窓が開く時

蟹場たらば

私が死ぬ時

 最初にその異変が起こったのは、もう七年も前のことでした。


 東京の大学を卒業したあと、私は地方にある実家に戻ってきていました。就職活動が上手くいかなかったこと、両親や祖父母に勧められたこと、また家を出るまで手伝っていたことから、家業である農家を継ぐ決心をしたのです。


 そんな新しいような懐かしいような生活が始まって、しばらく経った頃のことでした。朝、目を覚ますと、私はすぐに違和感を覚えました。


 部屋の窓が何故か開いていたのです。


 電気代を節約するため、熱帯夜でもクーラーを使わずに、窓を網戸にして寝ることはあります。しかし、その時、季節はすでに秋でした。窓を閉めるのはもちろんのこと、隙間風が入り込まないように鍵もかけておいたはずです。


 最初は泥棒に入られたのだと思いました。具体的な手口は分かりませんが、外から窓の鍵を開ける方法があって、犯人はガラスを割らずに部屋に侵入したのだろうと考えたのです。


 けれど、引き出しを開けたり、押し入れを開けたりといった具合に、泥棒が家の中を探したような形跡はありませんでした。念のために確認してみましたが、財布や通帳などが盗まれているということもありませんでした。




 泥棒の仕業ではないと分かると、私は次に自分の勘違いを疑いました。


 換気をしたあと、窓を閉め忘れたまま寝てしまったとか。寝ている内に暑くなって、無意識に窓を開けてしまったとか。きっとそんなところだろう、と。


 しかし、それからも異変は起こり続けました。


 朝早く起きた時、畑から帰ってきた時、農協から戻ってきた時…… 気がつくと、鍵をかけたはずの窓が開いていたのです。一度や二度ならともかく、こう何度も起こったとなると、さすがに私の勘違いとは思えませんでした。


 それで今度は、泥棒ではないだけで、やはり人間の仕業なのではないか、と私は考え始めました。つまり、私に対して誰かが嫌がらせをしているのではないか、ということです。


 けれど、嫌がらせが目的にしては、異変の起こる頻度はさほど高くありませんでした。時には一年近く間隔が空くこともあったほどです。こういうのは普通、相手を追い詰めるために、連日やるものではないでしょうか。


 かといって、単なるいたずらだという解釈もしっくりきませんでした。そんな軽い気持ちのものなら、年単位でやり続けるのは不自然な気がしたからです。


 そうして嫌がらせやいたずらという説まで怪しくなってきたことで、私の頭には別の可能性がよぎるようになりました。


 すでに述べたとおり、私は地方にある実家に住んでいます。それも何十年も前に建てられたような、非常に古い家です。


 ですから、両親や祖父母が私に秘密にしているだけで、この家には何かいわくでもあるのではないか、と考えるようになっていたのです。




 そんな風に、家族に若干の不信感を覚えながら日々を送る中、真相は唐突に判明しました。


 きっかけは、偶然テレビの防犯特集を見たことでした。


 番組によると、我が家の窓に使われているような錠を、クレセント錠というそうです。レバーを下から上に180度回して、施錠具を受け具に引っかけて鍵をかけるものを、そう呼ぶとのことでした。


 クレセント錠には「気密性が高い」「戸締りするのが簡単」といったメリットがあり、そのため窓の鍵として広く普及しているそうです。おそらく、みなさんのお家の窓に使われているのも、クレセント錠なのではないかと思います。


 ただし、クレセント錠にはデメリットもあります。それは「防犯性が低い」ことです。なんでも、外から鍵を開けることが可能なのだそうです。


 それも方法は単純で、サッシを上下に揺らすだけでいいとのことでした。ただそれだけで、施錠具が少しずつ回転していき、最終的に受け具から完全に外れてしまうようなのです。


 なかでも特に注意が必要なのは、サッシが老朽化している場合だそうです。がたついて揺れやすくなると、その分鍵も開けやすくなると、番組では言っていました。


 防犯特集で取り上げられるくらいですから、サッシを揺らして鍵を開けるという方法は、一般的には泥棒が使う手口として知られているようです。ただ、あとで私が詳しく調べてみたところ、窓の鍵が開くのは必ずしも人為的なものが原因だとは限らないことが分かりました。自然発生的な揺れ、要するに地震でも同じことが起こるようなのです。


 おそらく私の部屋の窓がいつの間にか開いていたのも、地震のせいだったのでしょう。家と同様に古いサッシが、私が使い始めたことでさらに古びて、がたつきが大きくなった。その結果、地震が発生すると、まず縦の揺れで鍵が開き、続いて横の揺れで窓が開くようになってしまった。そういうことだったんだと思います。


 心霊現象の類ではないと分かった時には、正直言ってホッとしました。この家は呪われているわけじゃないんだ。じいちゃんたちは何か隠しているわけじゃないんだ、と。


 ただ、だからといって、窓をそのままにしておくわけにはいきません。幽霊は出なくても、泥棒に入られる恐れはあるからです。そこで私は、サッシを新しいものに取り換えることにしました。


 結局、私の推測が的中していたようで、それ以来二度と異変は起こらなくなりました。




 しかし、問題が解決したあとも、私の不安が完全になくなったわけではありませんでした。むしろ、解決前よりも大きくなっていたくらいかもしれません。


 私がしたのは、揺らせば鍵が開くほどの古いサッシを交換したというだけのことです。そんなサッシが残っているような古い家に、未だに住み続けていることには変わりありません。


 ですから、次に来る地震が大きなものだったら、その時が私が死ぬ時になってしまうかもしれないのです。






(了)

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