守護者の笑劇

鮎川 雅

守護者の笑劇




「……参謀殿。参謀殿! 起きて下さい!」


 当直将校室の寝台の上で仮眠をとっていた俺は、汗びっしょりになって目覚めた。真夏の午後の日差しが射すガラス窓の外では、蝉時雨が響いていた。


 目をこすりつつ、上体を起こして振り向くと、通信将校の鴨井かもい少尉が、直立不動の姿勢をとっていた。


「お休みのところ申し訳ありません、参謀殿」

「……いや、こちらこそ済まん。完全に眠りこけてしまっていた……」

「ここ数日、まったく休まれていませんから、仕方ありませんよ」


 そう言って、俺より十ばかり年下の……まだ二十歳そこそこの鴨井は笑った。


西岡にしおか部長がお呼びです」


 俺は、この建物の……陸軍中央特種とくしゅ情報部の、最上階にある部長室へ走った。左の腰に佩いている軍刀が、ガチャガチャと揺れた……ええい、うるさい。恩賜(天皇から下賜された)の軍刀だか何だか知らないが、こんな前時代的なもの、個人の裁量で外せたらいいのに。


 部長室の前で立ち止まって、装いを整えた俺は、分厚い木製ドアをノックして、入室した。


「失礼いたします。中原なかはら少佐、参りました」

「目の下にクマができているぞ、中原」


 机に向かっていた、この組織の長・西岡少将が、ちらと顔を上げて、ここ数日の多忙で徹夜続きの俺を案じてくれた。


「申し訳ありません。先ほど、仮眠を頂きました」

「そうか、ならいい」

「それで、お呼び出しのご用件は……まさか……?」

「昨日……八月六日に、広島に投下されたという新型爆弾の追加情報だ」


 部長の、眼鏡の奥の瞳が光った。


「我々がずっと追跡していた、によって落とされた爆弾ですね? 新しい情報が来たんですか?」

「ああ。先遣調査隊の結論は……あれは、原子爆弾に違いないそうだ」

「原子……爆弾……」

「最悪の予想が、当たったというわけだ」


 理論上、原子爆弾なる存在があることは、部長も俺も知っていた。陸軍部内では、東京帝国大学の科学者を中心とした開発グループがあるとも噂されていた。だが、まさかアメリカが……米軍が先に開発してしまうとは、思いもよらなかった。


「先遣調査隊が、その判断をした根拠は何でしょうか?」

「広島市の中心近くに、日本赤十字病院がある。その地下に、レントゲンフィルムを収納する暗室があった。……そこにあった未使用のレントゲンフィルムが、すべて感光していたというんだ」

「……」


 俺は言葉を失った。俺たちが目をつけていたが、原子爆弾を我が国内に投下した……。


 部長が続ける。


「何しろ、かなりの威力の爆弾だそうだ。調査では、半径二キロは瓦礫の山となったそうだ。死者も、万単位になりそうとのことだ」

「万単位……」


 俺は、目がくらみそうになった。……これだけの威力の爆弾、もはや戦時国際法など、一顧だにしていないではないか。


「この爆弾が、たった一発で打ち止め、ということはないだろう。何としても、次の投下は避けなければならん。もし、また例の敵が動き出したら、速やかに関係各所に通報してくれ」

「はっ!」

「分かっているとは思うが、他言無用だぞ。部内においても、原子爆弾ということは伏せろ。呼称は、あくまで新型爆弾だ」

「承りました!」

「頼んだぞ。それとな、敵が次の原子爆弾を投下すると思われる都市だが……これまでに本格的な空襲を受けていないところではないかと考えられる。つまり、新潟・京都・小倉……そして、長崎だ。このことも念頭に置いておくように」


 長崎と聞いた瞬間、俺は身を震わせてしまった。長崎は、俺の生まれ故郷であり……何よりも、たった一人の妹がいる場所だからだ。





 *





 俺の……大本営(日本の最高戦争指導部)陸軍部の情報参謀である中原鉄郎てつろうの職場は、都内・杉並区の高井戸にある、通信諜報部隊……陸軍中央特種情報部、通称〝特情部〟だ。特情部は、同時に、陸軍参謀本部(陸軍の作戦を取り扱う最高機関)に直属している、秘密部隊でもあった。


 この特情部には、日本国内をはじめとして、台湾、支那(中国)、そして満州(中国大陸の、日本の傀儡国家)の各地で傍受された敵の無線通信の内容が、まとめて報告されてくる。無線通信……暗号電文を傍受して、敵の爆撃機……B29の動向を探るのが、俺達の仕事だった。


 敵の通信を傍受してどうするのか……というと、真っ先に思い浮かぶのが、敵の暗号を解読することだが、その暗号を、我が日本軍は解読できるのか? 否、できていない。米軍のストリップ式と呼ばれる暗号は、国内の数学者や自動計算機を総動員しても、容易に破れるものではなかった。


