21.しかえし

「わたしが最初にココを見た日、二学期の始業式の登校途中だったの」

「覚えてるよ」

 アスファルトの上り坂を息を切らしながら話すリセに、ココは相槌を打った。

 

 今でもはっきり覚えている。ぐずるモモを説得しながら母と三人で学校へ向かう途中、リセが鼻で笑いながら横を通り過ぎていったこと。

「甘えたやつだなって思ったの。妹も、ココのことも。親に見守られてさ。そんでイラっとして、ちょっとバカにして笑ってやった」

 やっぱりあれは、バカにしていたのか。ココは右頬をぴくりと上げる。

「だってわたしの親は転校初日も、一緒に来てくれなかったんだもん。お父さんは仕事、お母さんは弟たちの保育園」

「えっ、初日から?」

「大人数兄弟と、連れ子の宿命よ」

 さっきは親が離婚して再婚したことなど気にしていないと言ったリセなのに。

 頬をふくらませながら、大人びた口をきくリセは、やっぱりどこか複雑だった。

「そんであんた初日から大将に堂々立ち向かっちゃったりして、なんか優等生っぽくてさ。親に大事にだいじーにされてんのかと思ったら、超ムカついてきて、嫌いになった」

「あのさ、勝手に決めないでよ」

 まさかそんな理由で、最初から敵意むき出しの態度で接せられていたとは。ココはこぶしを作り、リセの脇腹に軽くパンチをお見舞いする。

「ごめん。だって、ココの親も実はそんな厳しかったり、勝手にノート見たりするとか知らなかったからさ」

 ココのパンチを受けながら、リセは顔の前で手のひらを縦にしてみせた。

 すると突然隣で歩いていたリセが、ココの視界から消えた。驚いて横を見ると、その場にしゃがみこんだリセが勢いよく走りだしたところだった。

「リセ!」

 ココが名前を呼ぶが、リセはアスファルトの山道を一気に駆け上がっていく。天然パーマの髪が肩の上で元気に跳ねた。ココも慌てて走るが、リセの足は速くてどんどん離されていく。息切れしたココがもう駄目だと坂の途中で立ち止まるのと、上り坂の頂上でリセが足を止めて振り返ったのは、ほぼ同時だった。


「リセ?」

 坂の上で足を開いて立つリセを、昼下がりの太陽が白く照らす。冬晴れの青空の下でリセの白いスカートが風にあおられ、はためいた。

 リセは口を大きく開けると、胸いっぱいに息を吸い込む。ぎゅっと目を閉じて、これでもかとばかりの怒鳴り声を上げた。

 

「ジンちゃんは初めてできた友だちだったから、誰にも取られたくなかったのーっ!」

 

 突然叫び出したリセを、ココは足を止めたままぽかんと見上げる。

「な、なんのこと?」

 意味が分からず瞬きを繰り返すココに、リセは息を整えながら言った。

「わたし、前の学校で友だちがいなかったの! みんなに話しかけなかったら、気がつけばいつも一人ぼっちで。それでもマンガを描いてればいいやって、寂しいのに素直になれなくて……それでずっと誰にも相手にされなくて……なのに転校したらジンちゃんが真っ先に話しかけてくれたの。友だちになってくれたの。だから他の子に取られたくなかったの!」

「リセ……」

 リセは歯を食いしばり口をぎゅっと横に開いてこらえているようだが、涙は次々とほおを流れていた。それを拭こうともせず、リセは続けた。

 

「だから……ごめん、ごめんココ。最初に蹴ったわたしが悪いの。だってココが、ジンちゃんと仲良くするから。ココは明るくてみんなともすぐ仲良くなって、きっとジンちゃんはココの方を好きになっちゃうって、取られちゃうって……」

「バカっ!!」

 ココも負けじと、両手をぐっと握りしめて怒鳴り声を上げた。

「取るとかないでしょ! みんなで友だちになればいいだけでしょっ!」

 ココは右足のスニーカーを脱ぐと、リセめがけて投げつけた。白いスニーカーは真っ直ぐリセには届かず、アスファルトの道路でバウンドしてリセのふくらはぎに当たった。そのまま道路に転がったココのスニーカーを、リセは拾い上げた。

「リセに蹴られた仕返しーっ!」

 ココは叫びながら、右を靴下のままリセに向かって坂道を走り始めた。

「どこが仕返しだよ……」

 リセは涙のこぼれる目を細め、頬を歪ませて微笑んだ。語尾がかすれ、小さく震えた。

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