。彼があるものを見せてくれるというので、ご迷惑とは思いつつ、こちらに案内していただきました」

 セレスティがフードを取りながら話しかけると、男性は目を見開く。

 こんなやつ助けなくてもいいのにと言いたそうな溜息をつきながら、カイロスもフードを取った。


「……英雄と、魔女」

 小さな声で呟いた父親の声に、ロシェは頭を押さえながら「ほら、言った通りじゃん」と頬を膨らませた。


「えっと、旅のお方?」

「そうです。今日この街に」

「泊るところは」

「これから宿を探しに」

「では、うちにお泊まりください」

 急に親切になった男性の態度に、カイロスは眉間にシワを寄せる。

 ここが危険だとは思えないが、怪しくないだろうか?

 断った方が良いのではないか?

 

「カイ、ご厚意に甘えましょう」

 スッとカイロスの手を握るセレスティ。

 カイロスはギュッと手を握り返した。


「……どうして1部屋なのかしら」

 なぜかベッドは1つ。

 うちのベッドよりは大きいけれど。

 急に来たのに食事はとても豪華で、カイロスは嬉しそうだった。

 

「まさかここが領主の屋敷だったとは」

「高台にある時点で気づくべきだったわ」

 街を見下ろせる位置だったとセレスティは肩をすくめながらベッドに腰かけた。

 

 このままこのふかふかのベッドに横になったら眠ってしまいそうだが、このあとロシェが言っていた「いいもの」を見せてもらうことになっている。

 もしかしたらオーステンに縁のあるものかもしれない。

 ザックの剣も領主館にあったのだから。


「おまたせ。行こうか」

 ラフな服に着替えたカイロスがセレスティに手を差し伸べる。


 エスコートするだなんてやっぱり色男ね。

 いつの間にこんなに大きくなってしまったのかしら。

 セレスティは5歳だった可愛いカイロスがなんだか懐かしくなってしまった。

 

「こっちが普通の絵本で、こっちの大きな月の絵本がこの街の絵本だよ」

 ロシェが準備してくれた絵本は2冊。

 

「見てもいい?」

「もちろん!」

 セレスティはまず普通の絵本と言われた水色の表紙の本を手に取った。


 冒頭は魔物の討伐に行く騎士をお姫様が泣きながら見送るシーン。

 次は魔物と戦う騎士のページだ。

 そして見事討伐に成功した騎士はお姫様と結婚。

 だが、幸せだった二人を魔女が邪魔する。

 騎士を攫った魔女は騎士とお姫様の愛の力で倒され、国にまた平和が戻りました。めでたし、めでたし、だ。


 子供向けにしては敵が魔物と魔女と2回出てくるので少し面倒な気がするが。


「こっちは……」

 この街の絵本を手に取ったセレスティは冒頭から違うことに驚いた。

 

 満月の夜、時の魔物の討伐でセレスティが亡くなったこと、魔女の力で蘇ったことから、結婚の約束をしていたのに追い出されたことまで、ほぼ事実が書かれている。

 騎士は怪しい薬を王女に飲まされ、魔女の事を忘れてしまった。

 だが騎士と魔女の愛の力で薬の効果が切れ、二人はようやく結婚できたと。

 

 こんな話が書けるのは、オーステンかザックの2人しかいない。

 1番後ろのページに書かれた原作者オーステン・フォンターヌの文字をセレスティは目を潤ませながら手でなぞった。


「……セレス?」

 今にも泣きそうなセレスティに気づいたカイロスは、心配そうに覗き込む。


「だいぶ内容が違うんですね」

 セレスティは絵本を閉じ、慌てて涙を拭いた。


「でも、この絵と私の共通点は黒髪ということしかないですけど?」

 どうして魔女と呼ばれたのかはわからないままだ。

 セレスティが首を傾げると、領主は机の上に置かれた箱の鍵をカチッと開けた。


 中から取り出したのはペンダントと1枚の絵と1冊の本。

 

「こちらをご覧ください」

 領主が見せた絵にセレスティは目を見開いた。

 

 クロノス、ザック、オーステン、そしてセレスティ。

 こんな絵を描いてもらった記憶はない。

 だが顔も背格好も間違いなく自分たちだ。


「……クロ」

 20歳のクロノス。

 時の魔物の討伐のため一緒に旅をしていた頃の姿。


「……英雄?」

 カイロスはセレスティの隣に立つ自分に似た男に驚いた。

 子孫だといえば似ていて当然かもしれないが、あと5年もすれば自分はもっと英雄に似るのではないだろうか?


 セレスティが好きな男。

 セレスティの心を捕らえて離さない男。


 隣の剣士が腰につけた剣はラグー街にあった剣に柄が似ている。

 こっちが剣士ザック。

 ではもう一人の魔術師のような服装がオーステンということか。

 自分の知らないセレスティを知る者たち。

 カイロスは初めて見る討伐隊に、いや、自分ではない自分に似た男に嫉妬した。


「クロ……」

 1000年ぶりのクロノスをしっかり見たいのに。

 あぁ、ダメだ。

 涙でよく見えない。


「魔女が来たら渡すようにと言い伝えがあり、我が家は代々この箱を守ってきました」

 領主は本とペンダントをスッとセレスティの前へ。


「お渡しできてよかったです」

「……ありがとうございます」

 うれしそうに微笑む領主とキョトンとしているロシェに、セレスティは泣きながら微笑んだ。

 

 部屋に戻ったセレスティはカイロスの腕の中で泣いた。

 甘えてはいけないとわかっているけれど、どうしても我慢ができなかった。

 1000年ぶりに会えたクロノス。

 そして仲間だったザックとオーステン。

 まさかこんなにそっくりな絵があるなんて思わなかった。


「……この男じゃないとダメなのか?」

 泣きつかれて眠ってしまったセレスティ。

 頬の涙を手で拭いながらカイロスは切なそうに微笑んだ。

 

 描かれた英雄に顔だけなら似ている。

 数年後にはそっくりになるはずだ。


 なぁ、セレス。俺ではダメなのか……?

 カイロスはセレスティをギュッと抱きしめると、暗いベッドの上でゆっくりと目を閉じた。


「……ね、ねぇ、起きて、カイ!」

「うん? もう少し……」

 もう少し眠りたいと言う予定だったカイロスは、周りの景色に慌てて飛び起きた。


「……は?」

 今日はいい天気。

 目の前には青い空が広がっている。

 ここは高台。

 街と、時計塔と、青空と、大きな木。


「……屋敷は?」

 ベッドどころか建物すらない状況にカイロスとセレスティは顔を見合わせた。

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