殺人現場に至る

ナカナカカナ

殺人現場に至る

 ウチの近所に……どう申し上げたらよろしいでしょうか……少し問題のある、ご家庭がありまして。

 お年を召したお母様とその娘さん、2人暮らしのご家庭がありました。『騒がしい』と言いますか……夜になると口論がご近所に聞こえてくるんです。


「コ◯スぞ!」とか「◯ね!」だとか……まあ、そういった物騒な大声が近所に響くのが通例になってるわけです。

 それに加えて救急車やパトカーなどが度々呼ばれて……大変だなぁ。と他人事のように思っていたんです。


 そんな、ある日。仕事を終え家に帰ると、例の家の前に救急車がサイレン光らせて停まってたんです。

 まあ、救急車だけならいつもの事ですし、例え例の家じゃなかったとしても「急病の方でもいらっしゃるんだろう」と思うだけです。割とご高齢の方が多い所ですから。

 でもね。その日はちょっと様子が違いまして……野次馬の方が大勢そこに集まってらっしゃったんですよ。

 おかしいじゃないですか。

 別に事故があって警察が来てるわけでも火事が起こってるわけでもないんです。ただ救急車が1台停まってるだけで人集ひとだかりだなんて……

 だから私も気になってスゥッとその人集ひとだかりの方に吸い寄せられて行ったんです。

 すると、その人集ひとだかの中にウチの自治会長の姿を見つけまして


「どうしたんですか?」


 って声かけたんですよ。すると自治会長、なんにも言わずにアゴでクイッと「あっち見て」って合図だけしたんです。

 その先を見ると、その家の娘さんだけが救急の隊員さんを前にヌゥッと立っていたんです。本当にただ、立っているだけです。

 救急隊員さんが何を話しても、表情一つ変えず、なにも喋らず、宙空のどこか1点をジッと見て、ただ立っているんですよ。

 その様を見て私、鳥肌が立つと同時にある事を直感的に認識したんです。

 それをね。口には出さずに自治会長の方に視線でぶつけてみたんです。


「コレ……娘さん、お母さん殺しちゃってません?」って。


 すると自治会長も口には出さずに


「うん。殺しちゃってるね」って頷いたんです。


「マジですか〜……」って頭抱えると


 自治会長も「うん。これマジでっちゃってる。絶対」


 って無言でコクコクって頷くんです。


 そっから詳しく話を聞いてみたんですけど、かれこれ15分ほどこの状態で膠着状態らしく、家主である娘さんがそんな調子なので救急隊員の方もどうしていいか分からない。という状態だったんです。だから私は自治会長に


「もう警察呼んだらどうです?」


 って言ったんですけど


「なにが起こってる・・・・・って確実に分からないし……部外者の私が呼ぶのもねぇ……」


 ということらしい。まあ……それもそうか。と思い


「じゃあ、私はこれで……」


 と、なにも出来ることないので帰ることにしたんですよ。すると


「ああ、ちょっと待って。それでね今から皆で中に入ることにしたんだよ。君も一緒に来てくれない?」


 はぁ?


 はぁ? ですよ。なに言っちゃってんの、この人。中で人死んじゃってるんですよ。それ……なんで……


 て混乱してたら、ご近所の有志が集まって、あれよあれよと捜索隊が組まれ……

 いつの間にか私、1番前に添えられてたんですよ。


 ん?


 え? なんで私が……


「なんで私が1番前なんです?」


 当然聞きました。すると……


「君が1番若いからね」という返事が返ってきました。


 その通り。この中では・・・私が1番若い。


 いや……だから何だ! だから何だっつーんだよ!

 だからこそ! 若い私を死地に向かわせるなど言語道断ではないか! アンタらもうすぐお迎え来るんだから!


 などと口が裂けても言えるはずがなく、まあ……しょうがなく一番前で他の皆さんを引き連れて家の中に入って行ったわけです。

 平屋の一軒家。中は何故か灯りが一つとして点いていませんでした。玄関から灯りを点けていくんですが……


 怖いんですよ。灯りが点く度に死体が横たわってるかもしれないと思うと……


 台所、居間、寝室……


 所によってその死に様を想像してしまうわけです。台所でだと包丁で……だとか……寝室や居間だと絞殺で……だとか。

 そんなことを想像しながら恐る恐る、一つずつ部屋を確認して行きました。


 最後に、残ったのが浴室でした。


 本当に最後。ある・・としたら、もうここしかないのです。

 脱衣所から電灯のスイッチを入れ、灯りをつけました。

 灯りが点いても、なぜか薄暗い浴室は実に不気味で……緊張と恐怖のあまり、鳴り響く心臓のバクバクという音が直接耳に届いているかのようでした。


 薄暗い浴室の、その浴槽には実に乱暴に浴槽のふたが被さっていました。

 なるほど……と思いました。浴槽に沈めて殺したのだと……このふたを開ければ……そこに溺死体があるのだと。


 私は振り向いて、一緒に来ていた皆さんを見渡し無言で確認を取りました。

 皆さんが無言で頷くと私は意を決してふたに手をかけ、一気に捲りました。


 その瞬間です。浴室の灯りがいきなり消えたんです。


 後ろで叫び声が聞こえました。真っ暗な浴室で複数人の男達はパニックになりました。後ろから叫び声がしたからか、誰かが私を後ろから押し、私は頭から浴槽に突っ込みました。

 その時です。体全体が押し込まれるのを防ぐ為に伸ばした両手が浴槽のひんやりとした水に着水した瞬間、細い糸のようなものが無数に絡みついて来ました。


 あ。これ髪の毛だ。と理解すると


「ぎゃあああああああああ!」


 と叫びながら手足をバタつかせ、私は浴槽から出て振り返ると


 そこにはもう誰もいませんでした……


 私は浴室から飛び出し、廊下を走り、その家から急いで出ました。


 もうね。怒り心頭ですよ。私を一番前に添え、浴槽に押し込み、私を置いて皆逃げてったんですから!


 でもね。それより気になる事が外で起きてまして……救急車がね。いなくなってるんです。娘さんもね。


「あ、あれ?」


 って頭の上でハテナマークを浮かばせてたら外で待機してた方が私に経緯を教えてくれました。


 娘さんは結局、調子が悪かっただけで救急車に乗って行ってしまったということ。お母さんは、痴呆が進みしばらく前から施設に入っているということ。


 つまりね。皆が早合点しただけで、最初からなんの事件性もなかったということなんです。

 私ね。それ聞いて怒りよりもホッとしちゃいまして……

 だって、誰も死んでなかったわけですから。まあ……結局、何事もなくてよかった、よかった。って話なんですがね。


 でもね……


 手には浴槽に突っ込んだ時の人毛が絡みついたままだったんですよ。

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