第2話 天使様とペンギンとロックンロール
頭に響く程大きなアラームで目が覚める、うるさい、寝起きの頭が重い。
朝だ、今日も1日生きないといけないのかと思うと溜息が出る。
朝6時、まだ眠い。
聞き慣れたアラーム、見慣れた天井、いつも通りの朝。
平凡な日々が続くと思ってた、だけど僕のいつも通りはあと2時間程で消えるのだ。
そう、今日からバイトが始まる。
清掃の。それも、死体の。
なんだかソワソワして落ち着かない、聴きなれた曲を聴くことにしよう、きっと落ち着くさ。彼らはいつだって僕を助けてくれる。
音楽は僕にとってはドラッグだ、ロックは脳を洗脳する合法的麻薬。多幸感に溢れ、気分が良くなる。
気が付いたら準備が終わっていた、寝起きより軽くなった頭で事務所に向かう。
昨日も来た廃墟みたいなビル、2回目でもやっぱりヤバいなと少し足が竦む。
恐る恐る4階を押して、エレベーターに乗る。ゆっくりと事務所のドアを開ける。
「おはようございます…」
「おはよー!冴木くん!
「はよ、ちゃんと来たな。今日はとりあえず1件だけ片付けてもらう。よろしく」
「はい!お願いします」
今日の永見さんは、スウェットではなくシャツにネクタイにベストだった。丸いサングラスにツーブロックで後ろで髪を結っている。
その格好は勿論、そしてやけに整った顔が余計に胡散臭さを醸し出す。
天使は昨日と髪型が違う、ポニーテールだ。リボンのついたヘアゴムで結んでいる。昨日はツインテール。毎日違うのか?涼宮ハルヒ的なアレか?
変な緊張感に情緒が安定せずすごく短い時間の中で思考がグルグルと回る。
「冴木くん?」
天使が心配そうに僕の顔を覗き込む。
「ごめん、まだ緊張してて」
「そんな気ぃ張らなくて良い。最初なんだし。気楽にやれ。俺らがいるから心配すんな」
永見さんはそう言いながら僕の頭の上にポン、と手を乗せる。その言動に、ちゃんと受け入れてくれてるんだと実感し、何だか嬉しくなった。少し口元が緩む、すると天使が
「あー!冴木くん嬉しそう!私も乗っける!」
と、永見さんの手の上に自分の手を重ねた。
「ははっ、何これ」
自然と笑みがこぼれる。
「ようやく笑った、ガチガチだったよさっきまで!」
「気が楽になった、ありがとうございます」
「良かった。じゃあ、今日の仕事の説明な」
永見さんは見た目は怖いけど良い人そう。
まだ分からないけど、悪い人では無いと思う。思いたい。
今日の仕事の説明を受け、3人で現場へと向かう。車で1時間30分程かかるらしい。
黒のピックアップトラック。後ろの荷台に清掃の為の道具が沢山詰め込まれている。
「ふぁーあ」
天使が眠そうに欠伸を繰り返す。
つられて僕も小さく欠伸をする。
すると永見さんが僕に問いかける。
「他人の欠伸ってなんでうつるか知ってるか?」
「わかんなーい」
「分かんないです」
「その相手と仲良くしたいかららしいぞ」
「は、恥ずかしい...」
「もうなかよしだよぉ...」
半分寝ながらむにゃむにゃと寝言のように天使が呟く。
その言葉は今の僕にはまだしっくりとこなかった。
まだ知らないことが多すぎるから。
信じたいとは思うけどまだ信じきれてない自分がいる。
きっと、こういうところも友達や恋人の出来ない原因なんだろうなとふと思う。
気付いたら天使は眠っていた。
僕も眠い、眠気でぼーっとする。
「冴木、普段音楽何聴くの」
永見さんが不意に問いかける。
「ロックとか聴きます、洋楽が多いです」
「特に好きなのは?」
「セックス・ピストルズとニルヴァーナです」
「へぇ、いい趣味してんじゃん。俺もロック好きだよ。なんか流すわ。」
すると、聞き慣れた音が頭に流れる。
「あ、Anarchy In The U.K.」
「流石。冴木、アナーキーの意味は知ってるか?」
また永見さんが問い掛ける。デジャヴ。
「えっと、何となくわかるけど、ちゃんとした意味は分かんないです」
「ルールが存在せず何者にも支配されない世界」
「それって、自由って事ですか?」
「そう。無秩序でいい、俺らの世界にルールは無い。命さえありゃ、好きにしていい」
その言葉は、今の僕にはまだ重かった。
だって、要は自立だろ。今の僕はまだ、縛られていた方が生きやすい。
「決まったルールの中で生きていく方が楽です、破る破らないは別だけど…」
「まあ、この言葉の意味はいずれ分かる。」
いずれ、自由になるのか。自由になってもどうしたらいいか分からず野垂れ死にそうだけど。
何て言ったらいいか分からず無言になってしまった。
話すのは嫌いじゃない。
だけど、自分から話題を振るのは難しい。
「冴木、ペンギンは何の動物の仲間か知ってるか?」
