父のお土産

ろくろわ

子供の頃の思い出

 もう随分と昔の事だ。

 父と母は仲が悪く、父も私に対して厳しく接してくる時期があった。

 あれは私がまだやっつ位の時だから小学二年生の頃だろうか。私の故郷ふるさとは四方を海に囲まれ、本島に行くのにも船で十二時間程かかる小さな離島だ。

 そんな小さな離島だから、当然、都会のように専門のオモチャ屋さんやケーキ屋といったものは無く、テレビのコマーシャルで、オモチャの宣伝を見るたびに羨ましく思ったものだ。


 そんな、何もない田舎に住んでいた私の唯一の楽しみが、都会の出張から帰る父が買ってくるお土産だった。


 父は町の役所で働いており、年に四回ほど本島の役所に出張に行っていた。そして帰ってくる時には必ずオモチャやドーナツといった物をお土産として買ってきてくれ、私はそれが楽しみで仕方がなかった。


 ところがあの日。珍しく出張先が遠い東京だった時、父からのお土産が無かった。今までにもお土産がハズレの時はあった。私の父は所謂いわゆる教育パパと言われるような人で、勉強に煩く、算数の問題集や知育玩具と呼ばれるものをお土産に買ってくる事があった。オモチャが欲しい私は、がっかりしたのを覚えている。まぁ兎に角、お土産が無いと言うことはなかった。

 それなのに、父はお土産はないと言い、その鞄は平たく潰れ、ペチャンコになっていた。そう言えば出張から帰ってきた父はいつもより口数が少なく、どこか顔つきも険しかった。いつも出張帰りで疲れていても、真っ先にお土産をくれる父は、あの日そこにはいなかった。


 もしかすると、父は東京でお土産を買うことの出来ない何かがあったのかもしれない。よく、都会は怖い所と聞いていたから。


 だけど、当時の私はそこまで考えることが出来ず、お土産が無いと言う事だけがショックだった。そしてその現実を受け入れる事が出来なかった。


 だから。


 だから私は父の出張に使っている皮の鞄をひっくり返した。もしかしたら、実は何か買ってきているのかもしれないと。

 ペチャンコになっている皮の鞄を隅々まで探し、そして僕はチャックで閉じられたポケットの中から遂に見つけた。


 母のパンツを。


 厳格な父の出張帰りの鞄から出てきた母のパンツに、私は思わずそれを取り出し、母に見せにいった。

「お父さんが出張にお母さんのパンツを持っていってるよ!」

 ってね。

 お母さんがニッコリ笑っていたのを覚えている。


 父と母は仲が悪く、父も私に対して厳しく接してくる時期があった。そして父は出張に行ってもお土産を買ってくる事は無くなった。


 大人になった今、思うことがある。


 出張先にわざわざ母のパンツを持っていくのだろうか。果たしてアレは本当に母のものであったのだろうか。


 それを確認する術が、今はもう無い。



 了

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父のお土産 ろくろわ @sakiyomiroku

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