帽子の力は二度発揮する
ふもと かかし
帽子の力は二度発揮する
野球は九回ツーアウトからと言うが、守備側からしたらたまったものではない。
今、僕がそんな状況に置かれていた。
夏の甲子園大会県予選決勝、九回の裏ツーアウトランナー無し、3対1でリードしている。マウンド上の僕を含め、ベンチも応援席も勝ちを意識してしまう。
それがいけなかった。次のバッターに、甘く入ったストレートを捉えられてしまう。
フェンス直撃のスリーベースヒット。
「バッター勝負」
キャッチャーが檄を飛ばしてくる。僕は帽子のつばを見た。大きく七転八倒と書いてある。
これは、僕の彼女が書いてくれたものだ。七転び八起き的な気持ちで書いたのだろうが、意味的には逆だろう。
「ばか! 早く言ってよ」
指摘した僕が逆に怒られた。そしてすぐに書き加える。つばには、小さく九勝と。曰く、七回八回と苦しくても九回で勝てば良いらしい。
思い出して、少し噴いてしまう。お陰で無駄な力みが抜けた。
次のバッターは、スライダーを引っ掛けさせてセカンドゴロに打ち取る。
「終わった」
ほっとした。その僕の耳に、左右から真逆の騒音が飛び込む。
悲鳴と歓声だ。送球が逸れて、ファーストが飛びついた。何とか捕球はしたものの、ベースからは足が離れている。バッターはその隙に駆け抜け、一塁はセーフ。サードランナーもツーアウトなので、ホームへ突っ込んでいた。
1点返されて3対2となる。
攻撃側は大盛り上がりだ。ツーアウトでランナーが一塁、バッターは県大会で7ホーマーの4番打者である。ホームランで逆転サヨナラとなってしまう。
タイムが掛かり、ベンチから伝令が来た。勝負か敬遠かは僕らで決めていいとの事だ。迷う僕を他所に、みんなは勝負一択だと、早々にポジションへと笑顔で戻って行く。
「馬鹿ばっかりだ」
勝負が延いては甲子園が、僕の双肩にのしかかる。途端に腕が重くなる。疲労だけではない。
コントロールが定まらずに、ポンポンポンとボールが続く。会場は敬遠かと、がっかりムード。だが、バッターは獲物を狙う目のままだ。この三球のどれも、勝負をする球だと感じ取っていたのだろう。
僕は帽子を取ると、中を見つめる。
「ふっ」
腕が軽くなった。
渾身のストレートは、ジャストミートされる。勢いよくボールは飛んでいった。僕目掛けて。
倒れ込んだ僕の帽子が、空へと舞い上がる。
白球が収まったグラブを、高々と掲げた。空に舞う帽子の中には、『ふぁいく』と書いてある。
「たっく、抜けてるんだから」
帽子の力は二度発揮する ふもと かかし @humoto_kakashi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます