第14話 フィオナ / 任務

 フィオナはルシアンの馬の背に乗せられ、抱きしめられるようにバーナムへの道を進んでいた。


 ルシアンの胸の鼓動が聞こえるほど、身体をぴったりくっつけているのが恥ずかしく、居心地が悪い。しかし、馬から落ちるのはもっと怖いので、これは仕方のないこと、と自分に言い聞かせていた。


 結局のところ、フィオナがディオンと乗っていた馬車を囲んだのは、ルシアンが率いるラグナータ帝国軍の一団で、盗賊ではなかった。軍の動きを悟られないように、軍服の上にわざとボロをまとって、傭兵団、、、を装っていたらしい。現在、盗賊にしか見えない恐ろし気な騎兵たちは、フィオナたちの馬の後ろで隊列を保ちながら並足で追ってくる。


「……あの、ルシアン様、先ほどわたしを迎えに来たと言っていましたけど、どうしてわたしがあの馬車にいることがわかったのですか?」


 この街道はウルフェルト公国とボラッテス王国をつないでいる。最前線の国境にいたルシアンがバーナムに戻るとしたら、必ず通る道。西に向かうディオンの馬車とすれ違うのは、必然と言えた。


 しかし、本来ならフィオナはアングレシア王国に帰るために、北に向かっていたはずだ。この街道上の馬車の中にいると思う方がおかしい気がする。


「ああ」と、ルシアンは口元に笑みを浮かべて、ちらりとフィオナを見下ろした。


「ヴィンスがあなたの伝言とともに、鳩で知らせてくれたのですよ。フィオナ姫がアングレシアではなく、西に向かったと。馬車の特徴も書いてありましたから、すぐにわかりました」


「なるほど。優秀な部下なのですね」


 フィオナが感嘆の声を漏らすと、ルシアンの片眉が珍しく不機嫌そうに上がった。


「どこがです? フィオナ姫を屋敷から出すなと命令しておいたのに、それすら守れないのですから、無能です」


 正面を見据えてきっぱり言い切ったルシアンの表情は、ぞわりと寒気をもよおすような恐ろしいものだった。


(もしかしてルシアン様って、実は怖い主君なのでは……?)


 フィオナの前ではいつもニコニコしている彼が、普段部下や使用人たちにどう接しているのか、実はあまり知らなかった。


「ヴィ、ヴィンスは悪くないわ。わたしが無理にでも帰ると言ったから、仕方なくそうしただけで……ディオン兄様相手では、大惨事になりそうだったのです」


「確かにあなたを取り戻すことはできましたが、肝心の任務の方が完遂とまではいきませんでしたから」


 見上げると、ルシアンの顔は憂鬱そうに曇っていた。


「任務?」


「このところ、西側連合軍との戦いにおいて、不自然な災害が頻発していましてね。もしかしたら精霊使いが絡んでいるのではないかと調査していたのです」


「気づいていたのですか? 新聞でもそのような記事はありませんでしたけど」


「精霊使いというものは、それだけに扱いが難しいのです。下手に反感や怒りを買ったら、どのような災いが降りかかるかわかりません。確たる証拠もなく、疑ってかかるような記事は帝国でも出せないのです」


「なるほど……」


「そこで、皇帝陛下から直々に僕に任命されたのが、その証拠を得ることです。ただ、彼らは工作員のようなもので、戦場に姿を現すこともなく、なかなか尻尾がつかめない状況でした」


「それは確かに難しいかもしれないですね……」


「一つの策として、僕が屋敷を留守にすれば、あなたに接触してくる精霊使いがいるかもしれないと思ったのです。西側連合軍の裏にいる者なら、あなたが帝国側にいるのは不都合なことでしょう?」


「はい、その通りだとわたしも思います……」


 まさにルシアンの言う通り、フィオナを迎えに来たのは、精霊使いたちを集めてこの大陸を支配しようとしているディオンだったのだ。


「ですから、もしも精霊使いが訪ねてきたら、確認できた時点で、ヴィンスには拘束するように命じておきました」


「つまり、わたしをおとりにしたのですか?」


 フィオナの問いに、ルシアンは慌てたように首を振った。


「誤解しないでください。もともと誰が訪ねてきても、あなたに会わせるつもりはありませんでした。まさかアングレシアの王子がやってくるとは思わず。これは僕の失態です」


 ヴィンスも王子が相手では、気軽に質問もできず、ましてや精霊使いとわかったところで、簡単に手出しはできなかっただろう。


「しかも、わたし自ら帰ると言い張って、屋敷を出ることになったと……」


 面目ない、とフィオナは頭を落とした。


「しかし、先ほどの戦闘でよくわかりました。一人の精霊使いに対して、百人の兵が取り囲んでも、まったく太刀打ちできない。あなたがいなかったら、全滅するところでした。ヴィンスも危ないところを、あなたのおかげで救われたのですね」


 ルシアンから鮮やかな笑顔を向けられたが、フィオナは素直に喜べなかった。


「そんな、大げさです……」と、あいまいに笑って返した。

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