第4話 魔女の村

「聞こえなかったの? 迷いの森に捨ててきなさい」

「ですが、王妃様。カイロス様は第二王子。そのような場所に……」

「陛下が外遊中は私がこの国で1番偉いのです。私の命令に従えないのなら、」

「わ、わかりました」

 侍従セバスは騎士に命じ、まだ5歳のカイロスを動物用の檻に。


「助けて!」

 カイロスがどんなに訴えても、全員見て見ぬふり。

 第二王子カイロスを乗せた馬車は、国王不在の城を出発した。

 

「カイロス様。すみません」

「王妃様には逆らえないのです。申し訳ありません」

「待って! 置いて行かないで!」

 馬車を迷いの森の中に放置し、去って行く騎士たち。

 

 真っ暗な森に一人残されたカイロスは、恐怖で震えた。


 イヤだ、死にたくない。

 なんで殺されなきゃいけないの?

 ロドリーは自分で転んだのに。


 馬がいなくなった馬車は森に放置され、動く気配はない。

 檻の鍵さえあけてくれなかった騎士たち。

 このままここで死ねということだ。


 死にたくない、死にたくない、死にたくないっ!

 カイロスは小さな手でギュッと檻を握りしめた。

 

 真っ暗だった森に月明かりが差し込むと、急に目の前の木々が見えなくなった。

 木が消えたという表現の方が正しいかもしれない。

 馬車は動くはずがないのに、目の前の景色が変わっていく。

 不思議な出来事にカイロスは自分の目を疑った。


「……子供? どうして?」

 ここは魔女の村。

 ここに入ることができるのはここで生まれた者か、ここから持ち出された何かを持っている者。

 関係のない者が入ることはできない。

 セレスティは突然現れた檻に入った子供を不思議そうに眺めた。


「た、助けて。死にたくない」

 檻の中の子供が必死で訴える。

 月明かりで輝く綺麗な金髪、小さいのに整った顔、そして身に着けた服は高級品のようだ。

 

 こんな小さな子供でも、愛しい恋人クロノスに見えてしまうのは、人恋しいからだろうか?

 セレスティは寂しそうに微笑んだ。


「鍵を壊すから少し離れて」

 セレスティは南京錠に手をかざす。

 固いはずの鍵は簡単にジュワッと溶けて下に落ちた。


「おねーさんは魔女なの?」

「……そうよ」

 怖がっているのかと思ったセレスティは、キラキラ目を輝かせている子供に戸惑った。


「やっぱり! 箱の髪と一緒だからそうだと思った!」

「箱の髪?」

「入っちゃいけないところにある魔女の髪! あの髪もツヤツヤで綺麗だったけれど、おねーさんの髪の方が綺麗!」

 魔女の髪?

 ……まさか、フォレスト公爵が切った私の髪?


「今日、その魔女の髪を触った?」

「な、な、なんでわかったの? 見ていたら落としちゃって、床に落ちて、それで、その」

 モジモジと俯く子供にセレスティはクスッと笑った。


 檻を開けて手を差し伸べると、小さな手が握り返してくる。

 もしクロノスとの間に子供がいたら。

 なんて馬鹿なことを考えた自分にセレスティは苦笑した。


「地面に扉! すごい!」

 部屋に入ると自動で明かりが灯る魔女の家。

 木の家具は使い込んだ愛用品。


「ここに座って」

 セレスティは少年を長年主人がいなかったクロノスの椅子に座らせた。

 少年のズボンには数本の黒い髪。


 あぁ、私の髪だ。

 フォレスト公爵が死んだ証に持って行った私の髪。

 セレスティはなぜだかフォレスト公爵がこの子に引き合わせてくれたような気がした。


「私はセレスティ。名前を教えて」

「カイロス! カイロス・フォレスト」

 フォレストの名前にセレスティは目を見開く。


「フォレスト公爵?」

「ううん。フォレスト国」

「マクスベール国ではなくて?」

「あっ! 知ってる! 昔はマクスベールで、英雄が王様になってね、それで国の名前が変わったって習った!」

 英雄ってクロノスだよね?

