第5話 旅立ち

「この耳飾りセレスに似合うと思うけれど」

「今日はカイの服を買いに来たのよ」

 いつもより少し遠い街ラグーに来たセレスとカイロスは、街の明るい雰囲気に浮足立った。

 

 今日はカーニヴァル。

 多くの露店が並び、にぎわった街は音楽と花で溢れ、見ているだけでも楽しくなる。

 

「……ザック巻き?」

 セレスティは変な名前の食べ物の前で足を止めた。

 棒に肉をぐるぐる巻きにした食べものだ。


「お嬢ちゃん、ザック巻き食べたことないのかい?」

 店主は慣れた手つきで肉を焼きながら、うまいぞと声を掛ける。

 魔女の秘薬で髪色を変えたセレスティとカイロスは、顔を見合わせた。


「祭りでしか食べられない限定品だよ」

「1本くれ」

「まいどあり」

 支払いを済ませたカイロスは受け取るとセレスティに。

 思ったよりも重たい肉にセレスティは驚いた。


「ははは。驚いたかい? 英雄と一緒に戦った剣士ザックが好きだった食べ物さ」

「ザックが?」

「串にジャガイモを挿して、その周りに肉を巻いてあるんだ」

 よく食べていたんだってさと笑う店主。


 あぁ、そうだった。

 ザックは本当は肉をたくさん食べたいのに討伐中は保存食ばかりで、こうやって食べればじゃがいもにも肉の味が染みこむんだって豪快に笑っていた。

 少食のオーステンは肉だけでいいと困った顔をしていたっけ。

 

「……少し甘辛い醤油味よね」

 セレスティはもう味わうことができないザック巻きを少し眺めた後、泣きそうな顔でカイロスに手渡した。


「せっかくだから剣士ザックの遺品が領主館にあるから見ていくといい。カーニヴァルの間しか公開されないんだ」

 領主館はあっちだと親切に教えてくれる店主。

 あっという間に食べてしまったカイロスはセレスティの手を握りながら歩き出した。


「カイ?」

「迷子にならないように」

 ギュッと握られた手は大きくて温かい。

 いつの間にこんなに大きくなってしまったのか。

 今では初めて街に行った時のワンピース姿が懐かしい。

 

 子孫だから当たり前なのかもしれないけれど、似すぎていて戸惑うことがある。

 笑った顔や剣を振る時の顔もそうだけれど、性格も似ているような気がするのは私の願望かもしれない。

 

「セレス? ごめん、歩くの早かった?」

「ううん、大丈夫」

 こうやって気を遣ってくれるところも、少し上から覗き込むクセも。

 比べてはいけないとわかっているけれど。

 

「剣士ザック様は、英雄の望みを叶えるため王家に立ち向かったのです。追われる身となったザック様を保護したのが私の祖先で……」

 領主館もカーニヴァル同様、たくさんの人で賑わっていた。

 現領主のありがたい解説付き。

 

 ザックはクロノスを迷いの森に送った後、どうやらこの街に永住したようだ。

 無事に騎士たちから逃げることができて良かった。


「こちらに展示してあるのが、剣士ザック様の剣とメモです」

 大きな剣は時の魔物の討伐で持っていたもの。

 1000年経ってもキレイな状態は、ここの歴代の領主が大切に扱っていた証だ。

 

「メモは亡くなる前日に書かれたと伝えられておりますが、旧字のため何と書かれているかはわかりません。ですが、この最後の文字はザック様の直筆のサインであることが確認されています」

 一目見ようと順番に見ていく客たち。

 少し空いてからカイロスはセレスティをメモの前に案内した。


「……オーステンも無事だったのね。よかった」

 メモを眺めながら涙ぐむセレスティ。

 

「何と書いてあるんだ?」

「自分を匿ってくれたラグー街と、オーステンを匿ってくれたハルバ街に感謝。クロノスとセレスティが無事に会えたと信じている……」

 ありがとう。ザック、オーステン。

 会えたわよ、あなたたちのおかげで。

 慌てて目を押さえるセレスティの頭にカイロスはスッとフードを被せた。


 領主館を出ると再び聞こえてくる明るい音楽。

 色とりどりの布や花の飾り付け。

 楽しそうに踊る人々。


「……帰ろうか」

 カイロスの言葉にセレスティは泣きながら頷いた。


 何もない魔女の村ルーライズ。

 セレスティは野菜が生い茂る馬車の横の大きな石に腰掛けながらぼんやりと月を眺めた。


 1000年経っても変わらない身体。

 たった10年で大きくたくましくなったカイロス。


 そろそろ独り立ちかもしれない。

 こんな何もない村にカイロスを置いておくのはもったいない。

 もっと人生を謳歌してほしい。


 もう王家もカイロスが生きているなんて思っていないだろう。

 金髪に青眼の男性なんて世の中にたくさんいるはずだ。

 冒険者の名前を名乗れば別人だと言い張れる。

 それにこの村にいなければカイロスが時の魔物に襲われることもない。


 私はまたここで一人で過ごすだけ。

 何かするわけでもなく、何の目的もなく。

 ただ永遠に……。


「夜は冷えるよ」

 ブランケットをセレスティの肩にかけながら優しく微笑むカイロスに、セレスティは切なそうな顔で微笑み返した。


 カイロスはクロノスじゃない。

 ザックもオーステンもフォレスト公爵も、みんなもういない。

 私だけが世界に取り残されていく。


「ねぇ、カイ」

 そろそろ独り立ちする?