永見さんが問い掛ける。デジャヴ、と共に思うことがあった、永見さんは優しい。僕の事なんて放っておけばいいのに、質問をしてくれるからちゃんと会話になる。
「鳥...ですかね?」
「そうだ。なら、ペンギンは空を飛べるか?」
誰でも知ってるような事を問いかける。
当たり前、の事。
「へ?と、飛べないです」
「俺らの世界ではペンギンも自由に空を飛べる」
ペンギンが自由に空を飛べる世界なんて、普通じゃない。僕が踏み込んだこの世界は、やっぱり普通じゃないんだ。
飛べることが当たり前の鳥、なのに飛べない鳥。なんだか僕みたいだ、普通の人間のように生きてられない、人間の仲間はずれの僕みたいに。
「…僕でも、飛べますか?」
こんな質問今までの僕ならしないだろう。当たり前が当たり前になっていたから。
だけど今は違う、気がする。
「やりたいことはなんでも出来る、飛びたかったら飛べばいい、逃げたかったら逃げればいい。自由だからな」
ああ、今のは全部僕の事だったのか、周りくどい気がするが分かりやすい、分かってしまった。なんだかペンギンに同情、いや仲間意識が芽生えた。
「冴木、peace, love, empathyって知ってるか?」
「なんか聞いたことあるような…あ、遺書!」
「そう、カート・コバーンの遺書に書かれてた言葉。俺の大事にしてる言葉」
「平和、愛、...エンパシーってなんですか?」
「共感、だ」
「共感...」
「お前は他人に共感する事はあるか?」
「人じゃないけど、さっきペンギンに共感しました、ほぼ同情だけど…」
「別にそれでもいい。共感にも種類がある。人間には?」
「共感できる人間に会ったことがないから分からないです…」
「そうか。さっきの3つがお前の頭によぎる時、お前は孤独じゃなくなる」
孤独じゃなくなる…昨日、天使に手を握られた時、さっき2人に頭の上に手を乗せられた時、孤独じゃなかった、‘’愛‘’があったからか。
何だか心が穏やかになった気がする。グラグラだった情緒が愛に支えられて安定する。
すると、緊張の糸が切れたのか眠くなって欠伸が出る。
「後1時間くらい、寝ときな」
「ありがとうございます、いい夢見れそうです。おやすみなさい」
「おー、着いたら起こすわ。ってもう寝た?シャットダウンのボタンでも付いてんのか?」
何か聞こえた気がするけどもうほとんど意識は外になかった。
夢を見た。
よく見る、真っ黒な広い部屋に1人取り残される夢。
いつもならそこで蹲ってただ自分が死ぬのを待つだけ。
だけど今日は天使が出てきた。
大きな純白の羽で包み込まれる、幸せな夢。
「着いたぞ、お前ら起きろ」
永見さんの声で目が覚める。
「あ、おはようございます。運転ありがとうございました、すみません寝ちゃって」
「別にいい。いい夢は見れたか?」
「はい、幸せな夢でした」
「なら良かった。おい、凜音起きろ」
天使は、熟睡してるのか声を掛けても起きない為、永見さんが天使の体を揺さぶる。
「おはよぉ」
眠気眼をこすりながら天使が起きる。
「おはよ、爆睡してたね」
「うん、めっちゃ寝たよー」
「行くぞ、冴木これ持って。大事なモン入ってっから慎重に運べ」
「はい!って、重!」
でかい黒のアタッシュケースを渡される。重厚感がすごい。
僕はアタッシュケース、天使はリュック、永見さんはモップやバケツ、等諸々を積んだリヤカー。
だいぶ荷物が多い。そりゃそうか、死体があった場所を何も無かった状態に戻すのだから。
「再度確認。片すのは人間1人。ビルからから飛び降り自殺した死体。2時間以内に片付けること」
「はーい」
「はい!」
天使に続き僕も返事をする。
車を停めた場所から5分程歩いた所で急に鉄の匂いが鼻を衝く、なんとも言えない気持ち悪い匂い。
近くに行くと立ち入り禁止のテープが貼られていた。
「凜音、マスクとか出して」
「はーい!」
天使が大きなリュックの中からガスマスクとフード付きの防護服、軍手を3つずつ出した。
「はい、これ付けてこれ着てー」
ガスマスクなんて初めて付ける、目まで保護するタイプのやつ。映画みたいだなんて考えるけどこれからするのは死体の清掃。まるでフィクション。
全員の準備が終わり、永見さんを先頭にフェンスの中に入る。
生きてる人間じゃ有り得ない程の量の血と、グチャグチャになった死体が転がっている。地面に打ち付けられた衝撃で皮膚が地面にくっ付いてる。頭が割れて…と考えていると軍手越しの手に温もりを感じる。天使の手だった。
「大丈夫?」
心配そうに僕の顔を覗き込む。
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけ」
