23.転校って、とっても大変なの
四時近くになって、二人は昭和小の校門にたどり着いた。二時スタートの五年生はもちろん、全ての学年のレースは既に終了していた。けれども閉会式が終わって間もなかったようで体操着に上着を羽織った生徒と保護者たちが、次々と校門から出ていくところだった。
「いるの? その、なんとかちゃんとやら」
「芽衣ちゃんね」
ココは答えながら目を一生懸命動かして、下校する昭和小の生徒を次々と追って、知った顔を探していく。
「ココーっ!」
どこからか女の子が名前を呼ぶ声がした。ココがキョロキョロと首を動かしていると、校門の向こう、まだ校庭の方から真っ赤なトレーナーを来た女の子が大きく手を振っていた。
「ナチョーっ!!」
姿を認め、女の子の名前をココが叫ぶと、周りの生徒たちが一斉にココを見る。
「ココっ!?」
「ココだーっ!!」
ココが転校前にいた五年四組だけでなく、他のクラスだった子達もココを見つけて次々と集まってきた。あっという間にココの周りに人だかりができる。
「どうしたの? 遊びに来たの!?」
「会いたかったよ、元気してた!?」
「会えて嬉しい! 久し振りだねーっ!!」
集まった女子も男子もココに声をかけ、ハイタッチをしたり抱きついてきたりして再会を喜んでくれた。ちょっとした騒ぎだ。ココの顔にも笑みがこぼれる。
「ココ!? どうしたの!? 今日は来れなくなったんじゃないの!?」
互いの母伝いで聞いたのか、校舎の方から芽衣ちゃんが目を丸くして一直線で駆けてきた。転校前より少し髪が伸び、背もちょっと伸びた芽衣ちゃんは、集まった生徒の向こうから手を伸ばしてきた。ココも手を伸ばし、芽衣ちゃんの指に自分の指を絡ませて、ぐいと引き寄せる。
みんなに会いたかった。そして一番仲良かった芽衣ちゃんとは、すごく会いたかった。会ってたくさん話をしたかった。
「モモがね、熱出してね。お母さんが連れて来られなくなっちゃったんだけど、内緒で歩いてきちゃった!」
「ええーっ!?」
ココの告白に、芽衣ちゃんだけでなく周りにいた五年生が一斉に驚きの声を上げた。
「山ノ上ニュータウンでしょ!? 何時間かかったの?!
「歩いたの!? 大丈夫なの!?」
「すごくない!? 怖くなかったの!?」
みんなが口々と尋ねるなかで、ココは芽衣ちゃんの指をそっと振りほどいた。そして生徒たちの輪から飛び出て、校門へ向かう。校門の外でぼんやりと中を見ていたリセの手首をつかむと、来てと促して二人でみんなが集まっているところに戻っていった。
「この子、リセ! リセが一緒に歩いてくれたから怖くなかったよ!」
「ちょ、ちょっとココ?」
初対面の生徒たちに突然紹介されて、リセは動揺してココの顔を見る。ココはリセに白い歯を見せた。
「新しい学校の友だち?」
芽衣ちゃんは大きく瞬きして、並んだココとリセの顔を交互に見た。
ココとリセは同時に、顔を見合わせる。
「とっもだちぃ~?」
「とっもだちぃ~?」
二人一緒に声を出してしまい、それに気づいた途端二人またも同時に噴き出した。
おなかを抱えて笑い出したココとリセに、周りの昭和小の五年生はぽかんとしていた。ややあって芽衣ちゃんが目を細める。
「もうそんな仲いい子できたの? 早くない?」
二人を見守るかのようにそっと笑いながら芽衣ちゃんが尋ねると、ココは目尻の涙を指でぬぐいながら答えた。
「わたしら十五人しかいないから、毎日が濃いんだよ!」
その後マラソン大会を応援していた芽衣ちゃんの母がやってきて、ココが来ていることに気づき目を丸くした。
ココが家からいなくなった母は、家のそばを探し回った後にまさかと思い至って芽衣ちゃんの母に電話したのだという。来ていないと答えた芽衣ちゃんの母だったが、ココを見つけてすぐにココの母へ電話をしてしまった。
三十分後に車で駆け付けた母は、芽衣ちゃんやリセ、芽衣ちゃんの母や昭和小のみんながいる前にも関わらず思いきり怒鳴った。
「このバカっ!! どんだけ心配したと思ってるの!!」
顔を真っ赤にして怒る母に、口答えすることはさすがにはばかられた。ココは素直にごめんなさいと謝った。
ココがいなくなってすぐ母は父にも電話をし、出勤日だった父も慌てて帰宅してココを探したのだという。今はモモの面倒を父に任せて、母は車をすっ飛ばしてきたのだと言った。
車は後部座席にココとリセを乗せて、昭和小のみんなとの挨拶をそこそこに走り出した。先ほどの山の中を通る近道には行かず、車は街道を進んでいった。
「モモは? もう大丈夫なの?」
ココの問いに、母はバックミラーでちらりとココの表情を確認すると、視線を前に戻して答えた。
「薬が効いて、もう熱は引いたわよ」
妹が熱を出したというのに勝手に昭和小へ歩いていったココへの怒りが、母のそっけない口調に表れていた。
どうしてもみんなに会いたくて、勝手に歩いて昭和小まで行った。それでもモモのことは心配だし、大切に思っている。それを伝えようとココが腰を浮かせた時だった。
「ココのお母さん」
突然助手席の後ろに座っていたリセが、口を開いた。昭和小と関係もないのに、何故か娘と長い距離を歩いた初対面のリセに母は戸惑いながら返事をした。
「なあに? リセちゃん」
母はラジオを切った。車の中に沈黙が訪れる。リセはバックミラーに写るココの母の表情を確認すると、口をきゅっと引き締めた。そしてゆっくりと話し始める。
「あの、わたしたちにとって転校って、とっても大変なんです。新しい家は嬉しいけど、何もかも変わって、新しいところで、また一から作り上げていくのって、とってもとっても大変なの。分かってください。分かってあげてください」
「えっ……」
言い終えて深々と頭を下げるリセ。
ココはその震えている手に、自分の手をそっと重ねた。
顔は窓の外を向ける。
車の窓には、同じようにココに背中を見せて窓の外を見る、リセが写っていた。それでも二人は、重ねた手を離さずにいた。
車の外に流れる街灯が、信号の光が、ぼんやりとにじんで揺れた。
了
わたしたちの学校は生まれたて 塩野ぱん @SHIOPAN_XQ3664G
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