 その一言が言えずに目を伏せたセレスティの頬にカイロスはそっと触れた。


「セレス、ハルバ街に行ってみないか?」

 ハルバ街はオーステンを匿ってくれた街の名前。

 思いもよらない言葉に驚いたセレスティは目を見開いた。


「ハルバ街がどこにあるか知らないけどね」

 ははっと笑いながらカイロスはセレスティの髪を一房持ち上げ口づけする。

 

「セレスの髪はこのまま黒で。俺だけ茶色にするから」

 そうすれば髪色を変える秘薬の量が減らせる。

 着替えは最低限、冒険者で金を稼ぎながら移動すれば宿泊費も大丈夫。

 

「でも、黒は」

「キレイだよ」

 黒髪は1番地味な色。

 黒髪は可哀想だといわれるくらい好まれない色だ。

 

「キレイだ」

 俺はこの黒髪が好きだと言うカイロスにセレスティは切なそうに微笑んだ。


 黒髪をキレイだと言ってくれたのは3人目。

 クロノスと、フォレスト公爵と、そしてカイロス。

 どうやらこのフォレスト家は代々変わり者らしい。


「冒険者をしながらいろんな街に泊って、景色を見たり買い物したり」

「すぐ隣かもよ?」

 あの二人なら迷いの森を挟んで右と左の可能性が高い。

 彼らの立ち位置を考えると右に逃げたのがザック、左に逃げたのがオーステンだ。

 

「それでもいいよ。セレスと一緒にいたいんだ」

 カイロスはセレスティの髪をそっと離すと優しく微笑んだ。


 独り立ちじゃなくて?

 まだ一緒にいてもいいの?

 セレスティの胸が熱くなる。

 切なそうな表情のカイロスにセレスティは「うれしいわ」と微笑んだ。


 翌朝すぐに髪色を変える秘薬を作り、着替えを詰めた。


「自分で持てるよ?」

 討伐の時は自分で荷物を持っていたと話したが、荷物は全部カイロスが持ってくれることになった。

 

「さぁ、出発」

 手を繋ぎ、迷いの森を進む。

 ラグー街とは反対方向に向かっているつもりだが、ここは迷いの森。

 本当の方角はわからない。


「ザックよりオーステンの方が用心深いから、ラグー街よりもハルバ街の方が遠いと思うわ」

「へぇ~」

 薄暗い迷いの森を抜け、その日は草原で野宿になった。

 火も水も魔女の力で出せるので何も困らない。

 食材は草原でホーンラビットを調達し、カイロスは丸焼きにして食べた。


「……たくましく育てすぎたわ」

 まだ15歳なのに、本当は王子なのに。

 ワイルドすぎるカイロスを見ながらセレスティは笑う。

 

「どう? 料理も洗濯もできて護衛にもなる夫」

 お買い得だよとおススメされたセレスティは「そうね」と微笑んだ。


 ……本気なのにな。

 冗談で流されてしまったカイロスは肩をすくめる。

 いつか俺を好きだと言わせてみせるよ。

 カイロスは月明かりに照らされたセレスティの後ろ姿を見ながら切なそうに微笑んだ。


 翌日たどり着いた最初の街でハルバ街について尋ねた。

 迷いの森の左方向も、ラグー街よりも遠い距離というセレスティの予想は見事に当たっていた。

 いくつかの街を経由し、時には野宿もしながらハルバ街を目指す。


「疲れてない?」

「大丈夫。討伐隊の時は、1日にもっと長い距離を歩いたのよ」

 どこにいるかわからない時の魔物を探すために毎日たくさん歩いたとセレスティは当時を思いだした。


「時の魔物ってさ、逃げたって習ったけれど、やっつけたわけじゃないんだよね?」

「うん、もう復活してる」

「えっ?」

「実はね、カイと初めて会った日に時の魔物が挨拶にきてね」

「は?」

「もうすぐ復活するよって」

「え?」

 世界を混沌に陥れる悪魔だと言われる時の魔物が挨拶に?

 それを軽く、先日知人に会ってね、くらいのノリで話すセレス。


「……なんか、セレスってやっぱすごいわ」

 カイロスはまだまだ敵わないと溜息をつきながら綺麗な青空を見上げた。


「カイ、ハルバ街に着く前に髪色を変えたら?」

「もう夕方だし、フードがあるし、国境も越えたし、今日はこのままでいいや」

 宿屋に入ったら誰にも見られないからとカイロスは深くフードを被り直した。

 髪色を変える秘薬は限りがある。

 だから節約して使いながらここまで来た。

 まだ半分以上残っているので帰りも問題ないだろう。


 それにここはもう隣国。

 万が一、カイロスが王子だとバレてもフォレスト国は手が出せない。


「大きな街だな」

 ハルバ街は道路もキレイに整備され、街の真ん中に川が流れる綺麗な街だった。

 上の方だけ雪が積もった山を背景に建物の赤レンガが栄え、川や湖が夕日を反射して光っている。

 国境も越えて身の安全を確保した上で景色が良い街を選んだのはオーステンらしいとセレスティは思わず立ち止まった。


「うわっ」

 10歳くらいの少年がセレスティの背中にぶつかり、尻餅をつく。


「ごめんね、大丈夫?」

 急に立ち止まったセレスティにぶつかってしまった少年に、セレスティはしゃがんで手を差し伸べた。

 じっとセレスティの手と顔を交互に見る少年。

 そのまま視線はカイロスに。

 今度はセレスティとカイロスを交互に見た後、少年はぼそっと呟いた。


「英雄と魔女」

「……え?」

 驚いたカイロスが慌ててセレスティを引き寄せ、背中に隠す。


「何者だ」

 少年を睨みつけるとカイロスは剣に手を掛けた。

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