延々
村本 凪
延々
これは私が学生の頃のお話です。
当時の私は順調にオタクの階段を駆け上がる中途にあり、アニメゲーム問わず、幅広い分野に手を伸ばしていました。
現在でこそ風当たりは和らぎましたが、あの頃はオタクの肩身が狭かった時代。下手にアニメの話題を上げればオタクだとからかわれ、当然ながら地上波で放送されるのもジブリアニメ程度。お目当てのアニメを楽しもうとしたら、BS契約を行うか、DVDのレンタル待ちという状況でした。
けれど、何度も言う様に当時はそれが当たり前。学校内の小さなコミュニティでひっそりとオタク趣味を楽しむ。それが私の日常でした。
そんな生活が一年ほど続いたでしょうか。放課後、ロボットアニメ好きの友人が、地上波でとあるロボットアニメの再放送が行われると伝えてきたのです。
そのアニメは、当時でさえ社会から一定の評価を得ていた作品でした。界隈で様々な考察が飛び交うのは当然のことながら、オープニングの知名度はダントツ。アニソンの人気投票が行われれば、数年連続で不動の一位。
まさに、オタクの義務教育といえる作品だったのです。
ですが、再放送という所からも分かる通り、私の学生時代から見ても、その作品は古い作品でした。名作だという事は分かっている。しかし、その古さゆえにどうしても新作アニメ達が優先されてしまい、視聴までたどり着かない。あと一歩を踏み出せずにいたのです。
そんな私にとってこの話はまさに、渡りに船でした。
レンタルという面倒な工程を挟まずに、毎週アニメを楽しむ事が出来る。次の日にはオタク仲間達と、感想を言い合う事が出来る。視聴しない理由はありませんでした。
実家には自室があり、小さいとはいえテレビもありました。なので、普段であれば誰の目も気にする事なく、アニメを楽しむ事が出来ていました。
けれども、そのロボットアニメの視聴にだけは、一つの問題が発生したのです。
それは、放送時間。
深夜アニメの多くは0時から1時頃をメインに放送しており、その程度の夜更かしであれば両親も寛容でいてくれました。
しかし、件のロボットアニメの放送はなんと3時過ぎ。いくら趣味に理解がある両親だろうと、学業に支障が出るのが確実な夜更かしまでは許してくれません。
ですから視聴はこっそりと。気付かれぬよう部屋を暗くし、音量は極限まで下げて、さらにテレビと自分にタオルケットを被せる徹底した作戦の下、実行に移されたのです。
不思議な感覚でした。普段よりもずっと遅い夜更かし。心には罪悪感が芽生えつつも、なぜか言葉に出来ない高揚もある。
放送開始を待つ間の、普段なら絶対に見ないであろう番組。それすら新鮮で、それすら話のタネに出来るくらいには楽しめていたのです。
そうした暇潰しなどによって、時計は3時を回っていました。新聞のテレビ欄を何度も確認し、放送が数分前まで差し迫っているのを確認する。
ようやく待ち望んだ光景に立ち会える。地上波の深夜アニメを視聴出来る。テンションは最高潮を迎えていました。
ですが、そんな時です。
一本のCMが妙に気になったのです。
番組と番組の合間でしたから、CMが流れるのは普通です。内容も、日中でも流されている、ありふれたパチンコ店のCMでした。
けれどその時の私は「あれっ?」と思ったのです。
バーカウンターを挟んで、パチンコ玉とスロットコインをイメージしたキャラクターが行う寸劇。人気があったのか、4種類か5種類ほどパターンがあった事を記憶していました。
そのCMに対して、異常に既視感を覚えたのです。突如生まれた違和感。ですがそれを消化しきらぬ内に、CMは終わってしまいます。
いったい何が。どうにか違和感を解決しようとする私を他所に、次のCMが流れました。
内容がまったく同一の、パチンコ店のCMでした。
そこで私は気付きました。前の番組が終了してから、延々と同じCMが放送されているという事実に。
深夜番組はスポンサーが少なく、同じCMが何度も流れるのはザラです。けれども、それにしたって色々なスポンサーのCMを交互に流しますし、種類があるのなら被らないように複数種を使い分けるのが普通です。
なのにその時のCMは、一種類が延々と流され続けていたのです。まるで短い時間軸を、延々とループしてるかのように。
その事実に気が付いた瞬間、サッと血の気が引くのに気が付きました。すぐさま時計を確認し、間違いなく時間は進んでいると確信します。
大丈夫だ。偶然が重なっただけだ。そう己を叱咤し、視聴を継続しようとしました。
ですが人の想像力とは心境に引っ張られるもので、この時の私は続けて、こう考えてしまったのです。
放送時間になっても、このCMのループが続いたら。その事実に、私が気が付いてしまったら。その時こそ、私は時間のループに閉じ込められてしまうのではないかと。
ひとたび思い込んでしまえば、その想像を振り払うのは容易ではありません。いつの間にか手指は小刻みに震え始め、背中にはじっとりと冷や汗が伝っています。
どうすれば。どうすれば。
刹那の思考の末、私は一つの妥協案に至りました。
放送開始時間だけはチャンネルを切り替え、そこから数分後に視聴を開始しようと。
結局は、同じCMが連続しているのを怖がっているだけなのだ。ならばチャンネルを変えて、別のCMが流れている事を確認してしまえばいい。保険も兼ねて開始時間を回避すれば、ループに閉じ込められるなんて妄想も破綻する。
まさに天啓といえました。震える指でリモコンを操作し、チャンネルを切り替えます。折りしもそのタイミングは、ちょうどCMが終わるタイミングでした。
これで大丈夫。
そう思った私の目に飛び込んできたのは、あのCMでした。
私のチャンネル切り替えを狙っていたかのように、ちょうど冒頭から流れ出すあのCM。延々が終わっていない事を突き付けてくるあのCM。
我慢の限界でした。
私は突き指するほどテレビの電源ボタンを強く押し込み、そのまま布団に潜り込んで、震えながら朝を迎えました。
もちろん次の朝、リビングで流される番組は通常のニュース番組であり、ループの痕跡など微塵も感じられませんでした。
日中に偶然あのCMを目にする事もありましたが、同じCMの連続にはついぞ立ち会う事が出来ていません。
きっと私の考えすぎか、それとも偶然が重なった結果か、あるいは夢現だった事による勘違いだったのでしょう
ですがそれ以来、私は3時以降の深夜アニメをテレビで視聴した事がありません。
アニメを見る楽しみ程度では、延々に飲み込まれるかもしれない恐怖とは吊り合いませんから。
延々 村本 凪 @kanata14
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