電車

下洛くらげ

乗車

 中学生の夏。家族と旅行に行った。

 旅行先は地元から2つ越えた先の県。場所は海。とても綺麗でこの季節になると人でいっぱいになる。そのため、中学生最後の夏休みが終わる前のギリギリを狙って行く事になった。昔から行きたい場所ではあったので決まった時は妹と一緒に喜んだ。


 しかし、場所も遠く朝から遊泳しようとすると前日の深夜には家を出て車の中で睡眠を取らなくてはならない。そうなるとまだ小学生の妹にはキツイだろうと母がある提案を出した。


 「当日の早朝に家を出て、1泊して次の日の朝から泳ぎましょう」


 父は朝が弱いので最初は否定的だったが妹がそれが良いと喜んでいたので父はしぶしぶ納得した。私も朝が弱く、しかも休みの日に早起きするのは嫌だったが、車で寝るよりはマシだと思ったので私も提案に賛成した。


 そんな当日の朝6時。昨日までならまだ夢の中いる私を妹に起こされた。


 「おはよっ!早く起きて、早く早くっ」


 何が楽しいのか。朝からハイテンションの妹に寝ている私の上で飛び跳ねている。まだ4年生。体重も軽いがそれなりに痛かったので乱暴に妹をどかし、眠い目を擦りながら階段を降り洗面所に向かった。

 ひどい寝癖を直し顔を洗いしつこく絡んでくる妹と格闘しながら朝食が待っている食卓に座った。

 1階にリビングとキッチンがあり、いつも起きると父と母が話しているが今日は母しか居なかった。


 「おはよう、ちゃんと起こしてくれたのね。お父さんももうすぐ起きてくると思うわ」


 ホント朝よわいなーお父さん、と思いながら3人で食べていると10分ぐらいで2階から父が降りてきた。


 「おはよう、みんな」


 寝ぐせをつけたまま顔も洗わず半分まぶたを閉じ、私達のいる食卓に座った。

 私と妹はご飯を食べ終え旅行のために用意したものをカバンに入れていた。

 

 「今、7時だから予定通り30分ぐらいには家を出ようと思うがそれでいいかい?」

 「うーん」

 「ちゃんと準備はできたか?」

 「完璧でーす」

 

 入れ終わった直後、父もご飯を食べ終えパジャマを着替えながら聞いてきたが妹はテキトウに返事し、心配症の私は3回めの忘れ物を確認した。

 

 私も準備が終わり、妹とテレビを見ながら待っていると


 「よしっ、そろそろ行くか」


 20分遅れ、ようやく準備を終えた父がカバンを持ちながら玄関で言った。

 それを聞き満面の笑みになった妹がすごい勢いで車まで走っていった、母がそれに続いていく。私も玄関にある鏡を見てから車に乗る。


 少し遅れた出発になってしまったが、私も少し楽しみではあった。


 家を出て1時間ぐらい経った頃、まだハイテンションだった妹と喋っていたがさすがに疲れたのか妹が寝息を立てて眠り始めてしまう。


 そんな妹を見て私もそろそろ寝ようとした時。


 「あっ!」


 母が急に声を荒げ、妹も声に驚き起きた。


 「どうしたんだ、急に大きな声で」

 「ごめんなさい、泊まるを場所探すのを忘れていたわ」


 いつも笑顔の母も、この時は申し訳なさそうな顔で私たちに謝った。

 おいおい大丈夫なのかと思ったが父が、


 「なんだそんなことか。別に大丈夫だろ着いてから探しても夜には間に合うだろ」


 と楽観的な返事。漏らしたのかと思ったよ。と続けて笑った。


 「ほんとにごめんなさい、遊ぶ場所をずっと探してしまったわ」

 「それで、いい場所はあったのか?」

 「うん、まず………でしょ、それに……」


 笑顔にもどった母と父が話し始めたので、また眠ってしまった妹を真似て着いたら起こして。と伝えて私も眠りにつく。


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 私が目を覚ましたのは、またしても妹のせいだった。

 

