第15話 六年前の約束 / 未来
ラグナータ帝国軍に災厄をもたらしているのは、ディオンの率いるリヴォルティア公国の精霊使いたち。今までに起こった災害を見ても、少なくとも火、水、地の精霊使いを手中に収めている。
彼らの力の源は、フィオナの災厄の精霊。これまで起こった災害に対して、自分は無関係だとは言い切れなかった。
(わたしは生きているだけで、世界が滅びに向かってしまうのだわ……)
アングレシアで再び幽閉生活に戻り、一日も早くフィオナと災厄の精霊がこの世から消えることが、世界のためになる。このままルシアンのそばにいたら、おそらく簡単には死なせてくれないだろう。
でも――
(わたしはディオン兄様の力を呪いで封じることができたわ。他の精霊使いたちも、もしかしたら、わたしの力で抑えることができるかもしれない)
フィオナが死を待つ間も、精霊使いたちは好き勝手にその力を使い、世界に災厄をもたらしていく。それくらいなら、先に彼らを止める方が正しい行いのような気がしてきた。
(これ以上、精霊の力で誰も傷つけたりさせないわ……!)
「ルシアン様、わたしも帝国軍の一員として、戦わせてください。精霊使いたちを止めます」
フィオナはルシアンを見上げて、はっきり告げた。
「とんでもない!」
ルシアンがぎょっとしたように目を見開いたかと思うと、フィオナを抱く手に力がこもった。
「そのようなことをさせるために、あなたを迎えに行ったのではありません。僕の妻として幸せに生きてほしい、それ以外のことは望んでいません」
ルシアンの目に揺るぎはない。本当に、本当にそれだけを思って、フィオナを迎えに来てくれたのだと、今は信じられる。
うれしい、とフィオナは初めて思えた。胸がほんわかと温かくなって、これがルシアンの与えてくれる『幸せ』なのだと気づいた。
フィオナは「ありがとうございます」と、心からの笑みを浮かべていた。
「――でも、これまで精霊使いたちのしてきたことは、わたしが持つ災厄の精霊の力に起因しているようです。彼らを放置して、誰かが不幸になっているのを知りながら、わたしだけ幸せになることはできません」
フィオナがまっすぐにルシアンの目を見つめると、その顔を隠すように彼の胸に強く押し付けられた。
「フィオナ姫、僕はあなたが望むことなら、何でも叶えてあげられます。すでに、あなたが生涯退屈しないように、作家を何人も育てていますし――」
フィオナはぐわっとルシアンの手を振り払いながら顔を上げていた。
「……はい!? わたしのために、そこまでしていたのですか? まさか、『名探偵セベット』シリーズの作者様も!?」
「その内の一人です」
ルシアンにあっさりと頷かれて、フィオナは唖然としていた。
ルシアンがアングレシアへの輸出を禁止にできる以前に、作家に書かせないようにすることも可能だったとは――
「なのに、あなたは本を読むことより、戦いに行くことを望むのですか?」
一瞬、ものすごい究極の選択を迫られている気がしたが、フィオナの迷いはすぐに消えていた。
「……はい。今は精霊使いたちを止めることの方が優先です。読書は世界が平和になったら、ゆっくりさせてもらいます。わたしはもう、早死にする気はありませんから。時間はいくらでもあるはずです」
フィオナがニコリと口元に笑みを浮かべると、ルシアンもうれしそうに笑って返してきた。
「それはつまり、僕と結婚して、これからもそばにいてくれるということですよね?」
「はぁ、え? そこまで言ったつもりは……」
(そういう意味に取られるの? ずいぶん飛躍した解釈になっていない?)
言い方がおかしかったのか。フィオナが自分の発言を思い出して口ごもっていると、ルシアンが怖いくらいに真剣な眼差しを向けてきた。
「フィオナ姫、何度でも言いましょう。バラ園で約束をしたあの日から、僕の生きる理由はあなた以外にありません。約束を反故にしたいというのであれば、どうぞ『死ね』と一言。喜んで死んでみせましょう」
今にも腰の銃に手をかけそうになるルシアンを見て、フィオナは慌ててその手を押さえた。
「死んでほしいなんて、わたしは絶対に思ったりしません!」
「では、僕と結婚していただけますか?」
「そ、そういうことは、戦争が終わって、落ち着いてからの方がいいと思うのですが……」
精霊使いたちの力を封じたら、フィオナに宿った災厄の精霊の力はどうなるのか。
世界を一度滅ぼすつもりだという精霊神に、何らかの動きはあるのか。
その時、フィオナの身はどうなっているのか――
未来に何が起こるのかわからないことばかりの今、結婚を承諾することはできなかった。
「まだ良い返事は聞けないのですね」
ルシアンが残念そうに肩を落とすのと同時に、フィオナもため息をついていた。
(このやり取り、いったい何度繰り返すのかしら……)
それは考えるまでもなく、ルシアンのプロポーズの返事に「はい」と答える時まで、になるのだろうが――
(でもまあ、いつかわたしが結婚するとしたら、相手はきっとこの人しかいないわ)
だから、六年前の約束は、まだ反故にはできない。
〈第一部 完〉
引きこもり元王女は、世界と溺愛を天秤にかける。 糀野アオ @ao_kojiya
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