 では、暗号が解読できないのに、敵の動向を探ることができるのか? そう、できるのだ。


 敵の電文のほぼすべてが暗号化されていると述べたが、米軍が、暗号化していない唯一のものがある。それが、飛行機や船舶のコールサインだ。


 コールサインとは、無線通信上の名札のようなもので、たとえば大型爆撃機であるB29でいえば、一機一機が03V401といったコールサインを持つ。この場合、03は機番で、401は所属部隊を表す。となれば、このB29は、米軍航空隊第401部隊の3番機であると分かる。


 特情部の役割は、これらの空襲の数時間前に、B29が離陸時と硫黄島上空通過時に発するコールサインから、部隊と規模、針路を探り出して、日本国内のどの都市が狙われているのかを分析のうえ、速やかに関係各所に通報することだった。暗号が分からなくても、敵の動向を探ることができるというのは、まさにこういうことなのだ。


 もっとも、敵の出現を予測したところで、B29が飛ぶ高高度まで、ろくに届かない対空砲火や迎撃機などのために、貧弱な防衛しかできない我が方は、一方的に焼かれていくだけのことだったが……。それでも、少しでも早く空襲警報を発令できることで、より多くの国民の命を救うことができている……俺は、そう信じていた。


 そのような中、今年……昭和二十年の初夏頃から、正体不明の部隊が出現した。それは、所属部隊が600番台のB29からなる部隊だった。当初、彼らは、特に何をするでもなく、沈黙を守っていた。そうならばそうで、かなり不気味に感じられた。俺たち特情部は、彼らを〝特殊任務機〟と呼称して、監視下に置くことにした。


 七月に入ると、彼らは活発に活動を始めた。日本の防空能力を舐めはじめたのかどうかは分からないが、積極的に日本本土上空に飛来してくるようになったのだ。もっとも、通常の空襲をする部隊とは違って、彼ら特殊任務機は、ちょうど三機からなる編成でやってくるのが常だった。


 わずかな機数のB29部隊。


 ……特情部の一部からは、彼らを、新規の偵察部隊ではないかという意見も出た。だが、米軍は、すでに独立した偵察部隊をテニアン諸島に配置していたため、このうえ、新たな偵察部隊を立ち上げるとは考えにくかった。


 では、特殊任務機は何を任務としているのか……その答えが分からないまま、時は八月を迎えた。


 そして先日、八月六日……広島に、新型爆弾……いや、原子爆弾を投下したのが、まさにこの600番台のB29……特殊任務機だったのだ。


 ここにおいて、特殊任務機の属する部隊こそが、原子爆弾投下部隊であると判明したのだ。広島市民の、尊い犠牲によって……。





 *





 八月七日の、蒸し暑い夜のことだった。


 勤め先の料亭……長崎市内の料亭で仲居として働いている私、中原聡子さとこは、その日もお座敷にお料理やビールを運んで、お客さんである海軍将校の面々のお相手をしていた。


 話の端々から察するに、海軍将校たちは、私の昼の勤務先……三菱造船所に出入りしているらしかった。むろん、いち女子挺身隊員(一般女性の勤労奉仕団体員)である私のことなど、彼らが知る由はなかっただろうけれども。


 彼らは、美味しそうなお料理やビールを次から次へと空けては、大騒ぎをして喜んでいる。ビールはもちろん、こんな豪華なお料理は、貧しい配給制度のなかで日々の食事をやりくりしている下々の私たちには、到底お目にかかることができないものだった。


 ふと、海軍将校たちを目の前にして、私は思うことがあった。私と同じ、貧しい境遇で育った兄は……大本営参謀として勤務する陸軍将校である兄は、今、どうしているだろうか。


 幼いころ、父を軍艦島の炭鉱で、母を肺の病で失った私たち兄妹は、親戚の家に引き取られた。もっとも、その家も豊かではなかった。ほどなく私は、長崎市内の女郎屋に、身売りされてしまった。


 私の身売りに最後まで抵抗していた兄は、がむしゃらに勉強したという。そうして、兄は難関校である陸軍士官学校に合格した。兄も私も、とても喜んだ。陸軍士官学校は、ご飯が出るし、授業料は要らないし、何よりも、卒業すれば陸軍将校になれるからだ。


 陸軍将校になって、兄は、私を女郎屋から、料亭勤めに引き上げてくれた。兄は言っていた……俺は、陸軍将校になる目的の半分を、これで達成することができたよ、と。


 一度は女郎に身を落とした私だったが、今ではこうして、人並みの場所で、人並みの生活ができている。……たったひとりの兄がいなければ、私はいまだに、女郎屋か従軍慰安所で、知らない男の慰み者にされていただろう。兄には、感謝してもしきれない。大本営参謀として東京で頑張っている兄に、私は足を向けて眠ったことはない。


