変化

 次の家事代行バイトの日。

(桜庭さんに彼氏がいたら……か)

 海斗は智絵里の家で夕食を作りながらぼんやりと考えていた。

 ふと目に入る、智絵里の姿。何やら難しそうな本を真剣そうに読んでおり、時々ノートにメモをしている。夕食が出来るまで、仕事関連の勉強をしているようだ。

 智絵里の長い髪を耳にかき上げる動作、「んー」と本の内容を自分なりに理解しようと唸る声、智絵里の行動の一つ一つに目が行くようになっていた海斗。

 その時、味噌汁の鍋が沸騰していることに気付く。

(おっと、やべ)

 海斗は慌ててコンロの火を止めた。幸い吹きこぼれることはなかった。


 本日のメニューはハンバーグ、サラダ、味噌汁に白米である。

「今日も美味しいね」

 智絵里は嬉しそうにハンバーグを頬張っている。

「それは……良かったです」

 海斗は智絵里から目を逸らす。

 恋人の有無が気になっているせいか、いつもより少し会話が少な目になっている。

 智絵里はそれでもいつも通り美味しそうに海斗が作った料理を食べている。

(この人に彼氏とかがいたら……やっぱり何か嫌だな……。多分、俺は桜庭さんのことが好きなんだ。桜庭さんにとって、俺はまだ十八歳のガキかもしれないけれど……)

 嫌でも自分の気持ちを自覚してしまう海斗。

 その時、不意に智絵里からこんなことを聞かれる。

「ねえ、海斗くんは大学とかに恋人はいるの? ほら、仕事を頼んだとはいえ、恋人がいるのにこうやって私の部屋で家事してくれるのってさ……その恋人から見た場合あまり良い気持ちされないかなって思って」

 へへっと気まずそうに笑う智絵里。

 タイミングがドンピシャだなと海斗は思い、微かに口角を上げる。

「別にいませんよ。そういうのは。だからこの部屋に家事代行に来ても全く問題ありません」

「そっか……」

 智絵里はどこか安心したような表情である。

「そういう桜庭さんこそ……俺が部屋に来て家事代行してて大丈夫ですか? その……彼氏とかがいた場合……」

 海斗はそこで口篭る。

「ああ、私は彼氏とか恋人いないから全然大丈夫」

 へにゃりと笑う智絵里。

 その答えにホッとする海斗。

「そうですか……」

 海斗は少し安心したようにフッと笑った。

 その時、智絵里が何か決意したような表情をしていることには気付いていなかった。


「あ、今日のお皿洗いは私がやるね。だから海斗くんはもう帰っても大丈夫だよ」

 夕食を終えた後、海斗は智絵里からそう言われた。

「え……」

 いきなりのことに戸惑う海斗。

「やっぱりいつもやってもらってばかりじゃ何か悪いなって思って」

 へにゃりと笑う智絵里。

「でも、仕事ですし」

「それでも……かな。それに、私も何も出来ないのは問題あるかなって思って。だから次は簡単に作れる料理とかを教えて欲しいな」

 どこか含みのある笑みの智絵里。

「まあ……良いですけど」

 海斗の返事は歯切れが悪かった。






ーーーーーーーーーーーーーー






 そして次の家事代行バイトの日。

「えっと、味付けはこれで良いんだよね?」

 智絵里が海斗にそう確認する。

「はい、そうですね。で、そのまま入れてください」

 海斗は智絵里が持つ調味料を確認して頷く。

 この日海斗は智絵里に簡単な料理を教えていた。メニューは野菜炒めである。

「火加減はこのままでしばらく待ちます」

 海斗がそう言うと、智絵里はメモを取る。

「なるほどね。これなら私も作れそうかも」

 智絵里はメモを見返しながらそう呟いた。


 料理だけでなく、智絵里は掃除もまだこまめにというレベルではないが、月に一回程度軽くするようになっていた。

 こうしたことで、海斗の仕事時間は少しずつ減っていった。

 今までは週に四日程智絵里の部屋に家事代行に来ていた海斗。しかし、段々智絵里からの依頼頻度は減り、最近では週に二日程度になっている。

(えっと、今日は桜庭さんの部屋で家事代行のバイト……と)

 海斗は智絵里の部屋のインターホンを鳴らした。するとインターホン越しにきょとんとした智絵里の声が聞こえる。

『あれ? 海斗くん、どうしたの? 今日は依頼日じゃなかったはずだけど……?』

「あ……!」

 海斗はそこでそのことを思い出す。智絵里の部屋に家事をしに行くのが今や習慣になっていた。よって以前と同じようなペースで智絵里の部屋に来てしまった。

「すみません、忘れてました」

 海斗は謝り、隣の自分の部屋に戻った。

(まあ、どうせ雇い主とバイトの関係だしな……)

 海斗は少し寂しさを感じていた。

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