それぞれの生活

 大学にて。

 海斗は二限目の授業を終え、生協で昼食を買って映画研究会の部室に向かう。

「お疲れ様です」

 海斗はそう挨拶をし、部室に入る。

 昼休みに部室で昼食を取る部員達がちらほらといた。

「よ、海斗。お疲れ~」

「おう、稔」

 部室には、海斗は同じ一年のみのるがいた。

 牧本まきもと稔は法学部である。

「さっきまで授業?」

「ああ、中国語受けてた」

 海斗は生協で買った弁当を開けて食べ始める。

「経済学部の一年は四限第二外国語か」

「もう中国語訳わからん」

 海斗はげんなりとため息をつく。

「フランス語とか多分もっと地獄だぞ。発音からして意味不明だし男性名詞だとか女性名詞だとかでもうギブ。第二外国語何となくで選ぶんじゃなかった」

 弁当を食べながら思い出しただけでぐったりしている稔。どうやら彼は第二外国語にフランス語を選んだらしい。

「お疲れーっす」

「お疲れ様でーす」

 その時、部室に二年の先輩カップルが入って来た。

「おいお前ら部室でイチャつくなよ」

「イチャつくならどっか行け」

「ちょっと酷いですよ。俺らまだイチャついてないですって」

 二年の先輩カップルは三年の先輩達に弄られている。

 その様子を見ている海斗と稔。

「いいなー。俺も彼女欲しい」

 稔がポツリと呟く。

「作ればいいだろ」

 弁当を食べ終えた海斗は机にあった映画特集を見ながら適当に受け答えする。

「じゃあ女子とどうやって話せばいい? 共学出身のお前に中高六年間男子校だった俺の気持ちが分かるか?」

「いや知らねえよ。離せって」

 肩を揺らしてくる稔を何とか引き剥がす海斗。

「てか稔のバイト先、確か女子ばっかだろ? 業務連絡とそういうところから始めたらどうだ?」

「女子の集団って声掛けにくいんだよ」

 色々と言い合う二人。

「そういや海斗はバイトしてんのか?」

 ふと稔からそう聞かれた。

「ああ……まあ……してるっつうか……」

 バイトを始めた事情が普通とは違うので、海斗はどう言おうか迷っていた。

「微妙な答えだな。何か問題あんのか?」

 怪訝そうな表情の稔。

 海斗は思い切って智絵里専属家事代行バイトをすることになった経緯を稔に話した。

「何つうか……パパ活ならぬママ活みたいになってんな」

 面白そうなものを見るような表情の稔。

「そんなんじゃねえよ」

 海斗はバッサリ否定した。

「でも大人の女の人の部屋に入ってるんだろ? どんな感じ? やっぱり大人のお姉さんの部屋っていい匂いがするか?」

 稔は興味津々の様子で目を輝かせている。

「別に普通だよ。漫画とかゲームがあって、仕事関連の本もある部屋だ」

 海斗は面倒そうに答えた。

「ふうん。で、海斗はそのお姉さんに何とも思ってないわけ?」

 稔の問いかけに、少しだけ心臓が跳ねる海斗。

「……別に」

 映画の情報誌に目を向けてそう答えた。

「ふうん。まあお姉さんが彼氏とかいなかったら問題ないと思うけどさ、もし彼氏が既にいたり、将来出来たりしたらお前は割と微妙な立場じゃね? 家事代行のバイトとはいえ何でもないただのお隣さんがそのお姉さんの部屋に入ってるんだからさ。変な疑い掛ったら面倒だぞ」

 稔の言葉に海斗は固まる。

(桜庭さんに……彼氏……)

 それは全く考えていなかったことである。モヤモヤとした気持ちが湧き上がる海斗。

(別に桜庭さんとどうこうなろうとか思ってねえし)

 海斗は芽生え始めている気持ちに蓋をしたのである。






ーーーーーーーーーーーーーー






 智絵里の職場にて。

 昼休みのチャイムが鳴り、智絵里は白衣を脱いで弁当を持ってカフェテリアへ向かう。

 この弁当、海斗が作り置きしたおかずを詰めたものだ。

 カフェテリアのレンジで弁当を温め、同期入社の仲間がいる席へ向かう。

「あれ? 桜庭さん今日はお弁当?」

 同期で事務職の青山あおやまくるみが意外そうに目を丸くしている。彼女の最終学歴は四年制の大学卒業なので、大学院修士課程を修了している智絵里より二つ年下だ。しかし同期入社なのでタメ口である。

 智絵里は普段カフェテリアで注文して食べているので、弁当を持っていることが珍しいようだ。

「へえ、美味しそうじゃん。智絵里の手作り?」

 同期入社で智絵里と同じ研究職の佐伯さえき杏子きょうこが弁当を見て口角を上げる。ちなみに彼女も智絵里と同じく最終学歴は大学院修士課程である。

「いや、その……家事代行に頼んでて」

 智絵里は少し言葉を濁した。一応嘘は言っていない。しかし、隣に住む大学生である海斗に自分専属の家事代行バイトを頼んでいると話すと、変な噂が広がりかねない。

「へえ、そうなんだ。やっぱり一人暮らしは色々と大変だよね~」

 実家暮らしのくるみは呑気そうに自分の弁当を食べる。

「青山さんも実家出て一人暮らししてみたら?」

 杏子はカフェテリアで頼んだカレーを一口食べ、フッと笑う。

「ええ~……全部自分でやらないといけないのとかしんどい」

 くるみは頬を膨らませた。

 その後、三人で談笑しながら昼食を取っていたが、途中でくるみが用事があり抜けた。

「で、智絵里、さっきの家事代行の話、あたしには少し裏がありそうに見えるんだけど」

 くるみがいなくなったのを見計らい、杏子がニヤリと笑う。

「それは……」

 智絵里は杏子の勘の鋭さに苦笑する。しかし、杏子は口が堅く信用出来る人物だ。

「実はこんなことがあって……」

 智絵里は海斗に家事代行バイトを頼んだ経緯を話した。

「へえ、隣の大学生に自分専属の家事代行バイト……ね。何というか、良くも悪くも常識に囚われない智絵里らしいわ。あたし智絵里のそういうとこ気に入ってる。上司達も智絵里の発想で色々と打開した面はあるし」

 ハハっと笑う杏子。

「ありがとう」

 へにゃりと笑う智絵里。

「たださ、その子に恋人とかいたらどうだろうね? その場合、智絵里の部屋に入って色々家事するのは微妙なんじゃない?」

「あ……」

 智絵里はその可能性を考えていなかった。

(海斗くんに恋人がいた場合……仕事とはいえ私の部屋で家事をするのは、その恋人視点で考えたら嫌な気持ちになるよね……)

 智絵里は少し考え込む。

「それにさ、何か若い子の時間奪ってる感じがしない?」

 杏子は困ったように笑う。

「そうかもね……。少しは私も家事出来るようにならないと」

 智絵里はほんの少し寂しそうに微笑んだ。

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