 そんなことを思い返していると、お座敷の襖の向こうから、女将さんが私に、小さく声をかけた。


「ちょっと来て。あんたに電話よ」

「は、はい」


 私は海軍将校たちに一礼のうえ、お座敷を退出して、廊下にある電話機に向かった。……こんな時間に私に電話を掛けてくる人は、この世界で、たった一人だけだった。私は受話器を取った。


「はい、中原でございます」

〈もしもし。兄ちゃんばい〉


 雑音交じりの長距離電話に、私は、懐かしい兄の声を聴いた。いまや、緊急やむを得ない場合を除いて、長距離電話の使用は、ご法度とされていた。資源も何もかもが軍に優先されていて、それは電話回線も例外ではなかった。兄は、おそらく軍用回線から掛けてきたのだろうと思った。


「お兄ちゃん! 久しぶりやね!」

〈おう、聡子。久しぶりに、声聞きたくてな。元気にしとるか?〉

「うちは元気よ。お兄ちゃんは? きちんと寝とるん?」

〈ね、寝とるばい。心配せんでよかいい

「本当かね? お兄ちゃん、陸軍士官学校を受験するときも、五日くらい寝らんで勉強しとったって言うとったやない……」

〈俺はこれでも、大本営の参謀将校やぞ。睡魔ごときにやられはせん!〉

「あはは、頼もしか」

〈ところで、長崎はどげんどうか? 空襲や機銃掃射は、あっとるんか?〉

「本当に平和よ。福岡や熊本はやられたちゅうてもといっても、こっちは嘘んごたぁのよう

〈……それは何よりやな〉


 兄が不自然に口ごもったのを、私は不思議に思った。兄は、取ってつけたように話を続けた。


〈そうそう、仕事は? 今は、挺身隊に通い詰めか?〉

「うん。昼は造船所やけんだから、夜の料亭の仕事は、もうクタクタばい……」

〈そうか……。暑いおりやけん、身体には気を付けてな〉

「お兄ちゃん。その……この戦争は……」


 ……いつ終わると?


 私は、喉まで出かかったその質問を、慌てて呑み込んだ。電話交換手が、会話を聴いている可能性がある以上、そんなことは口には出せようもなかった。国策に反するようなことを電話で口にしたら、いつなんどき、特高警察(思想警察)か憲兵(軍警察)が飛んでくるか分からないのだ。私はともかく、大本営参謀である兄に、迷惑をかけるわけにはいかなかった。


「……ごめん。何でもなか」

〈大丈夫ばい。必ず、神風が吹いて日本は勝つ〉


 兄は、私にも分かるような嘘を吐いた。兄自身、私がそれを信じ込むとは、さらさら思っていなかっただろうけれども。


「そうやね。大本営参謀のお墨付きやもんね!」

〈ああ。それじゃ、そろそろ切るぞ。また掛けるけんからな。元気でな!〉


 電話は切れた。本土決戦が近いとされている今、多忙であろうはずの兄が、こうして私のことを気にかけて、電話を掛けてきてくれたことが嬉しかった。


 だが、受話器を置いた瞬間、私の頬を涙が伝った。胸が、ちりちりっと痛んだ。……どうしてだろう。





 *





 八月九日の早朝、午前四時ごろのことだった。当直将校室で仮眠をとっていた俺を、内線電話が叩き起こした。


〈出ました! 特殊任務機です! たった今、テニアンを離陸しました!〉


 俺は装いを整えて、通信室へ向かった。


 夜勤の通信兵たちが、騒然となって、通信機や電話機に向かっていた。先日の広島壊滅の反省から、二十四時間の傍受体制が手厚くなっていた。必然、通信兵の人数も増えていた。


「軍の関係各所および各省庁との連絡を密に! 敵を見失うな!」


 そう叫んで、俺は、畳ほどの大きさがある全日本地図を、作業台の上に広げた。この中のどこかを、敵は狙っているのだ。


 テニアンから日本本土に到達するまでには、いくらB29といえども、五時間以上はかかる。そうこうしているうちに、いつの間にか陽がのぼっていた。


 九時ごろ、運ばれてきた麦入りの小さな握り飯を頬張っていると、すでに出勤してきていた鴨井から、新たな情報が持ち込まれてきた。


「中原参謀殿! 分析の結果、敵は九州方面へ向かっております!」 


 九州。どきりとした。前回の広島同様、敵は西日本を狙っているということだ。となれば、敵の目標は、予測されるものとすれば……数か所しかない。


「敵の現在の進路は?」

合流ランデブー地点と思しき屋久島上空を経て、大分県・姫島から、ほぼ西北西へ進行中!」


 俺は、地図を見た。周防灘近くに浮かぶ、姫島という小さな島から西北西……そこには、北九州工業地帯が……小倉があった。


 俺は、密かに安堵してしまっていた。思った通りだからだった。


 ……長崎市街は、地形的に広島市街とは違い過ぎる。恐らく米軍は、破壊威力判定のために、だだっ広い平野である広島に、原子爆弾を投下したのだろう。長崎は、山に囲まれた渓谷のような地形をしている。


