一水四見
おもち
しおり
茜色の夕日が放課後の図書室を照らす。
開放した窓から金木犀の香りを乗せた涼やかな風が吹き込み、手元のプリントがかすかに浮上した。
室内は閑散としていて、僕たち図書委員2人の姿しかない。静かなその空間に、時間だけがゆったりと過ぎていった。
「初音、もう書けたんか?」
僕が声をかけると、彼女は手元の本に栞を挟み顔を上げた。
ふわりとした黒髪に桜色の唇。青みがかった黒い瞳と透けるような白い肌は、煌びやかな琥珀糖を連想させた。
正直、初音には一目惚れだった。
容姿はもちろん、触れたら消えてしまいそうな彼女の雰囲気が、とても儚く美しく感じたのだ。気づけば彼女に夢中だった。
「うん。書けたよ。」
彼女はふわりと微笑んだ。
図書委員である僕らが、読書をテーマにした短歌を書いて欲しいと司書の先生から頼まれたのは今から1時間ほど前のことだ。なんでも、読書の秋ということで図書だよりに掲載したいらしい。
かれこれ1時間ペンを握っている僕の右手は、いっこうに動き出してくれない。
「そんなに難しく考えなくていいんだよ。例えば、今の自分がしてることとその思いを書くとか。」
まぁ私の場合はそれが書きやすかっただけだけどね、そう付け足して初音は挟んでいた本の栞を抜きとった。
初音の栞には桃色のパールがついていて、それが夕日を反射し美しく光る。
「初音がかいた句、見せてくれよ!」
僕が唐突に言うと初音は少し驚いた顔を見せる。彼女はもしかしたら見せることを躊躇していたのかもしれないが、彼女の方へ身を乗り出した僕にはもう遅かった。
紙には、想像通りの整った字で17音が並んでいた。
───頬染めて ページをめくる 放課後の
しおりのそばで 鼓動高まる───
「すげえな!恋愛小説読んでる時ってことか!」
彼女が読んでいる本にはカバーがかけられタイトルはわからなかったが、きっとその小説は恋愛ものなのだろう。
じゃあ僕はミステリー小説をテーマに書いてみようか。
「ねぇ夏目くん。」
僕の考えがようやく纏まりそうになったその1歩手前で、初音の澄んだ声が僕を呼んだ。
「掛詞って知ってる?」
急な質問に戸惑ったが、つい先週の古典の授業の記憶からその単語を引っ張り出した。
「なんか、あれだろ。短歌とかで発音が同じ1つの言葉に2つとか意味を込めるやつ。」
「うん、そう。」
初音はそう答えると、また手元の小説に視線を落とした。
「いや掛詞がなんだよ!」
いきなり出てきたその単語にツッコミを入れると、初音はくすっと笑った。
「そうだ。書くことが思いつかないなら、この本読んでみる?」
掛詞の話をそらした初音は、さっきから自分が読んでいる小説を僕に向けた。
「ホラー小説なんだけど、すごい面白くってね。」
彼女はずっと、涼しげな表情をしてホラーを読んでいたのか。
ホラーという単語が室内に響くと、外からの風が少し冷たくなったように感じた。
というか、
「それ、恋愛小説じゃなかったのか。さっきの句聞いてそうだって思ってたんだけどな。」
初音のほうへ目をやると彼女のまんまるな目と僕の目が合い、笑みを浮かべた彼女に僕の目は釘付けになった。
窓の向こうの夕日は、よりっそうその色を濃くした。
初音が唇を動かす。
「私ねぇ、恋愛小説ってあんまり読んだことがないんだぁ。君はさ、どんな本が好きなのかな?
夏目しおりくん。」
少年が少女の乙女心に気がつくのはそう遠くない未来のはなし。
一水四見 おもち @omochi999
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