 フォレスト国になった?

 クロノスはそんなこと言っていなかったけれど。


「1000年くらい前だよ」

 ちゃんと歴史の勉強しているよと得意げな顔をするカイロス。

 セレスティは1000年という言葉に息が止まりそうになった。


 カイロスは迷いの森に来た経緯を話しているうちに眠ってしまった。

 帰ったら殺されると泣きながら。


 どうしたら良いのだろう?

 この子をここで育てる?

 この子はクロノスの子孫。

 似ていると思ったのは気のせいではなかった。

 セレスティはカイロスをベッドに運ぶと、外へ食料を探しに出かけた。


「……ここの野菜は相変わらず元気ね」

 クロノスがいた頃よりもさらに生い茂った畑でトマトを手に取りながらセレスティは昔を懐かしんだ。


「……それにしても1000年、ね」

 まさかそんなに経っていたなんて。


「あっという間だったのでは?」

「えっ?」

 突然の声に驚いたセレスティは声の方に勢いよく振り返った。


「……時の、魔物?」

 なんだか若いけれど。


「やっとここまで回復したんです」

 以前は20代の美男だったが、今はまだ10代のような若さ。

 逃げてすぐは子供の姿だったが、ようやく魔力がここまで回復したと時の魔物はニヤリと笑った。


「魔女さんは今日も美しいですね」

「……何しに来たの?」

「あなたは私のモノなのに、男を連れ込んだので」

 男を殺しに来ましたと軽く言う『時の魔物』の目は笑っていない。

 セレスティはブルッと身震いした。


「2度目ですよね。1度目は魔力が回復しておらず、ここに来られなかったのです」

 殺せなくて残念ですと言われたセレスティは時の魔物を睨みつけた。


「魔女さん。私と一緒に生きていきましょう? 2人なら寂しくないですよ」

「あなたのせいで母も祖母も、この村のみんなが消えたわ」

「あぁ、そういえばそうでしたね」

 セレスティの横を通り、家に向かいそうな時の魔物の腕をセレスティは掴んだ。


「あの子は殺させない」

 時の魔物の腕を掴んだセレスティの手からメラッと炎が上がる。

 時の魔物は腕を振り払うと、まるで蝋燭を消すかのようにふっと簡単に炎を消した。


「私を殺せばあなたも死にます」

「じゃ、今すぐ殺すわ」

「あの子を迷いの森に残して?」

 ニヤッと笑う時の魔物の言葉にセレスティは目を見開く。

 だから今日来たのだ。

 絶対に殺されない日に。


「あんな子供の世話よりも、私と世界を壊しませんか?」

 くすくす笑う時の魔物。

 セレスティは眉間にシワを寄せた。


「まぁ、今日は挨拶に来ただけなので。あの子も見逃してあげますよ」

 また来ますねとウィンクすると、一瞬で時の魔物は消えた。


 ……あの子を強くしなくては。

 時の魔物に殺されないくらい、強く。

 セレスティは野菜を手に持つと、急いで家へと戻った。


「住む! ここに住む!」

 翌朝、カイロスは大喜びだった。

 

「その代わり、剣の特訓をするわよ」

「うん! 僕ね、本当はロドリーより強いんだ。でも騎士団長がロドリーに勝っちゃダメって」

「ロドリー?」

「兄上だよ。兄上の母上の方が偉いの」

 正妃の息子ロドリーより側妃の息子カイロスの方が優秀だから殺そうとしたってことね。

 国王は一体何をしているの?