 長崎が第一目標として狙われているということはあるまい……。だが、いま現在、日本国内が狙われていることには変わりがない。小倉が、危ないのだ。


 そう思っていると、俺のそばに、また鴨井がやってきた。


「妙です、参謀殿」

「どうした?」

「姫島の対空監視廠(防空のため、空を見張る場所)からの報告によれば、特殊任務機は二機だけのようです」

「二機だけ?」

「はい。先日の広島空襲の際、特殊任務機の編隊構成は、三機でした」

「確かに、そうだったな。一機が新型爆弾搭載機、残る二機がそれぞれ科学観測機と記録撮影機らしいと分析をしたばかりだったな」

「……自分の考えを、申し上げてよろしいでしょうか?」

「言ってみろ」

「敵の今行程コマンドは、爆撃ではなく、部隊独自の偵察か何かではないでしょうか?」

「偵察……? いや待て、けさテニアンを離陸した特殊任務機は何機だ?」

「四機であります。先行した気象観測機と思しき一機は、すでにテニアンに帰投しつつあります」

「だろう? 一機が気象観測機だとしても、もう一機がどこかにいるはずだ!」

「その残り一機が、見当らないのです。いたとしても、恐らく、無線封鎖していると思われますが……三機で行動していない以上、やはり爆撃ではなく、偵察では?」


 気がつくと、通信室内にいる全員が、俺たちの話に聞き耳を立てていた。誰もが、鴨井の説に同意するような……それでいて、力のない目をしていた。


 無理もない……皆、連日の勤務で、ひどく疲れていた。ここしばらく、敵の動きが激しいし、何より夏の真っ盛りだ。できれば、今回の敵の動きを、新型爆弾の投下と思いたくないという心理が働いているのではないだろうか。敵の動きが偵察であれば、我々がこれ以上動く必要はないからだ……俺だけがその考えに流されていないのは、俺が、九州出身者だからか?


 俺は、九州の地図上に、現在も高高度を猛進しているであろう、二機のB29の機影を思い浮かべた。


 そのとき、俺は思い出したことがあった。


「……そうだ! 気象観測機だ。気象観測機の行程の記録はあるか?」


 通信兵が、俺の机上から、一枚のバインダーを持ってきた。俺がまだ目を通せていない、積み上げられた情報の中に、いつの間にか紛れ込んでいたらしい。危ないところだった……。


 見ると、気象観測機は、姫島からまっすぐ小倉を目指して、しばらくそこに滞空していた。明らかに、小倉が第一目標だと、気象観測機は示していた。


「確かに……偵察が目的であれば、気象観測機を出すことはあり得ませんね。参謀殿、自分の不覚でありました、申し訳ありません」


 鴨井が頭を下げた。


 ……鴨井だけを責めることはできなかった。俺の心理にも、偏りバイアスが出ている。……俺はやはり無意識に、小倉が狙われることを望み、長崎が狙われる可能性を否定しようとしている。だから、あえてこれまで、気象観測機の航路について照会しなかった……のかもしれない、単に忘れていたのではなくて。情報将校として、もっともあってはならないことだった。


 俺はバインダーを置いた。そこに赤インキで記された気象観測機の航路上には、小倉を経て、まっすぐ南西の地……長崎市街も記載されていた。


 長崎は、小倉への爆撃が失敗した場合の、第二目標に設定されているのだ。


「全員、そのまま聞け。今回、敵の科学観測機か記録撮影機か、どちらか一機が、何らかの理由で、テニアン離陸後の合流に失敗した可能性がある。つまり……今回、敵は、新型爆弾投下に必要な編隊構成を、満たしていないものと思われる」


 通信室にいる通信兵や下士官の全員が固唾を飲んで、俺の顔を見返してくる。


「だが、この二機編隊は、間違いなく新型爆弾を搭載して、爆撃に向かっている。第一目標は小倉、第二目標は長崎だ! 全員、その認識で当たれ!」


 気合を入れ直されたような、威勢のいい返事が返ってきた。


 続いて、俺は鴨井に指示を出した。


「福岡の西部軍(九州地方を管轄する、陸軍の行政区分)管区司令部に連絡。広島のものと同じ新型爆弾搭載機が小倉に接近。善処されたし、とな」


 そこまで言えば、西部軍司令部も分かってくれるだろう……俺は、そう思った。空襲警報を発令したり、迎撃態勢をとったりするのは、俺たち特情部ではない。それは、現地を管轄する軍の仕事だ。


