煩悩金縛り

香久乃このみ

第1話 煩悩金縛り


 金縛りってご存じですよね。

 意識はあるのに体が動かなくなって、怖い思いをするというあれです。

 かくいう私も、経験したことがあります。


 それは、ある真夜中のこと。

 天井や部屋の様子が完全に見えている状態で、体が全く動かなくなりました。

 耳元ではラジオノイズのような、ザーザーとした音が流れています。

 そして体は、圧縮袋に包まれたかのようにしっとりと締め付けられていました。

(あっ、これ金縛りやん)

 過去にTVや本で見た怖い話が、頭の中を駆け巡ります。

 よくあるパターンなら、これから私の胸の上に謎の老婆が出現し、正座して重みをかけてくることでしょう。


 しかしこの状況下で、私はとても落ち着いていました。

(確か金縛りって、体が眠っているのに脳が活発なレム睡眠状態になった時に起こる現象じゃなかったっけ?)

 レム睡眠とは夢を見ている状態です。つまり今の自分は、寝室で寝ているという夢を見ながら脳が「起きている」と錯覚している状態だと判断したわけです。

 胸の上に老婆が、と言うのも、「金縛りが起きると、胸の上に恐ろしい幽霊が出現する」との思い込みが生む悪夢に過ぎない。私はその説を思い出しました。


(ならば!)

 私は、自分を押さえつけているのが推しであるという妄想を、全力で始めました。

 具体的には、某人気の刀の付喪神で紫の槍のキャラです。今、私にのしかかっているのは、筋骨隆々の彼だと想像をしたのです。


 なんと、この目論見は成功しました!

 今、私に重みをかけてくるのは、恐ろしい顔の老婆ではありません。

 めちゃくちゃ好みの顔のイケメンが、優しく微笑みながら私に体重を預けてきます。

「主……」

 なんて、甘くも深い静かな声で囁きながら。


(すごい! 私、夢をコントロールできた! これならもっと大胆なシチュエーションも、このリアリティをもって楽しめるのでは!? そう、布団越しなんて言わず、じかに触れあって……!!)


 ……などと考えているうちに、不意に体を締め付ける力は薄れ、目の前の推しは一つ揺らぐと消えてしまいました。

 その時の喪失感と言ったら!!


 私は確信しました。

 金縛りは、想像力さえあればかなり遊べるおもちゃだ!と。

 その日以来、私は金縛りが起きるのを心待ちにするようにすらなりました。

 次があればこんな展開にしてやろう、ぐへへ、と手ぐすね引いて。


 ところがそれ以降、私は金縛りに全くかからなくなってしまったのです。

 なんでだよ、淫靡な夢見させてくれよ! 来いよ金縛り!!


 性は生に通じるので、あの世のものが嫌うと言う話もあります。

 煩悩まみれの私など、金縛りも相手にしたくないのかもしれません。


 ――了――

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