家事代行バイト
「桜庭さん専属の……家事代行バイト……!?」
智絵里から提案されたことに、海斗は唖然としている。
「はい。昨日でもうご存知かもしれませんが、私は家事が苦手でして……」
苦笑する智絵里。
海斗はふと智絵里に引っ越しの挨拶をした時のことを思い出す。
(そういやこの人ドアを最低限しか開けなかった理由って……汚い部屋を見せない為か)
海斗は失礼だと思いつつ、若干苦笑いする。
「まあ確かにバイトは探していますし、家事は得意な方ですけど……桜庭さん、危機感がないって言われません? 俺がこっそり桜庭さんの部屋から何か盗まない保証はないですよ。それに俺、貴女から見たらガキかもしれないですけど一応男です。何かあったらどうするつもりですか?」
「そうなった場合は迷わず警察ですよ。私の範疇超えていますし」
あっけらかんとした様子の智絵里。
(まあその通りっちゃその通りだけど……)
「えっと、一応軽く家事代行サービスの料金を調べてみたんですけど、相場が一時間あたり大体三千円。もし引き受けてくれる場合、きちんとした条件の相談や契約書は作りますが、やってもらえます? 時給も相場の三千円くらいで」
小首を傾げる智絵里。そのアンニュイな雰囲気は少しだけ癖になりそうである。
(割と得意な家事で時給三千円……)
海斗にとってはそこそこ美味しい話ではある。
「まあ、引き受けてもいいですけど……普通に家事代行サービス使った方がいいのでは?」
「それはそうなんですが……昨日私を看病してくれた様子を見て、頼むなら進藤さんかなって思いまして。あの卵粥も美味しかったですし」
へにゃりと笑う智絵里。そこはかとなく猫を彷彿とさせる。
海斗は少し考えてから頷いた。
「分かりました。俺でよければ引き受けます」
こうして、海斗は智絵里専属の家事代行バイトとなった。
ーーーーーーーーーーーーーー
詳細の条件を決め、早速バイト初日になった。
「……桜庭さん、こまめに部屋片付けた方がいいですよ」
海斗が軽く片付けた部屋は、再び汚部屋に戻りつつあったのだ。
「うーん……分かってはいるんだけどね。でも、仕事から帰って来たら漫画読んだりとかゲームとか自分のやりたいこと優先したかったり、仕事関連の勉強時間も必要だからついつい後回しになっちゃんうんだよね~。それに、海斗くん掃除とか整理整頓得意そうだからさ」
智絵里は誤魔化すように苦笑した。
いつの間にか敬語は消え、海斗くん呼びになっている。
「そうですか」
海斗は少し呆れつつ苦笑した。
「まあでも、仕事に必要な本関連は綺麗に扱ってますね」
海斗はよく分からない化学物質やカタカナ用語が書かれた本が置いている本棚を見て、そう呟く。
智絵里は名門私立大学の理工学部を卒業後、そのまま大学院修士課程に進んだ。そして修士課程終了後、大手製薬メーカーの研究職に就いている。そして三月に二十六歳になり、社会人三年目に突入しているそうだ。
「これはこっちでいいですか?」
「あ、うん。そこでお願い」
海斗は智絵里の要望に添った形で片付けをしている。
「あとこれもお願いしたくて……」
智絵里は高い場所にある箱を必死に背伸びして取ろうとしている。それが何だか危なっかしく見えた。
「ああ、俺が取りますよ。無理して取ろうとして怪我したらどうするんですか?」
海斗はひょいと智絵里が取ろうとしていた箱を取る。そこそこ長身の海斗にとってはお手のものである。
「ありがとう、海斗くん。やっぱり身長高いっていいね」
智絵里は羨ましそうに海斗を見上げている。智絵里は身長百五十センチもないらしい。
部屋の片付けは順調に進み、夕方には初めて入った時の智絵里の部屋とは思えない程綺麗になっていた。
「海斗くん、ありがとう。めちゃくちゃ綺麗になった」
智絵里はパアッと表情を輝かせる。
「それは……どうも」
海斗は思わず智絵里から目を逸らした。
「それと、今日は料理もでしたよね。今ある食材聞いた限り、肉じゃがと味噌汁なら作れますがそれで良いですか?」
海斗は確認する。食材はあらかじめ智絵里が買っていたようだ。
「うん。久々にまともな料理食べられるから楽しみ」
へにゃりと笑う智絵里。
「食事をカップ麺とお菓子で済まそうとしないでください。桜庭さんの食生活、その辺の男子大学生より酷いですよ。自分のやりたいことより食事を優先してください。いつか絶対体壊しますから」
海斗は呆れ気味に苦笑した。
「うう、耳が痛いね」
智絵里は困ったのに笑う。
早速海斗はキッチンで料理を始める。
「あれ? 桜庭さん、人参ないですけど?」
「え? そんなはずはないと思うけど」
「でも野菜室には見当たりませんよ」
「どれどれ?」
海斗は野菜室を智絵里にも確認させる。
「ないね。確かに買ったはずだけど。……あ!」
智絵里はそこで何かを思い出し、
「あった。慌ててたから、野菜室と冷凍庫間違えて入れちゃった」
えへへ、と笑う智絵里。人参は何と冷凍庫に入っていた。
「……まさか弟と同じことをする人がいるとは思いませんでした」
海斗はかつて弟の陸が人参を野菜室と間違えて冷凍室に入れたことがあるのを思い出した。
「へえ、海斗くんって弟がいるんだ」
智絵里は少し興味ありげな表情である。
「まあ、はい。六つ離れていますが」
海斗は手際良く野菜を切りながら答える。
「そっか。じゃあ海斗くんが現役の大学生だから……今年中学一年かな?」
「その通りです」
「そっか。私、一人っ子だから羨ましいかも」
智絵里はふにゃっと笑う。
話しながら、海斗は手際良く料理を作り進めていた。
「出来ましたよ」
テーブルに料理が並ぶ。ホクホクのじゃがいもと柔らかそうな豚肉。人参は冷凍してしまったことにより少しだけパサパサではあるが、それでも味が染みてそうである。
「わあ! 美味しそう! ありがとう、海斗くん。ちゃんとしたご飯なんていつぶりだろう?」
嬉しそうに目を輝かせる智絵里。海斗より八つ年上ではあるが、少しだけ子供っぽくもある。
「まあ仕事ですから。というか、本当に食事は疎かにしないでください」
「気を付ける」
ハハっと笑う智絵里。
そして二人は「いただきます」と手を合わせ、夕食を共にする。
「わあ、やっぱり美味しい」
智絵里は肉じゃがを頬張り、幸せそうにへにゃりと笑う。
「……それはどうも」
海斗は思わず智絵里から目を逸らす。何だかむず痒い気持ちになっていた。
(そういえば俺、一人暮らし始めてから誰かと夕飯食べるのって久々だな)
海斗はこうして智絵里と夕食を共にするのも悪くないと思うのであった。
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