 四十分ほどが経過した。


 けたたましく鳴った黒電話の受話器を取った通信兵が、明るい声を上げた。


「敵はまっすぐ南へ遁走(逃走)を開始しました! 小倉は無事です!」


 通信室内に、喝采が沸き起こった。


 俺は、それを断ち切るように叫んだ。


「黙れ! 静かにしろ!」


 そして、通信兵に確認した。


「敵の撃墜には至らなかったのか?」

「はい、高射砲(対空砲)と、近隣の陸海軍航空隊が迎撃したそうですが、うまく逃げられたようです」


 俺は唇を噛んで、拳で机を叩いた。……小倉で仕留められていれば、すべてうまく解決したのに! 部屋にいた全員が、びくっと震えるのが分かった。


 俺は怒鳴った。


「まだ敵は九州上空だ。次に奴らが狙うとすれば、長崎だぞ!」


 俺の中には確信があった。なぜかは分からないが、今日、このままでは長崎は瓦礫と化してしまうのだ……と思えてならなかった。


 さきほどからずっと机に向かっていた通信兵が、笑顔でこちらに向かってきた。


「参謀殿、朗報です!」

「何だ?」

「敵の燃料の残量を計算しましたが、飛行時間を考慮しますと、奴らは恐らく、基地であるテニアンまで帰る分の燃料を残しておりません!」


 朗報と聞いていただけに、俺は内心、がっかりした。


「だから何だ。それが、敵が新型爆弾の投下を諦める理由になるのか?」


 俺が無表情にそう言うと、とたんに通信兵は不安そうになった。


「いえ、その……敵は、長崎市街上空に向かう余裕がなくなるのではないかと……」

「テニアンまで帰れなくて何が問題だ。九州のすぐ南には、沖縄があるじゃないか。それを考慮すれば、長崎に寄る余裕はあるはずだ」

「あ……」


 沖縄は、今年の春に、すでに米軍に上陸されて、占領されていた。沖縄の飛行場がそっくりそのまま敵の手中にあることを、この通信兵は失念していたようだった。


「長距離の爆撃作戦では、緊急不時着地点をあらかじめ選定しておくのが常識だ。いいか、よく覚えておけ」

「はっ! 申し訳ありません!」


 特情部といえども、まだまだヒヨッコどもだ……と俺が嘆息していると、新たな報告の声が上がった。


「参謀殿! 屋久島上空から、特殊任務機一機が電波を出しました!」

「な、何だと?」

「恐らく、合流に失敗した一機では……?」

「ほら見ろ。やっぱりこいつらは、新型爆弾投下部隊だ! これで、大手を振って、奴らを偵察部隊ではないと言えるぞ。西部軍の動きはどうだ?」


 俺の問いに、先ほどまで黒電話機の受話器に向かっていた鴨井が答えた。


「西部軍に確認しましたが、特段、軍として何らかの防空措置をとっているわけではないようです!」

「何だと?」


 俺は、愕然とした。俺たち特情部と、西部軍との間には、新型爆弾や特殊任務機に対する認識に、明らかに大きな温度差があるように思えた。


「よし。俺が直接、西部軍に電話を掛けてやる」

「よろしいのですか、参謀殿? 西岡部長の指示もなく……」


 鴨井が、心配そうな声を上げた。


「……部長には黙っていろよ」


 そう言って、俺は手近な受話器を取り上げた。軍用回線同士なので、交換手はいない。西部軍防空司令部のダイヤルを回すと、誰かが受話器を取る音がした。向こうが名乗る前に、俺は息せき切って名乗ってしまった。


「こちら、特情部の中原少佐」

〈西部軍・航空参謀の青山あおやま大佐だ〉

「青山大佐殿。現在九州上空に侵入している敵は、新型爆弾を搭載している可能性が大であります。至急、九州全域に空襲警報を発令して、迎撃機を上げてください!」

〈いきなり電話をしてきて、何だそれは。そんなことはできん〉

「な、なぜですか!」

〈敵は二機だ。先日、貴様ら特情部が全軍に配布した情報によれば、新型爆弾搭載機の編隊は三機編成だったというじゃないか。その情報に基づいて、我々西部軍は、今回接近している特殊任務機とやらは、偵察部隊であると判断した。これは、西部軍司令官閣下もご承知のことだ〉

「お、お待ちください。それは、今回、偶発的な事故か何かで、一機だけ合流空域にとどまっていることが判明して……」

〈貴様も情報参謀なら、自分が出した情報には責任を持て〉

「それは自分の不徳の致すところです! しかし、敵が新型爆弾を搭載しているのは、状況からして明らかです! 大佐殿はご存知かどうかわかりませんが、新型爆弾は原子爆弾です!」


 言ってはいけないこととは分かっていたが、俺は部長の命令を破ってしまった。


〈新型爆弾の話は聞いている。だとしても、空襲警報の発令はできん〉

「どうしてですか!」

〈来たる本土決戦のために、九州の各種工場では、今まさに兵器類の増産を行っている真っ最中だ。うかつに空襲警報を出せば、電力も輸送も止めねばならん。生産が一気に停滞してしまうのが、貴様には分からんのか?〉