 「おーきーてー」


 うるさいな~。


 耳元で叫んでいる妹の口を手で塞ぎながら起きる。


 もう着いたのか……どのくらい寝ていたんだろ。


 「やっと起きた。あなたお父さんより起きるの遅いわね」


 助手席から顔をだすお母さんにもう着いたのか聞くと


 「ううん、まだもう少しだって、お父さんトイレ行ったけど2人共大丈夫?」


 なんだ、まだなのか。

 トイレはいいよ、着いたら起こしてと伝えると丁度父がトイレから戻って来る。


 「起きたのか、すまないけどケータイで地図見てくれないか」

 

 少し困った様子の父。言われたとおりケータイの地図を見てみるが圏外だった。


 ・・・あれ?おかしいな。

 周りには建物が建ってるし圏外になるような場所ではないと思うんだけどな。

 壊れたのかな?


 圏外のことを父に伝えると


 「やっぱりか、母さんも圏外らしい」


 おかしいな。

 壊れたのかと思ったが父も圏外らしいから3台とも、となると変だな。

 妹にも聞こうと思ったけどまだケータイを持っていない。


 ちなみに父はかなりの機械音痴で、ケータイもあまり使わない。なので車にはカーナビがついていない。昔は付いていたらしいけど壊してしまってそれ以来付けてないみたい。


 「おかしいわねぇ。少し前までは普通につながっていたのに」

 「でも圏外じゃしょうがないしな」


 道に迷ったのかな?


 「あぁ、たぶん迷った。前と同じ道を通ってきたんだが」


 心底不思議そうにしている父に母が言う。


 「迷ったんならしょうがない。時間はまだあるんだしもう少し走らせてみたら? もしかした知っている道にでるかもしれないし」

 「そうだな、景色を見ながら行けばいいか」


 納得した。とういう顔になりまた車を走らせる。

 

 しかし、どれだけは走っても知っている道は出てこない。どこだここ。と言いながら運転している。さらにおかしいのはケータイ、あれからずっと圏外。


 「さすがにおかしいわね、なんだか外も霧がかかったみたいだし。……なんだか気味悪い」


 気味が悪い。私もさっきからずっと思っていた。

 景色もそうだけどさっきから人を見ていない。

 これだけ走れば一人ぐらいてもいいはず。


 「ねぇ、今日はもういいんじゃない」

 「海の近くの宿泊諦めてここらへんで探したほうがいいんじゃない。日も落ちてきたし」

 「……そうだな。暗くなってこれ以上わからなくなったらヤバイしな」


 父も疲れたのだろう顔に疲れをみせている。

 ちなみに妹はいつの間にか寝ている。


 「しかし、こんな所に泊まる場所なんてあるのか?」


 あたりを見ればいつの間にか建物なんてなく自然豊かな景色変わっていた。

 いわゆる田舎である。


 「う~ん、たしかに無さそうね。このまま無ければ車で寝ましょう」


 みんなで外を見ているが宿泊施設どころか建物の影も見えない。

 さらに言えばいつの間にか濃くなっていた霧?のせいで何が外にあるのかが分からない。


 時刻は既に21時。いつもなら風呂入ってテレビ見てる時間。

 このままだと車で寝ることになる。こんな事になるのだったら深夜のほうがよかったな。と手遅れな後悔をしながら辺りを見ていると隣から声が響く。

 

「電車」


 驚いて隣を見ると急に目を覚ました妹。


 「・・・電車?そんなのあったかしら、見た?」

 「いや、俺は見てない。夢じゃないのか?」

 「・・・・・・」

 

 両親が妹に聞こうとした、その時。


 カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン


 「っ!?」


 急な音に三人とも黙る。


 あの音は踏切?

 一体どこに?そんなもの近くにあったか?


 「なに、さっきの音」

 「分からん、でも踏切の音だよなさっきの」

 

 完全に震えた声の母とさすがの父も声がちょっと震えていた。

 三人とも完全にビビってしまい会話どころでなくなる。

 父は急いで車を発進させ、母は繋がらないケータイを見始めた。


 ・・・妹は?

 あれは本当に妹の寝言なのか?

 それともどこかに電車はあったのか?


