ひとりでに……

恵喜どうこ

ひとりでに……

 ソーシャルネットワークサービス、略してSNS。


 二十年以上も前、携帯電話の登場に、狂喜乱舞していた平成時代。そのころには到底、今のように電話以上の機能が備わる携帯電話が普及しているとは想像すらできなかったし、まして画面を指でスワイプするだけで、文字入力ができてしまったり、遥か遠くに住む会ったことも話したこともなかった人たちと気軽に交流ができるなんて夢のまた夢だったであろうこのサービス。


 今となっては利用することが当たり前になりすぎて、今さらなにも説明することはございませんでしょう。

 今回は、そんなSNSにまつわる怖そうで怖くない、だけども少しばかり怖いお話をさせていただこうと思います。


 さて、その日も三十五度を上回る暑い日でございました。

 日はすっかり傾き、夜のとばりが落ちてもなお、エアコンという文明の利器なしには過ごすことかなわぬほどのものでありました。


 当然ながらわたくしもしっかりエアコンを使って、部屋を涼しく保っておりました。

 うちには三匹の猫様がおり、それぞれ快適にお過ごしいただくためにも、適正な温度に部屋を保っておく必要があるからでございます。


 そう、猫様。


 ここで何人かの方は「ん?」と首を傾げ、また何人かは「ああ、そうだなあ」と首肯され、また何人かはぽかーんと口を開けて聞いていらっしゃったことでしょう。


 実はわたくしめは無類の猫好きでして……そういった猫好きは猫様を『主』、己を『下僕』と言って、日々、尊き存在である主、猫様を崇拝し、お仕えしておるのでございます。


 さて、その日もわたくしは猫様方の尊きお姿にうっとりと魅せられておりました。


 頭から足の先まですべて丸みを帯びたやわらかいフォルムに、しなやかで優雅な物腰。寝ている姿は天使かと見まがうほどに愛らしい……遠くで見ても、近くで見ても、撫でても、吸っても癒される! 


 わたくしの脳内はドーパミンやセロトニン、オキシトシンにエンドルフィンという幸せホルモンに満たされました。


 そうして心も脳も満たされると、やはり人間、それを表現したくなってくるものでございます。忠実なる猫様のしもべであることからも、主にこの気持ちを伝えたくなるのもまたしかり……


 そんなわけで、わたくしは心のかぎりにこの思いを、この愛を猫様方へお伝えしたのでございます。


 そんなとき、ふと己のスマホが目に入りました。


 充電中のスマホ。

 その画面はSNS、中でもよく使用するLINEが開いた状態。

 さきほどまで話していた友人のトーク画面に、ふと怪しいものを見つけたのでございます。


 LINEのトーク画面は通常、相手が白い吹きだしで、自分は緑色になります。

 画面の下方にある新規トークの入力欄がちょっと出ているだけ。トークをしているときは画面半分にフリック入力用の文字が浮かび上がってくる。


 本来なら待ち受け画面であるはずが入力画面に切り替わっていて、そこに黒い文字が浮いているのが見えた――


(あれ? なにか入力途中だっけ?)


 そう思って確認してみますも、話はきっかり終わっております。

 他になにか話を続けようとしていたようには見受けられないような内容。


 どうにも妙だ。

 不審に思って、新規トークを確認してみると、どうやら数行にわたって入力がされている。

 内容はおおよそ人に宛てるようなものではない。

 どうしてこんな奇怪なものが勝手に入力されているのか――

 

 わたくしの口から、自然に驚きの声が飛び出しました。


『え?』


 黒い文字がスラスラと浮き上がった。


「なにこれ?」

『なにこれ?』



 またしても、わたくしが発した声のあとすぐに文字がとととと……っと浮かび上がる。

 それもひとりでに……


(マネされている!?)


 不審が募り、試してみることに。


「りんのすけっ」

『りんのすけ』


(ひええええええ! 怪異! 怪異だ!)


 軽い心霊体験ならば、幾度か経験がある。

 これもそういった類ではないのか。

 

 そう思ってスマホをじっくり見たところで、わたくしは気づいたのでございます。


(音声入力?)


 下半分がフリック入力用の文字版。

 それに加えて、いつも見ている画面であるため気づかなかったのですが、文字入力を終えるとそこに青いマイクアイコンがぽつんと、浮かんでいるのが見えたのでございます。


 そうなれば、なんてこともありません。

 勝手に文字が入力されたのは音声入力になってしまっていたからですし、その音声だって、わたくしが猫様方に捧げた愛の替え歌だったのですから……


 ただ、わたくしは音声入力なぞ押した覚えがまったくないうえに、普段からも音声入力を使用したことがない。

 いったい、誰のしわざだったのか――そう考えて、わたくしは首筋がぞぞおっと寒くなりました。


 わたくしは急いでトーク内容を消去し、画面を待ち受けに戻しました。

 そうしてやっとほっと息をつき、寝ている猫様のお腹へダイブ。

 ウザがられ、猫様のパンチを喰らいながらも、それもご褒美とにやけたのでございます。


 さて、これで終いか。

 ちっとも怖くないじゃないか――そう思われたことでございましょう。


 実際、ちっとも怖い話ではございません、ここまでなら。


 そう、このお話の本当の怖さはそこではないからでございます。

 ではもう少し、お話を聞いていただきましょう。


 真に恐ろしかったのは、以下の内容を送るところだったということにございます。

 では、心して聞いてください。

 わたくしの猫様方へ捧げる愛の歌!

 どうぞ!



『にゃぽにゃぽ にゃぽにゃぽ すきすき にゃんぽりおん あっ ほれほれえ え? なにこれ? りんのすけっ』



 なお、昭和生まれの皆様には非常になつかしい曲での替え歌で、そのあまりのなつかしさと選曲の秀逸さに戦慄されたかと思われます。

 また、平成以降にお生まれの方にとっても、どこかで聞いたことがあると記憶の片隅に残っておいででしょう。


 はい、正解です。

『一休さん』です。


 こんな意味のない、さらに言えば、わたくしの普段の阿呆ぶりを露呈することになるということが、どうして怖くないと言えましょう。

 この話を同居している息子と娘にしてみましたら、彼らはわたくしをやれやれという目で見降ろして、大きなため息をついたうえで


「そんなもん送っても、相手はあんたの阿呆ぶりをいやってくらい知ってるから。またかって思われて終わりだわ」


 そんなふうにすげなく返されてしまったというおまけつき。


 そんなわけで。

 みなさまもミュージカル俳優張りに阿呆な替え歌を声高らかに歌う際にはどうぞ、スマホの画面がトーク入力になっていないか確認の上でなされますように……


 以上、わたくしのSNSにまつわる怖そうで怖くない、だけども少しばかり怖いお話でございました。


 おあとがよろしいようで。




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ひとりでに…… 恵喜どうこ @saki030610

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