「そんな……」


 俺のまぶたの裏に、長崎の三菱造船所で、汗を拭いながら旋盤にとりついているであろう妹の姿が浮かんだ。


〈いいか、敵が本土上陸をするにあたって、真っ先に上陸をすると思われるのは、他でもない、この九州なんだ。そう言ったのは、貴様ら中央の参謀だぞ〉

「では……せめて、新たに迎撃機を出してください!」

〈燃料が限られている。ダメだ〉

「お願いします! 小倉では、迎撃機が上がったというではありませんか!」

〈あれは、現地部隊の自衛的判断だ。防空司令部が、出撃を令する状況ではない〉

「それはなぜですか?」

〈残存燃料は極力、本土決戦に廻すように命令が出ている。それは海軍にしたところで、同じことだ〉

「お願いであります、青山大佐殿……!」

〈話は終わりだ。ご苦労〉


 電話は、無情にも切られてしまった。


 ……西部軍め! 他部署に責任をなすり付けるような形で、仮に新型爆弾……原子爆弾が投下されても、自分たちはうまく言い逃れをできるように理論武装をしやがって! すでに、B29は、西部軍管区司令部がある福岡市上空を通り過ぎている。そうなれば、あとはお構いなしということなのか……!


 九州の西部軍が何もしない以上、東京にいる俺にできることは何一つない……俺はそのことを、改めて思い知らされていた。俺たち特情部は、厳密にいえば、防空機関ではない。あくまで、いち諜報機関にすぎないのだった。俺だけが、空回りしている……そう思えてならなかった。





 *





 その日も、朝から日差しが強かった。


 八時になる前に空襲警報が発令されて、私は家の床下の防空壕に隠れていたが、やがて警報解除のサイレンが鳴り響いた。そこで私は防空壕を出て、麦ばかりの干し飯に、小さなタクアンを添えたお弁当を鞄に入れた。配給事情が厳しくなっていく中で、お弁当も貧しくなっていく実感があるが、贅沢なことは言っていられない。前線にいる兵隊さんは、もっと貧しい食糧事情に耐えながら、戦ってくれているというのだから……!


 モンペ姿に着替えた私は、長崎市街を見下ろす稲佐山のふもとに建つ小さな家を出て、勤務先の三菱造船所へと歩いた。


 やがて、三菱造船所・長崎工場の大きな門が見えてきた。通りには、私のような女子挺身隊員や、勤労動員された高等女学校の生徒たちのモンペ姿が目立つようになった。


 そのモンペ姿の中に、私は、友達の姿を見つけた。


「トキちゃん、おはよう」


 声をかけると、私に気づいたトキちゃん……松浦まつうら登紀子ときこが駆けてきた。私が女郎上がりだということを知っていて、蔑むようにして距離をとろうとする挺身隊員が多い中で、彼女だけは、私と仲良くしてくれる、唯一の友達だった。


「おはよう、サトちゃん。ちょこっとやけど、小麦粉でパンケーキば作ってきたばい。お昼になったら、半分こしよう」

「嬉しか! ありがとう!」


 途絶えがちな配給の中で、こうしてお菓子を作ってきてくれるトキちゃんの心遣いが、私には嬉しかった。トキちゃんが、言葉を続ける。


「今日の作業も、やっぱりモーターの電線巻きやろうか?」

「かもね。うちらが作っとる部品が何に使われるのか、気になるばい」

 私がそう言うと、トキちゃんは、私に耳打ちするように、すぐそばに寄ってきた。

「……噂じゃあ、人が乗り込む魚雷(自走する水中爆弾)ば作っとるちゅう話ばい」


 私は絶句した。魚雷に人を乗せる? 正気の沙汰ではない。要するに、飛行機で行われている神風特攻の、水中版ということか。死ぬと分かっていて、人の命を使い捨てにしないと、この大東亜戦争は継続できないということなのか……。


「この戦争も、ついにここまで来たかって感じやね……」


 私がそう言うと、トキちゃんも頷いた。


「うん……海軍におるうちの弟も、もう半年も音沙汰がないけんね……」


 ふと、兄はこのことを……人間魚雷のことを知っているのだろうか、と思った、そのときだった。


「ちょっと、あんたたち、何の話ばしとるとね?」


 後ろから、鋭い声を掛けられて、私たちは、凍ったように立ち止まった。名前は忘れたが、大浦地区で隣組(町内会)の副会長をしている、中年のおばさんが仁王立ちをしていた。


