22.ココのケガ

 二人はその後も遅いとか疲れたとか悪態をついたり、小突き合いながら歩き進めていった。一体どのくらい歩いただろう。

 日が西に傾き始めた頃、山の中を走っていた道はカーブを曲がった後で急に開けた。道の先で、多くの車が行き交う道路に突き当たっているのが見えた。

「リセ、もう少しだよ!」

 青い道路標識に書かれている白い文字が『昭和駅2km』とあるのを見たココは、飛び上がらんばかりに喜ぶ。よく見ればぶつかっている街道は、前住んでいた家からよく自転車を走らせていた通りではないか。

 

 腕時計は三時半を過ぎたところだった。マラソン大会開始の二時は大幅に過ぎているが、思っていたよりは大分早かった。やはりリセの言う通り、この山道は近道だったらしい。ココは嬉しくなり、疲れているのも忘れて走り始める。


 その時だった。

 足がもつれ、しまったと思った時にはココの体はアスファルトの道路に叩きつけられていた。

「ココ!」

 リセが急いで駆け寄り、ココの腕をつかむ。ココはそれを支えにしてゆっくり立ち上がろうとするが、ひざに痛みを覚えて顔を歪めた。

「ったあ……」

 うめき声をあげ、ココが痛みの走る膝を見ると、大きく擦りむけ血がにじんでいた。

「ココ、血……!」

 ココは痛みに顔を歪めながら、小さくうなずいた。もう少しで着くところなのに、なに転んでなどいるのだろう。見ていると血は、膝から盛り上がるようにあふれ出しココの脚を伝って地面に垂れた。

 

「ちょっと待ってて!」

 言うや否や、リセは痛みをこらえるココを置いて向かう先の街道の方へ、駆け出して行った。


 数分後に戻って来たリセは、ペットボトルを持っていた。

「なにそれ、どうしたの?」

 ココの問いにリセは答えず、手際よくしゃがんだ自分の肩にココの手を乗せる。ココの体重を自分にかけさせて、血の出ているココの膝を曲げ、前に突き出させた。そこでリセは手にしたペットボトルを開けて、ココの膝に水をかける。

 再び膝に鋭い痛みが走り、ココの口から小さく呻き声が漏れるが、リセは我慢してと言って水をかけ続けた。小さな砂利や土が流されたのを確認すると、リセはリュックのサイドポケットからハンカチを取り出し、躊躇なくココの膝に押し当てた。

「汚れちゃうよ!」

 ココが驚いて声を上げるが、リセは落ち着き払ってハンカチをそっと押さえ、ココに道路の上に座るよう指示する。

「フブキのタオルとかだったら、こんなこと絶対してやらないけど」

 相変わらずの憎まれ口を叩きつつ、コートのポケットから小さな箱を取り出す。それはコンビニのテープの貼られた真新しい絆創膏だった。箱を開けて正方形の大きめの絆創膏を取り出すと、ハンカチをココの膝から外して手際よくさっと貼り付けた。

「ねえそれ、ペットボトルと絆創膏……」

 ココは立ち上がりながら、恐る恐るリセに尋ねる。まだズキズキと膝は痛むが、絆創膏に少し血がにじむ程度になり、リセのおかげで歩くのに支障はなさそうだ。

「もしかして今、買ってきたの? コンビニで?」

 ココの問いにリセはうなずいた。ココは目を見開いた。

「ちょっと! そんなの買って、帰りどうするのよ!」

 リセは四百円しか持っていなかったのだ。それなのに水と絆創膏を買ってしまったら、電車で家に帰れなくなるではないか!

「そこは先にありがとうって言ってよ」

 相変わらずの憎まれ口である。

「ていうかあのね、あんたコケてそんな傷作っておいて、そのまま歩けるわけないでしょう。いいのよ、わたしだけでも歩いて帰れば」

「そんなわけいかないでしょ!! わたしも一緒に歩くから」

 時刻は既に三時半過ぎ。今日は冬至だ。今から引き返しても、確実に途中で真っ暗になる。そんななかリセ一人で帰すわけにはいかない。ココの噛みつかんばかりの即答に、リセは顔をそらした。

「二人でも、帰りはこの山道歩くのは嫌だよ」

 そのリセの意見には、ココも賛成だ。暗くなってから、この山道を行くのは絶対嫌だ。

 リセがそっとココの人差し指をつかむ。ココもなにも言わずその手を握り返した。

 

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