第5話 帰り道
目的の素材を無事に手に入れ、無人島を後にした帰り道。
「驚きました」
優雅に上空を飛行し、真っ直ぐに天空図書館へ向かう巨大なロック鳥の背で、ミラムは言葉通り驚いた様子で言った。
「私はてっきり、クエレブレを倒して鱗を奪うものだとばかり。まさか、対話をして譲ってもらうなんて……いやそれよりも、言葉が通じるとは」
「クエレブレは薄いけれど、妖精族の血を持つ竜だ。同種の王である僕の言葉は通じるよ」
答えつつ、アリエスは手元で銀色に輝く二枚の鱗を眺めた。
宝石のように美しく、また宝石のように硬質。それに触れているだけで、クエレブレの強さというものを実感することができた。
「あの妖精竜はとても強い。命の奪い合いをすれば、僕もタダでは済まなかった。あの子が対話と交渉に応じてくれて、本当に良かったよ」
「遠くから見ていた限りだと、お師匠様はクエレブレを交渉の席に無理矢理座らせたようにも見えましたが」
「それはあの子が炎のブレスを吐いてきたからだよ。大人しく話を聞いてもらうために、仕方なく魔法を使っただけ」
「クエレブレを大人しくさせる魔法って……」
「並みの魔法使いでは到底使うことができない上位魔法ですね。流石です、お師匠様」
もう驚くのも馬鹿馬鹿しいと言った感じに呆れるミラムと、とても誇らしそうに瞳を輝かせるラナ。
先ほど見た光景にそれぞれが反応を示すと、先ほどから一言も声を発していなかったメレフがポツリと言った。
「妖精王は何でもできるんだね」
「何でもは無理だよ。魔法は便利であっても、万能じゃない。できること以外はできないさ」
「……そ」
アリエスの回答がつまらなかったのか。それを最後に、メレフは興味なさそうに、退屈そうに、ロック鳥が進む先を見つめた。こちらへ振り返ることもなく、視線を正面に固定し続ける。
そんな彼女の背中を、アリエスは注視した。
まだ出会って一日も経っていないが、彼女は姉のミラムとは違い、完全に心を閉ざしたままだ。素の自分を隠し続け、負の感情で覆い続ける。特にアリエスに対しては距離を取っており、信用の欠片もない。向けられる視線は全て鋭い。
まるで、親の仇を見るような目だ。
……いや、完全に間違いとは言い切れないか。
寧ろ、どちらかといえば正しいとすら言える。
メレフはそれを本能的に、直感的に感じ取っているのかもしれない。
「申し訳ございません、アリエス様」
妖精王という呼称ではなく名前でアリエスを呼んだミラムは頭を下げ、メレフに聞こえない程度に声量を落とした。
「あの子はまだ、母の死から立ち直れていないんです。もう母が旅立ってから百二十年近く経っているのに……今もまだ、復讐に囚われ続けています」
「エルフの……長命種の時間間隔は人とは全く違う。千年以上を生きるエルフにとって、百二十年なんて長期間とすらいえないだろう。仕方ないさ。特に復讐となると、どうしても長引く」
一度点火した復讐の炎は簡単に消えない。雨に晒されようと、風に吹かれようと、揺らぐことすらないのだ。それは短命の人間であっても同じこと。中には死ぬまで復讐心を抱き、囚われ続けた者もいるのだ。
メレフに関しても、驚きはない。
無論、良いことではないが。
ミラムはメレフを見た。
「ずっと考えているんです。どうしたらあの子を復讐から解放してあげられるのか。どうしたら、自分の幸せを追求してくれるようになるのか。考えて、考えて、考えて……その結果、私はもう一度母の魔法を見れば、あの子も心を入れ替えてくれると思い、アリエス様の元に参りました」
「そういうことだったんだね……」
ミラムが母の魔法を蘇らせる目的を聞き、アリエスは納得した。
素晴らしい理由だ。大切な妹に幸せになってもらうために、ミラムは魔法を求めてアリエスを頼った。妹思い、家族思いな彼女には、素直に称賛の言葉を贈りたい。きっとこれまでも、多くの努力をしてきたのだろう。妹のために。
感心し、アリエスはメレフからミラムへと視線を移し、彼女に言った。
「いざとなれば、僕が何とかしてあげるよ」
「? できるのですか?」
「多分ね」
「……危険なことは許しませんよ?」
アリエスの表情と声音に何かを感じたらしい。ラナは細めた目でアリエスを見つめ、忠告した。
どうしてこの子はこう、鋭いのだろう。
女の勘というやつだろうか。
忠告をしたラナに対してそんなことを思いつつ、アリエスは苦笑しながら頷いた。
「安心して、ラナ。怪我をするとか、命を懸けるとか、そういうことはしないから」
「では、具体的にはどういう方法を?」
「まだ決めてないよ。思いついてすらない。その時になったら考える」
「……嘘っぽいです」
「嘘じゃないよ。精霊王の名に誓う」
「随分と大きなものに誓いましたね……わかりました」
「信じてくれて何より──」
「でも嘘だったら罰を与えます。具体的には、どれだけ夜更かししても朝の七時に起こします」
「地味に嫌だな、それ……わかったよ」
絶妙に嫌なラインを攻めるのが上手いな、この子は。
隠すことなく嫌な顔を晒しながらも、アリエスはラナが提示した罰を受け入れた。
罰が実行されることがないよう気をつけよう。
心の中で、そう思いながら。
妖精王の天空図書館 安居院晃 @artkou
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