「本土決戦も間近やのに……お国の方針に愚痴ばこぼすとは、非国民のするこつことばい!」


 非国民。呪詛のようにそう言われて、トキちゃんが泣きそうな顔をした。


 私はおばさんへの憤りを抑えつつ、口を開いた。


「申し訳ありません。つい、家族の心配ばしてしまっただけです。大目にみてください」


 私とトキちゃんは頭を下げた。


 しばらく経って、「ふん、身内が将校やけんって、女郎上がりが大きな顔して……」と吐き捨てる声と、大股に歩み去っていくおばさんの足音が聞こえた。


 重くなった空気を少しでも和ませようとしたのか、トキちゃんが新たな話題を出した。


「ねえ、聞いた? 広島の新型爆弾の噂……」

「ああ、途轍もなか威力の爆弾って話やね……」

「長崎は今までに空襲もなくて、そっくりそのまま無傷で残っとるけん、新型爆弾に狙われるっちゃなかろうか?」


 不安そうなトキちゃんに、私は笑顔を作ってみせた。


「大丈夫よ。広島と違うて、こんな小さな田舎町に、わざわざ新型の爆弾ば落とすことはなかよ」

「そ、それやったらええけど……」


 空襲警報が出たら、慌てずに素早く防空壕に入ればいいだけの話なのだ。ましてや、造船所の防空壕は、コンクリート造りの頑丈なものだ。


 私は、この大東亜戦争が始まってから、一度だけ長崎へ帰省してくれた兄に、どのような仕事をしているのかを聞いたことがある。兄は、「軍事機密ばい」と笑いながら、防空関係の仕事をしていると教えてくれた。


 ……もし新型爆弾を乗せたB29が飛んできても、必ず兄が守ってくれると、私は確信していた。神風なんかじゃない。私を何度も助けてくれた兄が、絶対に守ってくれるのだ……!


 作業開始の笛の音が響いた。私は、自分の旋盤(金属加工機械)に向かって、渡されてくる部品に穴あけを施して、仕上がったものを隣の作業台に流す。その作業台では、トキちゃんが器用に部品に電線を巻き上げていく。私とトキちゃんは、作業の場でも、息の合ったコンビだった。


 機械の熱がこもる工場内は、窓を開放っていても灼熱の暑さだ。私たちには、ときどき外に出て、水道の水を飲むことが許されていた。そうでもしなければ、屋内で熱射病になってしまうという配慮からだった。


 トキちゃんと二人で連れだって外に出たとき、トキちゃんが、空を見上げて言った。


「ねえ、あれ、B29じゃなかろうか……?」


 雲と青空とが、ちょうど半々くらいになっている空を、私は見上げた。敵機の姿は見えなかったが、エンジン音のような重低音が、確かに私の耳に入った。


「変やね、どうして警報の出らんとやろうか?」


 腰に下げていたタオルで首元を拭いながら、私はトキちゃんと顔を見合わせていた。


 私は、兄から贈られた腕時計を見た。ちょうど十一時だった。


 *


 ……特殊任務機よ、どうか、このまま、テニアンに帰ってくれ。


 俺が祈るようにしていると、通信兵が、新たに叫んだ。


「雲仙普賢岳の対空監視廠より受電! 敵が、九州上空で、針路を九十度転換しました……」

「どっちに向かった?」

「長崎市街です!」


 俺は、全身から血の気が引いていくのを感じた。敵の意図は明らかだった。


「普賢岳から長崎市まで、B29の速力でどれくらいかかる?」

「おそらく、ものの数分かと……」


 俺に答えた通信兵の顔も、青ざめていた。時計は、ちょうど十一時を指していた。


 俺はものも言わず、電話機に飛びついた。すぐに鴨井が声を上げた。


「参謀殿、何をなさるのですか?」

「長崎のNHKラジオ放送局に、全員退避を呼びかけさせるんだ!」

「いけません、それは越権行為です! 大本営報道部か、せめて西部軍を通さないと……!」

「それでは間に合わん! 長崎が、長崎が危ないんだ!」


 鴨井と、近くにいた通信兵と下士官数人が、俺を羽交い絞めにしようと飛びかかってきた。


「離せ! 離さんと叩っ斬るぞ!」


 俺は全身の力を振り絞って、取りついてきた若造どもを投げ飛ばした。受話器を取った俺は、交換手に怒鳴った。


「長崎のJOAGラジオ局に繋げっ!」 


 一秒一秒が、永遠の時間に思えた。しかし、なかなか繋がる様子がない。数分ほど経過したとき、俺は、思わず大声を上げた。


「まだか! 早くしろ!」


 交換手の、震える声が返ってきた。


「あの……それが、長崎方面の回線が、すべて繋がらなくなりました。原因は不明ですが……」


 黒い受話器が、リノリウムの生温い床に落ちて、砕ける音がした。


 ……不思議なことに、俺は、この絶望を、ずっと前から知っていたような感覚にとらわれていた。……どうしてだろう。


 *

 

 私とトキちゃんが、工場内の持ち場に戻ったばかりのときだった。


 突然、写真機のフラッシュのような白い光が、私の視界すべてを覆った。さっきのB29だ……と思った瞬間、身体中に、焼かれるような熱さを感じた。どどん、と何かがすぐそばで破裂するような音がしたのち、私は、身体がふわっと浮くほどの強烈な突風を受けた。


