最期はあなたが決めること

古柳幽

送り火

 うん?どうした、何かあったか。もう明日帰るんだろう、早く散らかしたもん片づけた方が良いんじゃないか。あんな色々広げてたら、そろそろやんないと終わんないぞ。夕飯のとき絢子さんお義姉さんに怒られてたろ、そろそろやんないとまた雷が落ちるぞ。兄さん尻に敷けるくらい怖いんだから、彼女。お前の方が知ってるか。


 何、幽霊が怖いから部屋に戻りたくないって?そんなガキ臭いこと言うなよ。もう大学生になったんだろう。おばけ怖がるのはそろそろ卒業しなさい。そんなんで一人暮らし大丈夫なのか?ワンルームじゃ逃げ場がないだろうに。ある程度は耐えられるようにした方が身のためだよ。


 それに一応ご先祖なんだ、あんま怖がると失礼だぞ。年上は敬いなさいってよく言われるだろ、それがどんな人でもね、とりあえず恰好はそうしておいたら良いんだよ。相手がよくわかんなくってもだ。特に手出されたとかでもないだろ、いつも……うん、昔からそうだから、あのひとは。


 若く見えるってね、そりゃあそうだよ。大学生で死んだんだから。今のお前の三つ上くらいだったよ。どっちにしろ年上だ。


 ああ、お前知らないのか。位牌とかわざわざ見ないしな、見たって名前と享年に戒名分かるくらいだし、たしかにこっちが言わないと分かんないね。あんま聞くもんじゃないし。仕方ない。あれねえ、俺の兄さんだよ。一番上の兄さん。


 お前の父さんより三つ上のね、俺より十個上だった。だから俺、三兄弟の一番下なの。知らなかった?ほら仏間にも遺影飾ってあるだろう。そう、唯一カラー写真のひとだ。


 というか今年初めて気づいたのか?毎年帰って来てるだろうに。ずっと居るよ、祐一兄さん。あの廊下の一番奥にね、たまに部屋入ってくるけど。死んでからずっと……新盆で出てからだ。もう二十年以上前からか、長いね。毎日あそこに居る。飽きないのかね、まあもともとインドア派ではあったけど、さすがに毎日あそこじゃあ、外が見えるわけでもなしに面白いことなんかないだろうに。もう少しさ、動き回ったって怒んないのになあ。


 そう、お盆だけじゃないよ。ずっと。毎日あそこに居る。迎え火したら帰ってくるってわけじゃない。だからお前が年末年始に来た時も居たよ、気づかなかったみたいだけど。だからさ、今んとこ何もしてないからビビる必要ないんだよ。分かった?……他の先祖は出ないよ、少なくとも俺は見たことない。兄さんだけだ。なんでってなあ、ううん……まあ、心当たりはある。誰にも言わないって約束できるか?そんなに聞きたいの。じゃあ話すよ、まあ確証はないんだけどさ。


 多分、俺のせいなんだよね。兄さんがいつまでもここに留まる羽目になってるの。

 祐一兄さんの新盆のとき……死んでから三か月くらいのときだ。俺小六でね、お前の父さんより兄さんに懐いててさあ。浩二兄さん二番目の兄貴はもろに体育系って感じだったから。嫌いとかじゃないよ、そっちより遊んでたってだけで。


 死んでからずっと泣いて喚いて一時不登校になったりしてね、まあ途中から夏休みだったから二か月くらい。ずっとそんな調子でさ、心配してくれたのかな、新盆で迎え火やってその夜、兄さん俺の部屋に出たんだ。


 皆寝てるから一人で布団でね、ずっと眠れずにいたんだよ。盆は先祖が帰ってくるってさ、兄さんも帰ってくるって言ったのに来てくれなかったから……ん、そうだな、いじけてた。こんなに待ってるのにって……。


 その日の夜にね。兄さん、枕元に出てくれたんだ。頭撫でてくれてね……最初は母さんとか、親戚が見に来たのかと思ったんだけど。うん、兄さんだった。いつもよくわからない派手な柄のシャツ着ててさ、それが見えたから。はは、この服の趣味ね、兄さんの。ちょっと違うかも知れないけどさ、こんなんばっか着てたなあって揃えてたらなんかしっくりきてね。そん時はさ、顔までは……怖くて見られなかったけど。でも痩せてごつごつした手とかさ、猫触るみたいに優しい撫で方とか、覚えがあった。


 嬉しかったな、そんで俺すぐ寝ちゃって、朝には居なかったんだけど。でも次の晩もまた出てくれて、頭撫でてくれて。だからさあ、最終日にね、帰ってほしくなくなっちゃったんだ。


 ほら、精霊馬と牛、飾るじゃない。行きはきゅうりの馬でさっさと来て、帰りはなすの牛でのんびり行くやつ。一昨日作ってくれたやつだ。子どもだからさ、馬鹿みたいな考えしてるなあと今じゃ思うんだけど……牛の方をね、こっそり隠した。帰る手段がなくなったらずっとここに居てくれるんじゃないかってね、思ったんだよ。


 さすがに無理かもなあって思ったんだけどね。でも迎え火で来てくれるなら可能性あるだろ、少しくらい。だからそれに賭けてね、足引っこ抜いて、庭に埋めた。まあ野菜だし花壇に埋めたって良いだろ、毒ではない。多分。


 そしたらさ、送り火したあとにもね、兄さん出てくれたんだ。それからだよ、ずっと兄さんうちに居るの。


 最初はね、俺が寝るまで頭撫でてくれて、それが嬉しくて……でもしばらくしてね、やってくれなくなった。なんでだろうって、その時初めて兄さんの顔見たんだ。

 笑ってない、怒ってもない。無表情でさ、こっち見てた。何言うわけでもなくってね、ずっと見てるだけ……。やらかしたなって思った。だっていつも笑ってた兄さんがさ、そんな顔するんだもの。やっと怖いって思ったな、あの時は。


 でもまあ、兄さんが傍に居てくれるのは嬉しかったから、俺はどっちでも良かったんだけどね。だってせっかく居てくれるんならあっちに渡したくないじゃない。いくら坊主が引導したって、死出の旅乗り越えたからって、そんなことどうでもいい。いつも遊んでくれてた兄さんが突然死んじゃったもんだから、まだ遊び足りなかったんだもの。夜だけ出るなら傍に居てくれるくらい良いだろってね、だからそのまま。


 次の盆もその次も、精霊牛作ったのに出て行かないし。だったらもう良いよな?俺は用意したからな、ちゃんと足用意してそれで本人が帰らないんなら俺悪くないだろ、悪くないんだよ。なあ。


 だから居るの、兄さん。多分ね、俺のせい。俺が居てほしいって帰る手段失くしたから。他の先祖なんか知らない。見えないんなら帰ってないんじゃない。あっちの方が楽しいのかもね、分からないけど。


 ほら話した。約束通り誰にも言うなよ、誰も兄さんに気づいてないんだから。おかげで今までお祓いだのなんだのって話出てないんだよ。お前だってそんなにこっち来るわけでもないんだから良いだろ。黙ってろよ。


 じゃあ、分かったらビビってないで部屋戻りなさい。絢子さんそろそろ部屋戻る頃だろ……怒られるよ、俺だってもう寝る支度するしね、ほら出てった。


 なんだよ、まだ何かある?……ああ、そうだね、怒ってるかもね。そう見えた?じゃあそうかも知れない。一回機会逃したらダメなのかもね。だったら恨まれても仕方ない。


 でもさあ、そんで兄さんに連れてってもらえるならさ、良いと思うんだ、俺。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最期はあなたが決めること 古柳幽 @Kasukana_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