 ……分からない。怖さで頭が回らない。


 妹に聞こうとしたが、すでに寝てしまって聞くタイミングを逃してしまった。

 しかしあの声、ほんとに妹がだしたのか。それにしてはちょっと低かった気がする。


 これ以上考えるのはやめよう。

 さっきのは忘れよう。


 あれから10分。母が何かを見つけた。


 「あっ、あれ見て、あれ」

 

 興奮した声で母が指差す方向を見ると霧でよく見えないが、確かに光が見えた。


 「きっと建物の光よ。人がいたら近くにホテルか何かあるか聞いてみましょ」

 「そうだな、もしかしたらあの光がホテルかもしれないしな」


 父もようやく見つけた光に安堵感をにじませながら光の方へ車を走らせる。

 すると確かに建物だった。しかも旅館。


 「やったー、しかもここ旅館じゃない」


 興奮を抑えきれない母が車が止まった瞬間外に出て喜んでいる。

 私も母と同じようにすぐ降り車で寝なくていい事に喜ぶ。

 

 「ふー。これで一安心だな。……しかしここは何処なんだ?周りは霧で何も見えないし」 

 「そんなことはどうでもいいじゃない。明日には霧は晴れてるわよ」


 一刻も早く休みたい母は父の心配を他所に急かすように旅館へ促す。

 私も母と一緒の意見。もうここが何処でもいいから早くお風呂に入って眠りたい。


 「それもそうだな、俺は中入って部屋が空いているか聞いてくるからお前らは起こしておいてくれ」


 そう言って父は中にはいっていった。

 起こすというのはもちろん妹のこと。

 あれからまったく目を覚まさない。


 「私が起こすからお父さんについてく?」


 母が妹を起こすらしいので私は首を横に振りこの旅館を改めて見ることにした。

 遠くから見た時は大きく感じたけど、近くで見るとそんなに大きくない事に気づいた。

 

 この旅館なんていう名前なんだ?

 どこを見ても名前らしきものが見当たらない。

 それにこの旅館の色も暗くてよく見えないが、若干赤みかかっており気味が悪い。


 ホントに大丈夫か?この旅館。

 入り口の上にある「旅館」という文字がなければこの建物が一体何なのか皆目検討もつかないだろう。


 「ちょっと来てー」


 旅館を見て考えていると母に呼ばれて行くと妹がどんなによんでも起きないらしい。 耳元で叫んでも全然起きる気配がしない。


 「おーい」

 

 妹を起こしていると父が走ってきた。

 どうやら部屋に空きがあり明日までだったら泊まれるらしい。


 「良かったー。お金は大丈夫?」

 「ああ、それは大丈夫だ。それよりまだ起きないのか?」

 「ええ。どんだけ起こしても目を覚まさないの」

 「まぁ疲れているんだろ。ずっと車の中にいたんだから」


 そう言って妹をおんぶし旅館に入っていった。

 入り口に入ると直ぐ側に受付があり、その受付には一人のおばあちゃんがいた。


 「ようこそいらっしゃいました。話を聞くと大変だったみたいで、明日までゆっくりしていって下さい」

 「予約もしていないのに、ありがとうございます」


 話も終わり父が会計を済ましていると。


 「では3こちらにどうぞ」


 突然の声。

 3人が振り向くと着物を着た従業員が立っていた。


 「いや、違います4人です」

 「これはすいません、背中にもう一人お嬢さんがいらっしゃたんですね」


 綺麗な笑顔で謝りお金を払ったあと部屋まで案内してくれた。


 ……今この人後ろから来たよな?


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 案内された部屋は広くも狭くもなかったが、4人が寝るには十分な広さだった。


 「じゃあお母さん、温泉にいってくるわ」


 私も来るかと聞かれたが私は部屋にあったシャワーに入ることにした。

 私はなぜか妹が心配だったからだ。


 「そう? 私は行くからしばらく頼んだわよ」

 「せっかくだから俺も温泉にいってくるわ」


 母だけではなく父も温泉に行くと言い出し部屋を出て行った。

 私はササッとシャワーを浴び、そしてまた妹を起こそうとした。


 しかし何回起こしても起きる気配がない。

 今の妹の顔を見てみる、眠っているというよりは気を失っている。

 そう思えるほど無表情だ。もしかしてヤバイのではないか?いつもはニヤニヤした顔で寝ているはずなのにと考えていると


 「はぁー、いい湯だった。お前も入ればよかったのに」

 