 誰かの悲鳴が聞こえた。何かが、潰れるような音がした。私は地面に投げ出されて、つむじ風に巻かれた木の葉のように、ひたすら突風に翻弄されていた。


 その熱い風がおさまったように感じて、コンクリートの床に倒れていた私は目を開けた。眩いほどの光は消えて、黄色い砂塵が、半ば崩れ落ちた工場を舞っていた。さっきまで立って仕事をしていた工員や挺身隊員の姿が、見当たらなかった。相当な重さのはずの旋盤が、玩具のように横倒しになっていた。


「トキちゃん……トキちゃん!」


 私は、トキちゃんを探した。


 トキちゃんは、すぐ近くに倒れていた。どんなに揺さぶっても、名前を呼んでも、トキちゃんは起きなかった。


 パチパチと音がした。瓦礫と化した工場内が、それ自体が一個の可燃物であるかのように、あっという間に炎に包まれていった。


 ああ、燃えていく。私の髪が、手が、腕が……そして、この汚れた身体の全てが。

私は耶蘇やそ(キリスト教)の信者ではなかったが、思わず、ここから見えるはずのない、長崎名物の教会……浦上天主堂に目を向けていた。普段なら工場の壁に遮られているはずの教会は、破壊されてがらんどうになった壁面の向こうに、確かにあった。


 黒煙がうずまく空をちろちろと舐める火焔の奥で、浦上地区の小高い丘の上に立つ、浦上天主堂。その赤煉瓦の美しい天主堂が、いま、ガラガラと崩れていくのが見えた。鐘楼にあった大きな鐘が、丘の斜面を転がり落ちて、不規則だが厳かな音を立てているのを聞いたとき、ああ、私はもうすぐ天に召されるんだな、と冷静に思った。


 私は、自分の運命などに構わずに、ひたすらに祈った。


 ……どうか、どうか兄だけは、どうぞお助け下さい。たとえ兄に命の危機があっても、何度でも蘇ることができるよう、力をお与えください……。





 *





 それから数日、俺は、何をして過ごしていたのか、よく覚えていない。はたから見れば、おそらく、虚脱状態とでも思われていただろう。


 調査隊が長崎に急派されたが、広島同様の惨状を呈していたとのことだった。聡子がいたであろう三菱造船所は、ほぼ跡形もなくなっていたと聞いた。


 八月十一日の昼下がり、俺と鴨井は、西岡部長から呼ばれた。


「……日本はポツダム宣言を受諾することとなった。田無にある通信諜報隊が、偶然、政府が中立国のスイスに向けて打った電報を傍受した」

「そ、それは……」

「つまり、無条件降伏だ」


 ガラス窓の向こうから響いていた蝉時雨が、耳に入らなくなった。


「そこでだ、中原。部内の機密書類を、二十四時間以内にすべて焼却しろ。通信機器類も破壊するんだ。我々がここにいた事実を、この世から抹消しろ」


 俺は、自分の耳が信じられなかった。この男は、何を言っているのか。


「待って下さい……。まだ戦争は終わっていません。それなのに、もう地下へ潜る算段をつけるというのですか?」

「我々は、あまりにも特殊な任務に就いていた。敵は、血眼になって我々を追いかけてくるだろう。その前に逃げるんだ」

「逃げる……?」


 俺は今度こそ耳を疑った。部長は続ける。


「我々がしていたのは、諜報行為だ。敵は、スパイは死刑にするかも分からん。だから、逃げるんだ」


 部長の眼鏡の奥の瞳が、にやりと笑った……ように俺には見えた。


「ふざけるな……」

「何?」


 俺は、机を挟んで、部長につめよった。


「ふざけるな! 自分たちだけ、この戦争から逃げるというのか! 責任を取らずに、消えるというのか! 貴様!」


 俺はありったけの声で叫んだ。いつの間にか、俺は、軍刀を抜いていた。


「な、中原! やめてくれ!」


 部長が情けない声を上げた。


「天誅!」


 そう叫んで、俺は軍刀を振り下ろそうとした。


「参謀殿、申し訳ありません!」


 鴨井の声が、背後から聞こえた。拳銃吊りホルスターの留め具が外されるような音がした……気がした。そして、何かが破裂するような音とともに、背中に灼けるような痛みを感じた俺の目の前は、真っ暗になった。


 薄れていく意識の中で、俺は思った……絶対に、絶対に俺は諦めないぞ。俺は、確かに愚かだった。だが、もっと愚かな者たちがいた……海の向こうにも、そして俺のすぐ近くにも。


 叶うものなら、俺は、何度でも生まれ変わって、こんな奴らから、長崎を、聡子を守るのだ。そうだ、それが叶わない限り、俺は死んでも死なないぞ……!


 *


「……参謀殿。参謀殿! 起きて下さい!」


 当直将校室の寝台の上で仮眠をとっていた俺は、汗びっしょりになって目覚めた。







                      〈了〉

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守護者の笑劇 鮎川 雅 @masa-miyabi

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