 クロノスの時もそうだったけれど、王家って本当に腐ってるわ。


「これをずっと着けていて」

 セレスティはフォレスト公爵の形見、クロノスが受け継いだネックレスをカイロスの首にかけた。


「おそろいよ」

「わぁ!」

「これがないとこの家に帰ってこれないの。だから絶対に外さないで」

「わかった!」

 

 食事はスープとサラダ。

 スープはざっくり切って煮ただけ。

 王宮の食事に比べたら質素で物足りないだろう。


「ごめんね、味付けが適当で」

「おいしいよ」

 セレスティには味がわからない。

 もちろん蘇ってからだが。

 食べられないわけではないが味がしない物を口に入れる気にはならず、昔クロノスと一緒の時もセレスティは食べなかった。


「あとで一緒に街へ行きましょう」

「え、でも」

「魔女の力で姿を変えてあげるから大丈夫!」


 セレスティは魔女の秘薬で茶髪に変えた。

 長い髪は適当な長さで切る。

 切ってもどうせ明日には元の長さに戻っているので惜しくもない。

 

 カイロスの服は高級すぎるので、セレスティの子供の頃のワンピースを着せて女の子に。

 帽子にセレスティの茶髪をつけてフードを被せたら髪の長い女の子の出来上がりだ。


「可愛いわ」

「スースーする!」

 そっちに目覚めてしまったらどうしようかと思ったが、街で普通にズボンを選ぶカイロスにセレスティはホッとした。

 採れたて野菜と子供服を交換。

 靴や日用品は今朝作った傷薬と交換してもらった。

 

 言葉は変わっていなかったけれど、この1000年の間に文字は変わってしまったらしい。

 セレスティは店の看板さえ読めない自分に苦笑した。


「5歳の金髪の男の子を見なかったか?」

「緑のジャケットに白いズボンの男の子だ」

 店の主人たちに声を掛けている騎士たち。


「帰りましょう」

 セレスティは震えるカイロスの手をギュッと握り、騎士たちに見つからないように急いで帰った。


 翌日から2人で剣の特訓を始めた。

 クロノスの剣はまだ大きすぎるので、木の棒で。

 10歳になる頃には魔術の才能も見えはじめ、セレスティはカイロスに魔術も教える事にした。


 セレスティは文字を覚え直した。

 やはり読み書きはできた方がいいと思ったからだ。

  

 偽名で冒険者登録をし、練習ついでに二人で簡単な討伐もした。

 目立たないように依頼は最低限に。


 そして15歳になる頃には、王宮魔術師も王宮騎士団も彼にはかなわないのではないかと思うほどカイロスは強くなった――。

 

「セレス。作業は明日にして、もう寝よう」

「明日売る傷薬をもう少し作りたいから、カイは先に寝て」

「ダメだ、そう言ってまた眠らない気だろう」

 カイロスはセレスティの手から薬草をヒョイッと取り上げると、セレスティの手を握りベッドに連行した。


「私は眠らなくても平気なのよ?」

「寒いから一緒に寝て」

 先に寝ころび、ポンポンとベッドを叩くカイロス。

 グイっと引っ張られ、結局ベッドに引きずり込まれたセレスティは溜息をついた。


「もう大きいんだから」

「はいはい、おやすみ」

 ガッチリ掴まれ、逃げられないセレスティはあきらめて目を閉じる。


 眠らなくても平気。

 だが、横になれば眠ってしまう。

 最近あまり眠っていないせいか、セレスティはカイロスよりも先に眠りに落ちた。


「もう寝てるし」

 カイロスはあっという間に眠ってしまったセレスティに苦笑した。

 

 背はセレスティよりも大きくなった。

 魔術はまだ敵わないけれど、剣は同じくらい強くなった。

 料理もできるようになった。

 

 それでもまだ子ども扱いだ。

 どうしたら男として見てもらえるのだろうか?


 寝顔を眺めながら待っているとすぐに始まる寝言。

 

「……ロ、逝かないで……」

 泣きながら眠っているという自覚はあるのだろうか?

 満月が近くなると眠らなくなることも、時々、遠くをぼんやり見つめていることも自覚はないのだろう。

 カイロスはセレスティの黒い髪を一房取り、口づけして戻す。

 

「もういない男よりも、俺にしろよ」

 泣きながら眠るセレスティを抱きしめながら、カイロスはゆっくりと目を閉じた。

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