終止符

 ある平日の昼下がり。

 この日智絵里は有給休暇を取ってカフェでランチを食べていた。

(SNSで話題のカフェ、休日だと混んでるんだよね~)

 智絵里はランチプレートのメインを口にしながら頬を緩める。

 そして満足そうにランチを終えた智絵里はせっかくなのでカフェ周辺を散歩することにした。

 ふと、ある場所で足が止まる。

 そこは海斗が通っている国立大学であった。

(……海斗くんの大学だ)

 智絵里は何となく立ち入ってみる。

 大学は基本的に無関係の一般人も立ち入りは可能なのだ。

 おまけに二十六歳の智絵里は大学生に混じってもそこまで浮かない。完全に大学の風景に紛れ込める。

 丁度二限終わりのチャイムが鳴り、学生達は生協や学食へ向かっている。

(大学のこの空気、懐かしいな)

 智絵里はクスッと懐かしそうに微笑んだ。

(あ……)

 その時、知っている人物が目に飛び込んで来た。

(海斗くんだ……)

 少し背が高く、黒髪の海斗が講義棟から出て来て恐らく食堂方面へと向かっている。

 そしてそんな海斗を後ろから引っ張る女子学生がいた。

 海斗は驚きながらも楽しそうにその女子学生と接している。

(おお、海斗くん、女の子と話してる。青春してるなあ)

 ふにゃりと微笑んで遠くから見守るような智絵里。

(だけど……)

 ほんの少し表情が曇る智絵里。

(何で少しモヤモヤするんだろう? 海斗くんは単に私の部屋に家事代行のバイトに来ているだけなのに……。それに、大学で色々な人達と過ごすのも重要のはず……)

 ほんの少しだけ、胸がチクリと痛んだのである。






ーーーーーーーーーーーーーー






 海斗は智絵里が大学に来ているとは知らず、学食へと向かっていた。

「へえ、進藤くん今日は学食なんだ」

 ふふっと笑うのは映画研究会の先輩である、文学部二年の安斎あんざい光莉ひかり

「そうですね。安斎さんもですか?」

「うん。文学部の友達が先に席取っていてくれてるみたいでね」

 溌剌とした笑みの光莉。

「そうそう、この前進藤くんが言ってた映画さあ、友達と見に行ったんだけど、めちゃくちゃ面白かった! 友達も大絶賛だったよ!」

「まじっすか!? 終盤のシーンとか最高でしたよね?」

「うんうん! あのシーンはヤバかった!」

 海斗は光莉と映画の話で盛り上がる。

 しかし海斗の頭の中には智絵里の存在があった。

(そういや桜庭さん、映画とか見るのかな? 今度の家事代行バイトの時に聞いてみるか。だけど、仕事の頻度が減ってるからなあ……)

 海斗は心の中でため息をついていた。






ーーーーーーーーーーーーーー






「えっと……次は……」

 智絵里は海斗に教わった料理のメモを見ながら夕食を作っていた。

 焦げ付いたり火の通し過ぎで海斗のように上手く作れてはいないが、それでもまだマシな方である。

 その時、インターホンが鳴った。

 海斗である。

「あれ? 海斗くん、どうしたの? 今日は依頼日じゃなかったはずだけど……?」

『あ……!』

 インターホン越しに海斗の焦った声が聞こえた。

(もしかして間違えちゃったのかな? いつもの曜日だし、無理もないか)

 智絵里は苦笑した。

『すみません、忘れてました』

 海斗はそう言って自分の部屋に戻るのであった。

『それにさ、何か若い子の時間奪ってる感じがしない?』

 ふと同僚の杏子の言葉を思い出す。

(……私が海斗くんの時間を奪うわけにはいかないよね。もう七月に入ったし、大学生は前期末試験とか夏休みもあるもんね)

 そして更に海斗が大学で光莉と一緒にいたところも思い出す。

(海斗くんは私の所でバイトしてもらうよりも、もっと他のことに時間使ってもらった方がいいかも)

 智絵里はあることを決意した。







ーーーーーーーーーーーーーー






 そしてついにこの関係が終わる時が来てしまった。

 七月下旬に差し掛かったばかりのある日。

「桜庭さん、まだ月末じゃないですけど……」

 海斗は智絵里から手渡された給与を戸惑いながら受け取る。

 普段は月末が給料日なのだ。

「うん……。ごめんね、海斗くん」

 申し訳なさそうに笑う智絵里。

「今まで色々とありがとね。私、これからは料理や家事は自分で頑張る」

「え……」

 智絵里からそう告げられた海斗の頭の中は真っ白になった。

「それって……要は俺クビってことですか?」

 若干声が震える海斗。

「簡単に言えばね。だけど海斗くんが悪いわけじゃないよ。ただ、やっぱり海斗くんは大学生だし、これから前期末試験や夏休みがある。だからもっと有意義なことに時間を使った方がいいと思って……」

 伏し目がちな智絵里。

 しかし、海斗が望んでいることはそういうことではなかった。

(俺は……この時間を楽しみにしてたけど……。やっぱり桜庭さんにとっては違ったんだな)

 海斗は伏し目がちに自嘲する。

(そりゃそうだよな。桜庭さんにとって俺は単なる十八歳のガキ。恋愛対象になれるわけがないんだ。まあ俺もアプローチしてたわけじゃないしな)

 色々と言い訳が頭の中に駆け巡る。

「……分かりました。桜庭さん、今まで色々とありがとうございました」

 海斗の声のトーンは下がっていた。


 その後、海斗と智絵里の接点はほとんどなくなってしまった。

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