「無理そうならそこら辺座っとけ」
永見さんがリヤカーから大きな黒い袋を取り出しながら言う。
「大丈夫です!やります、自分で決めたことなんで」
「おー、頼もしい」
永見さんが大きな袋の中に死体を詰めていく。細かいものは入るけど胴体とか腕や脚は入れにくそうだなと思ったその時
「冴木、その箱の中身貸して」
と言われ、アタッシュケースを開けると中からチェーンソーが出てきて思わず「え?」と声が出た。
永見さんはそんな僕に構わずチェーンソーを受け取ると死体を切り刻んでいく。血飛沫が飛び散る。
「勝手に死体傷つけていいんですか!?」
「ああ、依頼の来た死体は全部骨にして返すから大丈夫。」
そういえば最初に言ってたなと思い出した。
天使は何も気にせずに周りに飛び散った血飛沫をモップと洗浄機で綺麗にしていく。
ああ、これがこの人たちの、この世界の‘’当たり前‘’なのだ。
僕は永見さんが切り刻んだ死体を袋に詰めていく。
「自分から動けるの偉いじゃん、冴木」
「い、今僕が出来ることこれくらいしかないんで」
褒められてちょっと照れくさくなり目線を下にやると、見たことあるマークが目に入った。
これって…うちの学校の校章…?血で染っていて気づかなかったけどスカートも確かにうちの学校のものだ。
スカートのポケットに何か入ってることに気づいた、生徒手帳。
…同じ学年だ。学校の人間は誰1人知らないから分からないけど、もしかして天使なら…わかってしまうかも、と思った時
「冴木くんどしたの?」
固まってる僕に気づいた天使が傍に来て問いかける。
なんて言ったらいいか分からなくて、生徒手帳を見せた
「え…」と、小さく声を出す、同時に持っていたモップが地面に落ちる音がした。
「あ?また凜音の知り合いか?」
「し、知らない」
‘’また‘’という言葉が引っかかる。
明らかに動揺している。落としたモップを拾う手が小さく震えている。
すると、永見さんが
「仕事に私情は挟むな、さっさと片すぞ」
とハッパをかける。
「ごめん、ごめん、大丈夫だよー。同じ学校だからびっくりしただけ」
大丈夫、じゃない大丈夫だ。どうすればいいのか分からなくなり目線を下に向ける。
すると、見た事のあるリボンが落ちていることに気付いた。多分、きっとこの死体の子は天使の友達だ。
そこから僕たちは誰も一言も喋らなかった。
気まずいとかではない、今は静かにしてる方がいいと思ったから。
「よし、終わった。忘れもんねぇか?」
「無いです!あれ、天塚さんは?」
目線が彼女を捉えた時彼女は血塗れのリボンを手にして泣いていた。まるで人間のように、人の死に天使が涙していた。
僕には死んでも涙を流すような人間がいないからどうしたらいいかわからない。でも、どうもしないのが正解の時もある、と思った。
「先車戻っとくぞ」
とだけ言い残して歩き出した永見さんに着いていく。
「あいつの周りさ、何故か人がいっぱい死ぬんだ。自殺、事故、殺人、理由は色々。」
永見さんがポツリと語り出す。
「へ?」
1回じゃ理解できなくて聞き直す。意味はわかるけど意味がわからない。
「友達が死ぬのもこれで何回目だろうな。それで、何故かいつもうちに依頼が来る。あいつの元に死体が来てるみたいに。残酷だと思わねえ?なんでこの仕事してんのかな」
さっき引っかかった‘’また‘’の意味が分かった。
残酷、そう、残酷だ。でもそれだけじゃない、何か分からないけど喉の奥が突っかえる、今はまだそれでいい、出てきそうになる言葉を飲みこんだ。
車に戻り荷台に死体や荷物を置く。
少しすると天使が戻ってきた。
「ごめんねー、お待たせ!お腹すいたから早く本部行こー!」
さっき泣いていた人間とは違う、僕が知ってる天使、天塚凜音がそこに居た。
「何食いたい?」
「パフェー!」
「じゃあファミレスな。はよ乗れ」
「ファミレス行くの久しぶりです」
「ファミレスってさー、何食べるか迷うくないー?」
「わかる、美味しそうなの多いもんね」
「俺はハンバーグ一択だな」
普通の会話に少し違和感を覚える、違う、違和感なのか何なのか、わからない。
ふと天使を見ると髪についてたリボンが無くなっていた。
どこかに落としたのか?否、最初から付いてなかった、さっき落ちてた血塗れのリボンも幻覚。そうに違いないと言い聞かせた。
頭がおかしくなりそうだ。普通じゃない。
流れる音楽に耳をやる。聞き慣れた声、音楽はドラッグだ。僕の脳を麻痺させて、助けてくれ、シド・ヴィシャス。
天使様と最低な僕 72g @72gwww
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