 父が温泉から上がり部屋に戻ってきた。

 

 「あ~、あと夕飯は遅いからもうないらしい。夕飯食べなくて大丈夫か?明日はいっぱい食べさせてやるからな」


 あぁー、そういえば夕飯を食べていなかったな。いろいろあって忘れてた。


 父に大丈夫と伝え、布団引きその上で寝転がりながらテレビを見ることにした。

 2人でテレビを見ていると30分ぐらい経ったあと母も部屋に戻ってきた。

 その後は3人でテレビを見たり、明日の予定について話していたが時計をみるといつのまにか12時になっていたので寝ることにした。


 普段ベットで寝ているので布団で眠れるか心配だったが、疲れていたのですぐ寝ることができた。


 どれくらい経っただろうか。

 私は目を覚ました。

 

 あたりを見渡して暗かったので朝ではない事はすぐわかる。

 疲れたから朝までぐっすりだと思っていたが覚めてしまった。

 それになんか変な音が聞こえた気がするし……。


 怖くなったので今すぐにでも寝たかったが、急な尿意に襲われた。

 部屋にトイレがないか調べたがないみたいなので部屋を出なければならない。

 しかもトイレの場所を聞いていない。


 状況は最悪。この暗闇の中を部屋出て、更に探す必要もある。

 母か父を起こそうかと思ったが2人共とても疲れてすぐ寝てしまい起こすのが躊躇わられる。結局いろいろ悩んだ挙句、一人で行くことにした。

 もしかしたら隣にトイレがあるかもしれない。


 一人で気合を入れて寝ている3人を避けながらドアを開ける。

 その瞬間、部屋に声が響く。


 「電車」


 叫びそうになる声を家族を起こさないようになんとか抑えた。

 声は後ろから聞こえた。

 

 さっきの声……車の時より明らかに妹の声ではなかったな。

 母でも父でもない。

 じゃあ、一体誰の?

 それにまた電車?


 ……ヤバイ。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。

 

 分かってる。頭では分かってる。

 逃げろ、と。

 頭から体中に逃げろと信号を送っいる。

 けど体は動かない。

 恐怖で体が動かない。

 振り向くことも、開けることも。

 今が何時か分からないが太陽が昇るまでみんなが起きるまでこの体勢を維持するのか?


 いや無理だ。

 しかし、少しでも動いたらダメな気がする。

 どうする?このままか?それとも振り向くか?

 いや無理だ。もし振り返って何かいたら絶対漏らす。

 なら……やるしかない。

 ドアを開けてトイレに行く。

 これしかない。 

 振り向かず、勢いで外に出る。


 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。


 手に力を込めただけなのに息切れする。

 体中から汗が流れクーラーがかかっているのに暑い。


 行くぞ、行くぞ、行くぞ、行くぞ。


 覚悟を決め込めた力でドアを開ける。


 バン!

 ダッ!

 

 開けた瞬間走る。

 案の定何も見えないがそんな事関係ない。

 恐怖を振り切るように、脇目も振らずただただ走る。


 しかし、どれだけ走ってもトイレは見つからない。

 もう諦めて部屋で漏らしてやると覚悟を決めて元の道を・・・


 カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン


 まただ。

 またあの踏切の音。


 もう恐怖で気を失いかける。

 もう怖いとかトイレとか言ってる場合ではない。

 一刻も早くここから逃げなくては。


 元の道を走って戻る。

 その間も踏切の音は止まない。

 やがてあることに気づく。


 いや、気付いてしまった。

 

 この音は一体どこから流れているのだろうか。

 あれから結構走ったが旅館自体が電車かと思えるほどに、ずっと同じ音量だ。

 

 頭がおかしくなりそうだ。

 中学最後の夏休みだっていうのになんでこんな目に。

 旅館を恨みながらも走り続ける。


 そしてまたあることに気づく。

 恐らく同じところずっと走ってる。

 永遠に続く廊下をただ走っている。

 しかし、一点だけ異なる場所がある。

 

