おまけ:昔のお話です!

 お父さんとお母さんは、迎えに来てくれない。


 そう悟ったのは、言い付け通りに山奥で2人を待ち始めてから4日が経った頃だった。


 しんしんと雪が降る中、私は木陰に座り込んで膝を抱える。


 一緒に出掛けようと言われた時は、嬉しかった。

 お父さんもお母さんも、滅多に私を外に出してくれないから。


 2人と手を繋ぎながら、山道を歩いた。

 山の中は雪が多くて歩きにくかったけれど、私は楽しかった。


 少し開けたところに出ると、お父さんとお母さんは用事があると言って山を下りて行った。

 ちょっとの間だから、待っているようにと私に言って。


 それから、たくさん、時間が過ぎた。


 凄く寒い。

 お腹も空いた。

 でも、2人は戻って来ない。


 私はずっとこのままなのだろう。


 どこに行ったらいいかわからないから、動けない。

 誰も通りかからないから、人にも訊けない。


 ただじっとして、何かを待つ。

 何も来ないのに。


――さくり。


 不意に雪を踏む音が聞こえて、私は弾かれるようにそちらを見た。


 そこに居たのは、1人の男の人。

 雪景色に溶けそうなくらい真っ白な髪の、なぜか黒い翼が生えてて目が3つある、不思議な人だ。


「……!」


 男の人は、少し驚いた顔で私を見ていた。


 私も彼をじっと見る。

 彼自身も彼の着ているものも凄く綺麗で、きらきら輝いているみたいだった。


「……何をしている」


 ゆっくりと私の目の前まで近付いて来て、男の人は言う。


「お父さんと、お母さんを、待っていました」


「なぜ」


「待っててねって、言われたので」


 男の人の眉間に、ちょっぴり皺が寄った。

 どうしてかはわからない。


「でも、もうお父さんもお母さんも来ないです」


「…………」


 わかっていたことだけれど、改めて言葉にすると、なんだか凄く悲しい気持ちになる。

 目の奥が熱くなって、鼻がつんとしてきた。


「私が」


 目の前の景色が滲んで、それから、ぽたりと涙がこぼれる。


「私が、可愛くないから……お父さんとお母さんは、私のこと、いらなくなったのかなあ……」


 どこにも居られないような気がしてきて、私はうつむき縮こまった。


 喉が締め付けられる感じがする。

 苦しくて、耐えられない。


 このまま雪に埋もれてしまった方が、ましなんじゃないだろうか……。


「そんなことはない」


 私はハッと顔を上げる。


 男の人は、至極真剣な顔で続けた。


「お前は……可愛い。捨てられる道理は無い」


「……本当ですか?」


「ああ」


「私、可愛いですか?」


「当然だ」


 表情はあまり変わらないけれど、しっかりと彼は頷く。


 そんなにきっぱりと言われるのなら……そうなのだろうか。


「あの、鏡とか、ありますか」


 私がそう尋ねれば、男の人は無言で手鏡を差し出してくれた。


 鏡を受け取り、覗き込んでみる。

 そこには、薄汚れてはいるものの、だいたいはいつも通りの私が映っていた。


「…………」


 確かに、可愛い、かも。


 いや。

 可愛い。

 確実に可愛い。


 特にこの、ピンク色のふわふわ髪とか。

 とっても可愛いのではないだろうか。


「……ありがとうございました!」


 私は男の人に手鏡を返す。

 さっきまでの悲しい気持ちは、いつの間にか吹き飛んでいた。


 彼はやはり無言でそれを受け取って仕舞うと、おもむろに私に手を差し伸べた。


「住む場所が要るだろう。俺の城に来い」


「……! はい!」


 色白で綺麗な彼の手を、私は迷い無く掴む。


 城ってどういうことだろう、とか、そもそもなんで翼が生えてたり目が3つあったりするんだろう、とか。

 そういう疑問は後回しでいいや! と思えた。


 私は男の人の手をぎゅっと握って、彼について行く。

 男の人も、私の手をそっと握り返してくれた。


 冷たいけど、温かい手だった。

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