第9話 生活とドッペル

 小雪が脱いだ制服を着て、スクールバッグを受け取る。

 普段と逆で、今日は小雪が私を見送ってくれた。


 久々に履いたローファーを鳴らして、久々の通学路を歩く。

 交差点の傍で、里香がスマホを弄って待っていた。


「里香ー、おはよう!」


「おはよう! 今日遅かったじゃんー、来ないかと思った」


「ごめん~」


 けらけらと笑って、横断歩道を渡る。

 里香が昨日彼氏と通話した時の話を聞きながら、登校。


「おはよう!」


 教室に入って、カナと優紀にも挨拶。

 みんなで1つの机を囲って、新作ドリンクを飲んだとか、今日は論国が自習かもしれないとか。

 下らない話で笑って、驚いて、また笑う。


 1限目の授業は眠気と戦って、2限目は問題を解くのにいっぱいいっぱいになる。

 3限目は2つ前に座った森田くんの後ろ姿をみちゃったりして、4限はお腹が鳴らないか不安になって。

 その間を縫うように、4人で下らない話をする休み時間がある。


 お弁当を用意できなかったから、昼休みは購買で買ったパンを食べた。


「雪、ダイエットやめたの?」


「チートデイだよ」


「そんなこと言ってたら効果出ないぞー」


 と弄られて、勝手に笑いが零れる。

 食べないダイエットはよくないらしいよ、夜いっぱい食べてるよ。

 それじゃ意味ないんだって、夜食べるから昼抜くのー。


 また、勝手に口角が上がった。

 あははっと、明るい声が出た。

 こんなに笑うのは久々な気がして、とにかく気持ちがよかった。


 5限の授業は本当に自習で、6限のLHRは体育大会の種目決め。

 6時間の授業はあっという間に終わってしまい、放課後になる。

 4人で少し話してから、里香と一緒に下校する。


「ただいまー!」


 普段と変わらない時間を数日ぶりに過ごして――何だか晴れやかな気持ちだ。

 鞄から鍵を取り出して、玄関の鍵を開ける。

 桃色の鈴がチリンと鳴って、耳に心地よかった。


「おかえり!」


 大きな声で言うと、小雪がぱたぱたと駆けてきた。


「どうだった……って、聞くまでもなさそうだね」


「うん、楽しかったよ」


 私の顔を見て、小雪はそっくりな顔を綻ばせる。

 楽しかった。隠すことも、取り繕うこともできないくらい。ただただ楽しかった。


 普段通り。大きな行事も事件もない、ただの1日。

 なのに私はずっと笑っていて、1つ1つの出来事がキラキラと輝いていた。


「どう? 日記、書けそうでしょ!」


「うん」


 書けそうだ。いや、書ける。

 外側だけ見ると普段通りで、しかし内容はいつとも被らない、今日しか書けない日記が。


「雪の日記は、とっても素敵だと思う! 日常の素敵な部分を拾い集めて、ぎゅって詰め込んでるから」


「……ありがとう」


 小雪が毎朝日記を見るのは、そんな理由だったのか。

 いつの間にか、小雪は私以上に私の生活のことをわかっていて、私にそれを教えてくれた。


「これからは、ちゃんと学校に行く。自分のことは、自分でやる。それが、私の生活だから」


 朝小雪に言われて、やっと気が付いた。

 私がつまらないと思ったのは、スケジュールに目を向けてしまったから。

 中身に目を向けず、外側だけを見たからだ。

 小雪に説明する時や報告を聞く時、私達は外側のみをやりとりしていたから、苦しくなったのだ。


「それがいいよ。雪、楽しそうだもん。なのに……何で、そんな顔してるの?」


 小雪がそっと、私の頬を撫でてきた。

 私は、悲しい顔をしていたのだろうか。


「楽しかったんでしょ? さっきまで笑ってたじゃん」


「うん、ごめん……」


 今度はその手を頭に移動させ、小雪はゆっくりと撫でてくれる。

 その唇が、にこりと笑みを作った。


「雪が楽しそうで、嬉しかったよ。早く、私の電源を切って」


 何でといいながらも、小雪は私の顔が歪む理由をわかっていて。

 自らはっきりと、その理由を表に出した。


「……嫌だ」


「何で? もう、代わりなんていらないんでしょ?」


 代わりなんていらない。私は私の生活をする。

 だけど――小雪を失いたくは、ない。


「小雪と一緒にいたい」


 小雪は私の手を引いて、私の部屋まで連れていく。


「駄目だよ。仕事がないなら、私はお休み。エネルギーも勿体ないでしょ!」


 クローゼットを開けて、いつものように座って。

 私が電源を切るのを、覚めない眠りに就くのを待っている。


「仕事がなくても、話相手になってくれるとか。一緒にゲームするとか……」


「それは、私の仕事じゃない。雪は私じゃなくて、家族や友達と過ごすべきだよ」


 無理を言っていることは、わかっている。

 それでも私は、小雪と一緒にいたい。

 私はやっぱり、小雪を双子の妹か何かのように見ていて。

 仕事がないからと言って電源を切るなんて、嫌だった。


「でも――」


 小雪が、立ち上がった。

 立ち上がって、ふわりと私を抱きしめた。


「大丈夫だよ。電源を切ったって、死ぬわけじゃないんだから」


 触れた所から温もりが伝わってきて、視界が滲む。

 今回ばかりは、私の我儘を聞いてくれる気はないようだった。


「また何かを代わってほしくなったら、起こしてね。そんな時、来ない方がいいんだけど」


 小雪が私の手を掴んで――とんと、電源ボタンに触れさせた。

 私を抱きしめる力が弱くなって、ゆっくりと、熱が失われていく。


 今すぐにでも、適当な理由でも作って、小雪を起こしてしまいたい。

 しかしそれは小雪の気持ちを踏みにじる行為だということは、私にもわかった。


「ありがとう……!」


 きっと、届いていない。ただの自己満足。

 それでもいいから小雪に伝えたいことを、たった一言に閉じ込めた。


 **


 後日、小雪をクローゼットの奥にしまい込んでから、1週間程経った頃。

 ネットニュースで、ドッペルロボットの製作者インタビューが流れてきた。

 何気なくタップして、難しい大人の話を流し読みして――


 ――こんなものを作っておいて、と思われるかもしれませんが。

 皆さんには、自分の生活を大切にしてほしい、と思っています。


 という言葉だけが、しっかりと脳に焼き付いた。

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【奨励賞受賞!】ドッペルロボット 天井 萌花 @amaimoca

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