 旅館の入り口だ。

 

 どれだけ走ってもいつの間にか現れる。

 

 そして私はもう走るのを諦めた。

 どれだけ走っても部屋には戻れないし音は消えない。

 

 つまり何をすればよいか。

 入口に向かうしか道はない。


 分かったよ。

 行けばいいんだろ、行けば。

 と、覚悟を決め入口へと向かう。


 足は震えおそらく泣いているだろう。

 何も怖くない、何も怖くない、何も怖くない、何も怖くない。

 自己暗示をかけ勢い良く入り口をあける。


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 開けた先はまるで世界が異なっていた。

 まず夜ではなかった。

 明るいが昼みたいな明るさではなく、赤く、妖しい明るさを見せている。

 そのうえ霧もかかって見ているだけで気分が悪くなってくる。


 しかし、ここが何処かは分からないがどういう場所かは分かる。

 

 駅だ。

 

 入り口を開けた先は駅だった。

 私は駅のホームに立っていた。

 屋根もなく、ベンチもない。ただコンクリートと線路だけの質素な駅。


 気分が悪い場所だったがなぜか恐怖心はなかった。

 かろうじで首だけ動かすことができるが、首から下はまったく動かない。

 まるで夢の中で夢と気づいているようだ。


 どれくらい経っただろうか。またあの音が流れる。


 カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン


 必死に首だけ動かし辺りを見る。

 しかし、何も見えない。

 後ろを見ようと頑張るが首は回転しないので見えない。


 そんなことをしていると体が急に動いた。もちろん自分の意志ではない。

 

 なんだ、なんだ。どこに行くんだ?

 

 気付いたら線路ギリギリまで来ていた。

 止まった場所から下の線路を覗くが特にかわった所は見当たらなかった。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン


 今度は電車が走る音が響く。

 しばらくすると案の定電車がこの駅に向かってくる。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン


 音を立てながらどんどん近づいてくる。

 大きくなる音に恐怖心も大きくなっていく。

 

 そして、眼の前に1車両の電車が停まる。

 開いた扉を見ると満員電車。大量の人でいっぱい。


 よく見ると乗っている人全員、無表情で私をずっと見てくる。

 今にも恐怖で叫びそうになったが声が出せない。

 声にならない声でずっと叫ぶ。

 

 しかし体は動かない。

 この電車にはもう入れないのか、それとも私が乗る電車ではないのか。


 分からないが私の体は動かなかった。

 扉が閉まり電車が発進する。

 窓越しにまだ私を見てくる彼らを見ながら

 

 私は見た。

 

 「えっ・・・」

 

 私はそこで気を失った。


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 目を覚ましたのはどこだか分からないベットの上だった。

 母が泣きながら駆け寄り父が大声で医者を呼んだ。


 ……そうか、ここは病院か。

 

 医者に検査をされ異状はなかったが今日も泊まる事になり、次の日に退院した。

 私は2日間眠ったままだったらしい。

 退院した日の帰り、車の中であの時何があったか聞いた。


 しかし話を聞くと私が経験した事とずいぶん違った。

 まずあの日、旅館に泊まってはいないとのこと。車で寝たらしい。


 私はあの「電車」発言と踏切の音のあとすぐに眠ってしまい、両親はすぐ近くに車を止めて2人ともすぐ寝たということになっていた。


 そして、朝早く私の叫び声で目が覚め、何事かと私達を見ると私はすごい顔で叫んでいて妹は逆に笑っていたらしい。私もまたすぐ眠ってしまい、そのまま起きないので病院にいって今に至る。


 妹はまだ目が覚めないままで、今も眠っていると最後に悲しい顔で説明してくれた。


 あの旅館の出来事は私の夢だったのか?

 あの声も、走り回ったことも?

 そしてあの電車も。


 もう何が現実で夢が分からない。


 しかし、さっきの話を聞くと妹はもう起きない気がする。

 なぜなら、あの時私は見たのだ。

 無表情の人たちの中に妹の姿を。


 そして妹だけが私を見て笑っていたのを。

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